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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十三章 分岐

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577.別の詞で歌う

 トラックが見えなくなるまで手を振って、後にはゼルノー市民の七人が残された。


 「ネーニア島行きの船は当分ないんだから、一緒にセンターで待てばいいのに」

 「身分証の再発行って言うか、身元確認で【(ただ)しき燭台】とか使いますから……自治区民だとわかったら、警察に捕まりますよ」

 ロークのこぼした疑問に、薬師(くすし)アウェッラーナが溜め息混じりに答えをくれた。


 すっかり失念していたが、あのトラック自体、国営放送ゼルノー支局で無断拝借した「盗難車」だ。トラックで行った星の道義勇軍の三人は、その罪を丸ごと引き受けたに等しい。

 ロークはトラックが去った方を見て、胸が詰まった。



 はぐれないように兄妹たちが手を繋ぎ、他人のロークと薬師(くすし)アウェッラーナも一緒になって港公園に入る。

 ポスターを貼りつけただけの段ボールの看板が、街灯の支柱で風に揺れ、パタパタ音を立てた。今日から三日間、慈善バザーをするらしい。


 「どうせ、公園を横切るんだし、ちょっと覗いてみようか?」

 レノ店長に反対する者はなく、大荷物を抱えて広場への坂を上った。


 鍋、食器、古着、古本、タオル、石鹸、玩具や日用品などの中古品に混じって、焼き菓子やお茶、手芸品などのブースもある。

 ゼルノー市よりも湖の民が多く、なだらかな丘に連なる敷物の間を行く人の流れが、草地に見えた。


 「北隣……か。坂、キツイですね」

 ピナティフィダが珍しく弱音を吐く。


 レノ店長が、荷物をひとつ持とうか、と気遣うが、ピナティフィダは断って足を進める。店長も同じように大荷物を抱え、とてもこれ以上持てるように見えなかった。


 時折、人にぶつかって平謝りしながら、何とか展望台に辿り着いた。

 出店がないからか、人は疎らだ。


 七人はどっと疲れが押し寄せ、その場に座り込んだ。

 帰還難民センターは目と鼻の先だが、とても動けそうにない。


 風に乗って旨そうな匂いが届き、盛大に腹が鳴る。

 大荷物で手が塞がっているせいで、ここに来るまでに見た屋台は全て素通りした。


 景色を眺める余裕もなく、エランティスがべそをかく。

 みんなを心配させてはいけないと思っているのだろう。唇をきゅっと結んで涙と弱音を堪えるのが、ロークの目にもよくわかった。


 レノ店長が荷物を置いて立ち上がる。

 「屋台で何か買ってくる。クルィーロ、みんなを頼む」

 「あぁ、気を付けてな」

 ピナティフィダが荷物から手作りの布袋を出して、レノ店長に渡した。



 肉などを焼く屋台は、近隣の飲食店の出店なのだろう。什器(じゅうき)はどれもプロ仕様だった。


 レノ店長のウェストポーチには、安物の宝石が少しだけ入っている。残りは鞄の底だ。センターで荷物の点検があるかもしれないが、それまでは用心に越したことはない。


 まだ浅い秋にトレンチコートを着たレノ店長の姿は、遠目にも周囲から浮いて見えた。

 すっかり人混みに紛れるまで見送って、ロークは立ち上がり、展望台の手すりにもたれた。



 穏やかな湖の青に陽光のきらめきがちりばめられ、宝石箱をひっくり返したように輝く。今朝、分けたばかりのオパールやトパーズの輝きを思い出し、ロークは少し気が重くなった。


 運び屋フィアールカが千年茸の対価としてスクートゥム王国の商人からもらってきたのは、どれも魔力を籠められない安物だ。

 小学生のアマナとエランティスを除くみんなは、針子のアミエーラが余り布で作ってくれたウェストポーチに少しずつ宝石を入れていた。

 宝石としては安物だが、装飾品や魔法の道具に組込めば魔力の流れを誘導できるので、素材としては、その辺の石ころとはワケが違う。


 石の重量以上に心が重い。


 ……帰還難民センターで色々手続きして、仮設住宅に入居して、それから……?


 みんなには復興作業員として働くと言ったが、この先、生きて行く気にはなれなかった。


 チェルトポロフは無事だったが、チスとヴィユノークの安否は不明。チェルトポロフの家族は姉以外残らなかった。

 テロの情報を知りながらみんなを見殺しにしただけでなく、武闘派ゲリラの一員として、アーテル兵を人数の確認もできないくらい手榴弾の餌食にした。人殺しになったロークが、のうのうと「幸せへ至る道」を歩むなど、どの面下げて言えるのか。


 ロークのような力なき民の高校生でも、武器さえ手に入れば、プロの軍人相手でもそれなりに戦えるとわかった。


 ……正規軍の足引っ張ってる政治家を暗殺してでも止める? いや、呼称もわかんないんじゃ、ムリだな。


 こんなことなら、もっと父の話をちゃんと聞いておくのだった、と後悔がひたひたと胸に満ちる。


 ……シルヴァさんが勧誘に来るのを待って、ランテルナ島へ戻ろうかな?


 警備員オリョールに言えば、協力してくれるかもしれない。だが、無差別ではいけない。

 ちゃんと情報収集して、誰が獅子身中の虫で、ネモラリス政府を内から(むしば)んでいるか見極めねばならない。


 ……でも、どうやって?


 情報収集の手段すら思いつかない自分に嫌気が差す。

 ロークたちを乗せて来た魔道機船が、ここからでは玩具に見え、港湾労働者は蟻のようだ。


 「こんなとこで歌うのか?」

 「いいじゃないか。他んとこより人が少なくて」

 傍らで交わされた会話に思わずそちらを見る。


 若い男性二人で、どちらも見上げるような大男だ。手ぶらの男性が厳つい顔に困惑を浮かべ、赤毛の頭を掻く。鞄を肩に掛けた大男は、からかい混じりに言った。


 「聴衆が居る方が張り合いがあっていいだろ?」

 「ないよ。恥ずかしい」


 二人とも逞しい体格で、傍に立たれただけで威圧感がある。

 振り向くと、他のみんなも呆然として大男たちを見ていた。


 「でも、約束は約束だからな」

 「あぁはいはい。わかったよ」


 連れにつつかれ、赤毛の大男は港の方を向いて大きく息を吸い込み、朗々と歌い始めた。


 「ゆるやかな水の(えだ)

  青琩(せいぼう)の光 水脈(みお)を拓き 砂に新しい(みずうみ)が生まれる……」


 「えっ?」

 ロークはよく知っている旋律に思わず横顔を見上げた。


 水平線の彼方に歌を投げる赤毛が、驚いた顔をこちらに向け、眉を下げる。

 「ごめんな。うるさいよな。……ほら、やっぱりダメだって。宿舎に帰って……」

 「夜勤明けの奴らの安眠を妨害する気か?」

 連れの大男は、どうあっても赤毛に歌わせたいらしい。


 ……罰ゲームか何かなのかな?


 「あ、いえ、うるさいとかじゃなくて、知ってる歌だったんで、ちょっとびっくりして……」

 ロークの言葉と同時に移動販売店のみんなが頷く。


 鞄を持った大男が、目を丸くして大荷物の一行を見回した。

☆自治区民だとわかったら、警察に捕まります……「202.ネットの環境」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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