表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十三章 分岐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

599/3514

586.気になる噂話

 ファーキルは、針子のアミエーラと一緒に一泊延ばしてもらったが、当然、部屋は別だ。今朝まで一緒だったみんなの居ない部屋に一人で居る。


 アミエーラは親戚のカリンドゥラ――歌手のニプトラ・ネウマエと、運び屋フィアールカの三人でティーラウンジに居る。ファーキルも誘われたが、ラゾールニクに用があるから、と誰も居ない部屋で一人になった。


 タブレット端末を充電器に挿してメールを開く。



 ――一応、泊まるとこは手配したけど、ホントに行くのか?



 諜報員ラゾールニクは、まだグロム市内の宿泊先を教えてくれない。ファーキルはみんなを心配させない為にあぁ言ったが、互いに念押しと確認を繰り返すだけで、一向に進展していなかった。


 ……確かに、力なき民の俺が行くのは危ないだろうけど、報道機関がツマーンの森の様子を伝えなくなって何日経つと思ってるんだ?


 モースト市とプラーム市、その周辺の小さな漁村や農村の住民は避難を終えた。

 呪医セプテントリオーの昔語りと、ネットの魔物図鑑で確認した限り、腥風樹(せいふうじゅ)は土の地面しか移動できない。

 ツマーンの森は新しく開通した道路で分断され、誰かが敢えて通さない限り、あの異界の樹木はプラーム市とモースト市を結ぶ極限られた地域から出られないのだ。


 確かに、アーテル軍は種子を幾つ蒔いたか発表しておらず、根を抜いて移動する毒の樹木を森林内で探すのは至難の(わざ)だ。

 だが、ラクリマリス軍が駆除の戦果を一切、発表しないのはどう言うことなのか。普通なら、避難者たちを安心させる為に進捗状況を発表する気がする。

 ファーキルは首を(ひね)った。


 ……何か、言えない理由があるんだ。


 アーテルの陸軍部隊がモースト市に居座っているのに排除しないことと何か関係があるような気がしてならない。ファーキルは、それを確めて証拠を押さえ、ネットで拡散したかった。



 それに、クルィーロが呪符屋の客から聞いた話では、エージャ付近にもアーテル兵が侵入しているらしい。

 そちらも、真偽を含めて気になっていた。


 アーテル軍が、ラクリマリスの敷いた湖上封鎖の範囲を大きく迂回し、湖西地方上空を経由してネーニア島北部の都市へ至ったと言う噂だ。


 湖西地方には強い魔獣が多数棲息し、人間が定住できる環境ではない。上空も勿論(もちろん)、空を飛べる魔獣が居て危険だ。


 もし、本当にそんな危険な迂回路を使ったなら、魔法生物を封印した容器を遠距離から射出して廃棄するのとは、危険性が桁違いだ。

 エージャ市には何か重要な施設がある筈だが、少なくとも、ネモラリスの一般人のみんなは知らなかった。

 ピナティフィダは港と造船所があると言っていたが、クロエーニィエ店長の話では、半世紀の内乱で大打撃を受けて規模がかなり縮小したらしい。


 呪符屋だけでなく、魔法の道具屋“郭公(カッコウ)の巣”でも別の客が同じ話をして行ったと言う。


 ……アーテル人ったって、ランテルナ島民が何で軍の動きをいちいち把握して、あっちこっちの店でベラベラ喋ってるんだ?


 客が聞いたと言う噂の情報源が不明で、(にわ)かには信じられない。

 いや、これ自体が(おとり)情報で、誰かに何か行動を起こさせる為の罠の可能性もあった。


 ……だから、グロム市って言うか、ネーニア島へ渡るなってコトなのかな?


 ファーキルは、諜報員ラゾールニクたちがどんな情報をどれだけ詳しく掴んでいるか知らされていない。


 輝度の落ちた端末を撫で、ラゾールニクとの一連の遣り取りを読み返す。

 ラゾールニクはのらりくらりと返事を(かわ)し、ファーキルの質問から逃げてばかりいた。今朝になってやっと、宿泊先の目途が立ったと言う。


 窓から見える空は清々しい青さで、絶好の船旅日和だ。

 移動販売店プラエテルミッサの乗った船が見えなくなるまで見送ったのが、遠い昔のように感じられるが、今朝のことだ。



 ラキュス湖畔に住まう者として戦争をやめさせるにはどう行動すべきなのか。

 この青空に戦闘機や爆弾を積んだ無人機を飛ばさない為に、何ができるのか。



 豪奢な彫刻が施されたローテーブルに端末を置いて考える。


 今、実行中なのは情報の拡散だ。

 周辺国から見た半世紀の内乱の歴史と記録を共通語に訳してもらって、自前のサイト「旅の記録」に順次載せている。動画の広告収入で翻訳の報酬を支払い、そこそこ順調に掲載できていて、今は次のページの翻訳待ちだ。


 旅の記録は日之本帝国のレンタルサーバに置いてあり、アーテル本土の住人は政府の規制で閲覧できないが、仕事や留学、観光などでアルトン・ガザ大陸の国々に行った者なら閲覧できる。


 どのくらいの人が、これを目にするかわからない。

 わざわざ検索してまで見ようとは思わないだろう。


 それでも、SNSや動画サイトでの拡散に期待して、少しでも目にする機会を増やす努力はやめない。


 SNSに寄せられるコメントは真偽不明で文責も何もない。

 ファーキルはコメントを拡散しないが、仕様で削除できない。ファーキルの記事にぶら下がったコメントの情報を目にして、真偽や価値を判断するのは閲覧者だ。


 ……みんなと別れたコトはしばらく内緒にした方がよさそうだよな。


 力なき民で、一介の中学生に過ぎないファーキルには、できることなど高が知れている。

 客観的に見れば、タダの家出少年だ。

 発言者の正体が知れれば、たちまち情報の信用度が下がってしまう。


 ラゾールニクは何故かはっきり言わないが、ファーキルに何か別のことをさせたいのではないかと言う気がしてきた。



 ――ラゾールニクさんって、俺のこと、どのくらい知ってるんですか?



 正直に答えてくれるとは思えないが、メールを送った。返信を待つ間、ポータルサイトを開く。




 魔哮砲は魔法生物




 トップページの一番上の文字をタップする手が震えた。

☆エージャ付近にもアーテル兵が侵入しているらしい……「518.いつもと違う」「519.呪符屋の来客」「521.エージャ侵攻」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ