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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0060.水晶に注ぐ力

 消防団の尽力で、対岸の火勢は徐々に弱まって来た。だが、ほんの(わず)かな範囲でしかない。

 時折、轟音が近付いては遠ざかる。

 どこから来て、次はどこを爆撃するのか。

 遠過ぎて、所属を示すマークどころか、機種すらわからない。


 クルィーロは、怯えるアマナをしっかり抱きしめ、空を(にら)んだ。

 いつ、またここが爆撃を受けるともしれない。

 身を隠す場所もない。

 自分を含め、疲れ切った魔法使い三人では、状況を打開できそうにない。

 対岸の消防団も疲労が激しいようだ。仮に余力があったとしても、こちらにはテロリストが居る。仲間だと思われたが最後、クルィーロたちも攻撃されるだろう。


 ……ないない尽くしかよ。


 クルィーロたちの父は、ネモラリス島にある首都クレーヴェルに出張中だが、母は隣のマスリーナ市内で働く。ここからではわからないが、マスリーナ市も空襲を受けたような気がしてならなかった。


 車内ではクルィーロが毛布に(くる)んでだっこしていた為、横転した時もアマナは無事だった。今も、毛布に包んで守る。

 クルィーロは最悪の場合を考え、何としてでも妹のアマナだけは守ると決意を固めた。差し当たって、この火災からどう守るか、だ。


 ……ま、寒くなくていいって言えば、いいんだけどよ。


 なるべく楽観的に考え、自分を落ち着かせる。

 寒くないどころか、水壁を維持できなくなった今、全身が炎で(あぶ)られて火照り、汗が(したた)る。妹を毛布で(くる)むのは、熱風から守る為だ。


 目の前にはニェフリート運河。魔物に襲われる危険はあるが、食糧源でもある。

 生憎(あいにく)、クルィーロには【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】の術は使えない。


 ……俺が魔力残してたって、仕方ねーんだよな。


 家事など日常で使う【霊性の鳩】の術も、呪文をうろ覚えで覚束(おぼつか)ない。

 「おい、兄ちゃん、さっきの【水晶】、貸してくんないか?」

 陸の民の少年に声を掛ける。


 「えっ? でも、これ、もう魔力残ってませんよ?」

 「あー、いいんだ、いいんだ。俺の魔力入れるだけだから」

 「えっ? でも、疲れるんじゃないんですか?」

 「疲れるけど、俺、修行サボってたから、あんま呪文知らないんだ。他の人に魔力貸した方がマシだから」

 クルィーロが手を出すと、少年は戸惑いながらも、空っぽの【魔力の水晶】を渡してくれた。


 少年は、魔力を全く持たない力なき民らしい。

 ずっと手の中にあった【水晶】は、ぬくもりを宿さず、ひんやり冷たい。

 クルィーロは、塾講師の説明を思い出した。



 力なき民は二種類に分かれる。

 魔力を全く持たない者と、魔力はあるが、それを発動させる「作用力」を持たない者だ。

 後者は、【魔力の水晶】に力を満たすことはできるが、その力を行使できない。

 呪符など、発動の補助具があれば行使できるが、それらは全て特定の術を一度だけ発動させる使い捨てだ。



 力ある陸の民のクルィーロが握ると、【魔力の水晶】は熱を帯びた。

 (てのひら)が、体温を奪われたようにひやりとする。もう一方の手で触れたが、体温は同じだ。

 そっと手を開くと、【水晶】が中心に小さな光を宿して輝いた。

 再び握り、クルィーロは瞼を閉じた。


 家々を焼き、炎が()ぜる音。すすり泣き、咳、(うめ)き。

 目を閉じても開いても、絶望しかないように思えた。


 ……いや、そんなコトない。俺たちはまだ、生きてる。


 一度焼けてしまえば、しばらくは空襲の対象にならないだろう。

 この炎を防ぎ、今夜を乗り越えれば、望みはある。


 明日の朝、何とかして対岸に渡ってマスリーナ市へ行って、母の会社を探そう。

 母に会えれば大丈夫だ。もし、母に万一があっても、どうにかしてネモラリス島に渡れば、父には会えるだろう。


 確かに、家族がバラバラになってしまったのは不安だが、別々に生き残る可能性も生んだ。

 少なくとも、クルィーロとアマナ兄妹は一緒だ。

 十一歳のアマナが幼児のように甘え、兄にしがみついて離れない。そのぬくもりが、クルィーロに生きる希望を与えてくれた。

☆横転した時……「0056.最終バスの客」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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