569.闇の中の告白
「えっ? それって……」
「フラクシヌス教徒のフリして信仰を隠して、ネモラリスの国中に紛れ込んでる。そう言う連中が、アーテルやラニスタのテロ集団星の標と連絡を取り合って、星の道義勇軍のテロを支援したんだ」
「どうして、それを……?」
「俺の祖父と両親がそう言う隠れキルクルス教徒で、俺に『悪しき存在と付き合うな』とか、ガミガミ言ってたよ。チェルトポロフたちとは、内緒で付き合い続けてたけど」
ファーキルは何と言っていいかわからず、言葉と共に飲み込んだ息を吐き出した。吐息の震えがロークに伝わったのか、気遣うような声が話を続ける。
「びっくりしたよね。ゴメン。でも、俺はキルクルス教なんかクソ喰らえと思って、テロの計画を知らせに……あの時、親に押し付けられた信徒友達の家で毒ガステロの準備してたから、それを知らせに警察へ行って、そのまま家出したんだ。嘘だと思うんなら、明日、隊長さんに聞いてみるといい。隊長さんはウチの親と面識はないけど、計画と隠れ信徒の支援のことは知ってるから」
ファーキルは、ロークが何の為に秘密を打ち明けたのか考えた。
先程の言葉が引っ掛かる。
――もう二度と会えないだろうから、今の内に言っとくよ
普通の状況ならば、外国で別れて単純に接点がなくなることを指す。
だが、今は違う。
ファーキルは、恐ろしい考えとは別の答えを期待して本人に聞いた。
「ファーキル君は、キルクルス教団が敵だって言ったよね。俺もそう思うよ。でもそれだけじゃない」
ロークの話は質問の答えになっていない。
ファーキルは、言いたくないのかと思い、黙ってロークの声に耳を傾けた。自嘲の濃い口調で話が続く。闇の中では、いつもより声に籠められた感情がはっきり聞き取れた。
「まだ本気で信じてる人たちの信仰心を利用する奴らや、教団の焦りを利用する奴らが、狂信者の星の標とかを唆して、アーテル政府やそのバックについた教団を煽って戦争を起こさせたんだよ」
「どうして、そんな……」
「戦争ってね、儲かる商売なんだよ。自分の国に被害が出なけりゃだけど」
「商売……」
……死の商人が一枚噛んでるって言いたいのか? バルバツム連邦とかの? 古い無人機の在庫一掃セールをしたくて煽ったってコト?
頭の中に疑問は浮かぶが、どの答えも、ロークが言おうとしていることからは遠いような気がした。
「親爺が商社で働いてて、家で経済の話とか喋ってたんだけど、今、キルクルス教圏じゃ世界的な不景気なんだってさ」
ファーキルは、あの時ラゾールニクが語り、呪医セプテントリオーが分析した通りのことを、インターネットの環境がないロークが正確に指摘したことに驚いた。
「ネモラリスの隠れ信徒は、キルクルス教徒を弾圧する政府を転覆させて、自分たちに都合のいい政府を作りたくて、事を起こしたんだよ。自治区を焼き払ったのも、自治区に住んでる星の標の連中だ」
「えっ?」
あまりのことに言葉が続かない。
ネモラリスがイヤなら、第三国を経由してアーテルやラニスタ、アルトン・ガザ大陸北部のどこかに引越せばいい。
平和的に信仰を守り、迫害を逃れる手段はあるのだ。
街を焼き払い、多くの命を奪っていい筈がない。自宅も含めて、魔法使いが住む街を焼かせた彼らの狂気に、ファーキルは肌が粟立った。
「アタマおかし過ぎるだろ? 俺だって、まさか自分が住んでる街を焼き払うような自爆テロまでするなんて、信じられなかったよ」
「自爆テロ……」
「力なき民だし、ごちゃごちゃ建て込んだ自治区のバラック街に放火して、無事に逃げられるワケないよ」
その、ごちゃごちゃ建て込んだ所に、どれだけの住人がいたのか。
ファーキルには想像もつかない。考えたくもなかった。
「俺は星の道義勇軍のテロの準備は手伝わされたけど、アーテルの空襲の件は知らされてなかった。でも、ウチの祖父と両親、国営放送のゼルノー支局長とかは知ってたっぽい」
「何で……」
質問したいが、口の中がカラカラに乾いて言葉が出ない。
彼らは我が子に教えず、先に避難させなかったのか。
どうして、ロークがそれを知って、生き残ったのか。
ロークは殆ど独り言のように語る。
「空襲の後、たまたま生き残ったみんな……えーっと、アミエーラさん以外」
「アミエーラさん以外?」
「後で出会ったから。空襲の直後は、星の道義勇軍の生き残りの三人も一緒で、火が消えてから放送局に避難したんだ。廃墟になってたけど、他のとこよりマシだったから。そこで、支局長たちが空襲を事前に知ってたって言う手掛かりを幾つもみつけたんだ。隊長さんも同じ物を見て、同じ結論出してた」
ファーキルは、目を開けても閉じても同じ闇の中で、ロークの説明を反芻した。それが、ロークにとって何を意味するのか。
……あっ……!
声を出そうとしたが、無理だった。
ホテルの客室には、外国からの巡礼者用に充電のコンセントはあるが、電気を使う照明器具はない。【灯】はメイドが消して、力なき民の二人には点けられない。
ベッドをそっと抜け、手探りで窓辺に向かい、カーテンを開けた。半月と星の光が射し込み、物の輪郭を浮かび上がらせる。
「どうしたの?」
「ちょっと、喉乾いちゃって」
ファーキルがかすれた声で言うと、ロークもベッドから出て、銀の水差しからカップに注いでくれた。
眠れない二人はソファに移動して水を飲みながら話す。
「支局長と祖父と両親は、まだ生きてるよ。どこに居るのか知らないけど、どこかで被害者のフリして暮らしながら、戦争を煽ってるハズだ」
「どうして、そう思うんですか?」
家族に生きていて欲しい、と言うやさしい気持ではなさそうだ。
ロークの気持ちが痛い程わかり、ファーキルはその痛みを誤魔化す為にカップの水を一気に飲み干した。
「祖父は正式な司祭じゃないけど、隠れ信徒の中で司祭みたいな役割を果たしてたんだ。両親もそう言う仲間内じゃ、それなりの地位で、リベルタース国際貿易って言う会社のネモラリス支社の貿易部門の部長。グリャージ港に行くことが多いから、ゼルノー市に住んでるけど、社用でちょくちょくクレーヴェルや外国にも行ってる」
ロークはそこまで言って、ファーキルがカップに水を注ぎ終わるのを待つ。ファーキルの水差しを持つ手が震え、銀の注ぎ口が陶器のカップに触れて小さな音を立てた。
「テロのあった日、父は普通に出勤したけど、母は仕事を休んだ。俺も、学校に行くなって止められて家に居た。空襲の初日もそうだった。それに、父はフラクシヌス教徒のフリをして地元の議員とも仲良くしてる。これが、どう言うコトか、わかるか?」
「……ネモラリス島へ避難する船に、優先して乗せてもらえる……とか?」
「それもあっただろうけどね。国会議員を通じて政府に働き掛けて、アーテルへの攻撃を抑えている可能性がある」
「えぇッ?」
「魔哮砲で迎撃だけしてればいい、みたいなコト言ってたんじゃないかな? でなきゃ、古株の魔装兵にはアーテルに土地勘のある人が大勢居るだろう。現に武闘派ゲリラは【跳躍】で攻撃しに行ってたろ」
「あっ……」
何故、ネモラリスの正規軍がアーテル本土への攻撃を仕掛けなかったのか、ファーキルは全く考えが及ばなかった。ロークに言われて初めて、その不自然さに気付く。
魔哮砲はひとつしかなく、今はツマーンの森で彷徨っているらしい。ラクリマリス領に大々的な捜索隊を送るのは無理だから、捜すにしても少人数だろう。
魔哮砲と同等の遠距離、且つ広域の攻撃が可能な魔装兵は、恐らく居ない。
どう頑張っても撃ち漏らしが出る。
残りの兵が人力で防空網を構築して迎撃するより、アーテルの空軍基地を叩いた方が、国土の被害は少なくて済む。
中学生でも、ちょっと考えればわかることだ。
大人の……プロの軍人が気付かない筈がない。
実際、ロークたち武闘派ゲリラが、たった一カ所潰しただけでも空襲は激減した。
力なき民を含み、大した訓練をしていない素人の寄せ集め部隊でもできたのだ。魔装兵の部隊なら、きっと、自軍の犠牲者を一人も出さずに完遂できただろうし、アーテルの全ての基地を同時に叩くことも可能かもしれない。
ロークは、ファーキルが理解したと見て取ったのか、頷いた。
「ファーキル君ってアタマいいんだな。……多分、親爺は本社に出張した日とかに、財界と関係が深い他の議員とも交流してただろうから、生き延びてネモラリス島に渡ってれば、今も上手いコト言って正規軍の足を引っ張るように働きかけてるんじゃないかな?」
ロークが水を飲んで大きく息を吐く。
半月の光は物の輪郭を朧げに浮かび上がらせるだけで、彼の表情までは見えなかった。
☆テロの計画を知らせに/信徒友達の家で毒ガステロの準備……「048.決意と実行と」「052.隠れ家に突入」参照
☆世界的な不景気/ラゾールニクが語り、呪医セプテントリオーが分析……「435.排除すべき敵」参照
☆支局長たちが空襲を事前に知ってたって言う手掛かり……「121.食堂の備蓄品」「129.支局長の疑惑」「137.国会議員の姉」参照
☆隊長さんも同じ物を見て、同じ結論出してた……「340.魔哮砲の確認」参照




