0060.水晶に注ぐ力
消防団の尽力で、対岸の火勢は徐々に弱まって来た。だが、ほんの僅かな範囲でしかない。
時折、轟音が近付いては遠ざかる。
どこから来て、次はどこを爆撃するのか。
遠過ぎて、所属を示すマークどころか、機種すらわからない。
クルィーロは、怯えるアマナをしっかり抱きしめ、空を睨んだ。
いつ、またここが爆撃を受けるともしれない。
身を隠す場所もない。
自分を含め、疲れ切った魔法使い三人では、状況を打開できそうにない。
対岸の消防団も疲労が激しいようだ。仮に余力があったとしても、こちらにはテロリストが居る。仲間だと思われたが最後、クルィーロたちも攻撃されるだろう。
……ないない尽くしかよ。
クルィーロたちの父は、ネモラリス島にある首都クレーヴェルに出張中だが、母は隣のマスリーナ市内で働く。ここからではわからないが、マスリーナ市も空襲を受けたような気がしてならなかった。
車内ではクルィーロが毛布に包んでだっこしていた為、横転した時もアマナは無事だった。今も、毛布に包んで守る。
クルィーロは最悪の場合を考え、何としてでも妹のアマナだけは守ると決意を固めた。差し当たって、この火災からどう守るか、だ。
……ま、寒くなくていいって言えば、いいんだけどよ。
なるべく楽観的に考え、自分を落ち着かせる。
寒くないどころか、水壁を維持できなくなった今、全身が炎で炙られて火照り、汗が滴る。妹を毛布で包むのは、熱風から守る為だ。
目の前にはニェフリート運河。魔物に襲われる危険はあるが、食糧源でもある。
生憎、クルィーロには【漁る伽藍鳥】の術は使えない。
……俺が魔力残してたって、仕方ねーんだよな。
家事など日常で使う【霊性の鳩】の術も、呪文をうろ覚えで覚束ない。
「おい、兄ちゃん、さっきの【水晶】、貸してくんないか?」
陸の民の少年に声を掛ける。
「えっ? でも、これ、もう魔力残ってませんよ?」
「あー、いいんだ、いいんだ。俺の魔力入れるだけだから」
「えっ? でも、疲れるんじゃないんですか?」
「疲れるけど、俺、修行サボってたから、あんま呪文知らないんだ。他の人に魔力貸した方がマシだから」
クルィーロが手を出すと、少年は戸惑いながらも、空っぽの【魔力の水晶】を渡してくれた。
少年は、魔力を全く持たない力なき民らしい。
ずっと手の中にあった【水晶】は、ぬくもりを宿さず、ひんやり冷たい。
クルィーロは、塾講師の説明を思い出した。
力なき民は二種類に分かれる。
魔力を全く持たない者と、魔力はあるが、それを発動させる「作用力」を持たない者だ。
後者は、【魔力の水晶】に力を満たすことはできるが、その力を行使できない。
呪符など、発動の補助具があれば行使できるが、それらは全て特定の術を一度だけ発動させる使い捨てだ。
力ある陸の民のクルィーロが握ると、【魔力の水晶】は熱を帯びた。
掌が、体温を奪われたようにひやりとする。もう一方の手で触れたが、体温は同じだ。
そっと手を開くと、【水晶】が中心に小さな光を宿して輝いた。
再び握り、クルィーロは瞼を閉じた。
家々を焼き、炎が爆ぜる音。すすり泣き、咳、呻き。
目を閉じても開いても、絶望しかないように思えた。
……いや、そんなコトない。俺たちはまだ、生きてる。
一度焼けてしまえば、しばらくは空襲の対象にならないだろう。
この炎を防ぎ、今夜を乗り越えれば、望みはある。
明日の朝、何とかして対岸に渡ってマスリーナ市へ行って、母の会社を探そう。
母に会えれば大丈夫だ。もし、母に万一があっても、どうにかしてネモラリス島に渡れば、父には会えるだろう。
確かに、家族がバラバラになってしまったのは不安だが、別々に生き残る可能性も生んだ。
少なくとも、クルィーロとアマナ兄妹は一緒だ。
十一歳のアマナが幼児のように甘え、兄にしがみついて離れない。そのぬくもりが、クルィーロに生きる希望を与えてくれた。
☆横転した時……「0056.最終バスの客」参照




