570.獅子身中の虫
「ラゾールニクさんたちは、ひょっとすると、もうこの情報を掴んでるかも知れないけど、さっき言ったコト、伝えて欲しいんだ。敵はネモラリスの国内に居て、内側から国を蝕んでるって」
「ロークさんにとって……おうちの人って………………敵……なんですね?」
ファーキルは、恐る恐る確認した。
ロークが薄闇の中ではっきり頷く。
「わかりました。ちょっと、待って下さい」
ファーキルは、コート掛けに引っ掛けたコートのポケットから、タブレット端末を取り出して電源を入れた。卓上の闇が四角く切り取られ、そこだけ眩しいくらいに明るくなる。
メモを起動し、今の話を手早くまとめた。
ロークから、祖父と両親の名、勤務先、国営放送ゼルノー支局長の名、ロークの父と懇意にしている議員の名などを改めて聞き出して保存する。
彼は、ゼルノー市議とゼルノー市選出の国会議員は知っていたが、ネモラリス島の国会議員の名までは知らなかった。父の勤務先、リベルタース国際貿易から献金を受ける議員の誰かだろう、とロークが推測を口にする。
他にも、ゼルノー市内で暮らしていた隠れキルクルス教徒を思い出せる限り列挙され、ファーキルは黙々と人名と性別、大体の年齢と職業などをひたすら入力する。
「……ゴメンな。今まで騙してて。でも、俺はそんな家がイヤで捨ててきたんだ。家族も、信仰も」
「騙すなんてそんな……俺の方こそ……」
思わず口を滑らせ、ファーキルは息を呑んで口を噤んだ。
ロークが首を傾げる。
無言で見詰め会う二人をタブレットの光が下から照らす。
節電モードに切替わり、輝度が落ちたところで、ファーキルは観念した。
「俺の方こそ……みんなに嘘吐いて、一緒に居させてもらって……」
「嘘……?」
ロークの問いに頷き、そのまま顔を上げられず、タブレット端末を手に取る。
「この端末はヤミで手に入れた物で、検閲を突破して、外国のサイトを見られる違法アプリを入れてあります」
「検閲……? まさか……!」
ロークがその先の言葉を飲み込んだ。
「俺はアーテル人ですけど、あのアイドルのコたちと同じで、キルクルス教の教義に嫌気が差して、国を捨てたんです」
「家族が心配してるだろ?」
「俺の両親は、星の標の支持者なんです。テロの実行には関わらないけど、寄付はいっぱいしてて……コトバ通じないんですよ」
「でも、どうやって生きてくつもりだったんだ?」
ファーキルはそれには答えず、目的だけを語った。
「……アーテルの国内では、検閲があって、新聞や雑誌、テレビ、ラジオとかのマスコミは政府の発表通りのことしか報道しません。インターネットも、外国のサーバには許可されたほんの少しの所にしか、アクセスできません。国内のサイトでも、サイバーパトロールが巡回してて、禁止事項が載ってたらアクセスが遮断されるし、載せた人は逮捕されます」
ロークが膝に肘を置き、胸の前で祈るように指を組んだ。
ファーキルは自分でも意外な程、冷静な声で状況を語る。
「アーテルの学校では、半世紀の内乱中のキルクルス教徒は、魔法使いから一方的に踏みにじられた弱者で、宗教弾圧の被害者だって教えてます」
「弱者……まぁ、力なき民だけど……」
「でも、普通に考えたら、虐げられるしかない弱者が、魔法使いから独立を勝ち取って、自分たちの信仰に基づく国を興せるハズないんですよね」
「あっ……!」
「おかしいと思って、湖南地方の他の国の歴史系のサイトを見たら、キルクルス教徒はバルバツム連邦とかの支援を受けて、近代兵器や毒ガスとかの化学兵器を使って、力ある民を大勢殺して、武力でアーテル共和国を樹立したって載ってました」
「それで、その歴史を共通語に訳した分を世界中に広めようとしてるのか……」
ロークはファーキルの作ったサイト「旅の記録」のコンテンツのひとつを思い出してくれた。ファーキルは頷いて続ける。
「政府が隠してる真実、嘘に埋もれた事実を掘り起こして、アーテルの国民にホントのコトを伝える為に国を捨てました」
「嘘に埋もれた事実……何が本当か、見極められるんだ?」
「できる限り、証拠と照らし合わせて、わからないことは言わないようにしています。アーテル人は……特に知識人は、大聖堂のあるバンクシア共和国や、大国のバルバツム連邦とかによく行きますし、アーテル人の留学生も多いんで、そっちで見てくれたらいいと思って、ネモラリスの空襲被害の写真を撮ってSNSに公開してたんです」
「それで、あんなとこに一人で居たのか! ……って、あれっ? どうやってネーニア島に渡ったんだ?」
当然の疑問を投げられた。
正直に、ランテルナ島のカルダフストヴォー市まではバスで行き、地下街チェルノクニージニクで運び屋フィアールカに会って【跳躍】してもらったことを語った。
「フィアールカさん、最初からファーキル君が何者か、知ってたんだ?」
「危ないからやめなさいって、止めてくれたんですけどね。俺がどうしても行かなくちゃいけないって言ったら、折れてくれて。【守りの手袋】は、呪符屋さんが仲介料のお釣りだって言ってくれたんです」
ファーキルは、ロークの顔を見るのが恐ろしく、輝度の落ちた画面を見詰めたまま言った。
「フィアールカさんたちも、アーテルのやり方には思うところがあるみたいで、再会した時、俺の活動に協力してくれて、特に口止めはしなかったのに、俺の正体、みんなには内緒にしてくれてました」
「内乱中に神殿……燃やされたって言ってたもんな」
ロークが呻くような囁きを漏らした。
「まぁ、メドヴェージさんには、かなり前からバレてたんですけど、俺を悪い奴じゃなさそうだと思って、黙っててくれたそうなんです」
ファーキルは己の迂闊さを思い出し、肩を竦めた。口許が自嘲で歪む。
「ここに来てから、『アーテル人なのにグロム市へ行ってどうするんだ』って聞かれました」
「それは、俺も心配だよ。今、ネーニア島のラクリマリス領は、魔哮砲と腥風樹が居て危ないのに……」
ファーキルの身を案じる声にやっと顔を上げる。
目が合うと、信仰と家族を捨てた者同士、何となく通じあった。苦いものが混じる微笑を浮かべ、同時に頷く。
「俺なんかを心配してくれて、ありがとうございます。グロム市でラゾールニクさんと会う約束をしてるんで、何とかなります」
「そうなんだ。それならいいんだけど、あんまりムリしないでくれよ」
心配するロークに笑ってみせる。
「俺は、安全な場所からネットを使って情報の外堀を埋めて、アーテルに揺さぶりを掛けます。どの程度の効果があるかわかりませんけど、できることは何でもやってみますよ」
「その情報収集で、あんまり危ないとこに行かないでくれよ」
「はい。ロークさんも、ご無事で」
どちらからともなく手を差し出し、力強く握手を交わした。
☆みんなに嘘吐いて、一緒に居させてもらって……「197.廃墟の来訪者」~「199.嘘と本当の話」参照
☆キルクルス教の教義に嫌気が差して、国を捨てた……「182.ザカート隧道」「183.ただ真実の為」参照
☆その歴史を共通語に訳した分を世界中に広めようとしてる……「421.顔のない一人」「426.歴史を伝える」「448.サイトの構築」参照
☆内乱中に神殿……燃やされた……「535.元神官の事情」参照
☆止めてくれた……「175.呪符屋の二人」「176.運び屋の忠告」参照
☆ホントのコトを伝える為に国を捨てました……「162.アーテルの子」~「166.寄る辺ない身」「173.暮しを捨てる」参照
☆あんなとこに一人で居た……「188.真実を伝える」「189.北ザカート市」「197.廃墟の来訪者」参照
☆メドヴェージさんには、かなり前からバレてた……「545.確認と信用と」参照




