568.別れの前夜に
「ロークさん、お友達に会えてよかったですね」
明日になったら、移動販売店プラエテルミッサのみんなは、ファーキルとアミエーラを王都に残して行ってしまう。
みんな、早朝の船旅に備えて今夜は早々と部屋へ引っ込んだ。
ファーキルは名残惜しく、もっと色々話したかったが、仕方がない。ロークは寝付けないのか、ファーキルの話に付き合ってくれた。
「まさか、あんな状況で生き残って……外国で会えるなんて思ってなかったから、びっくりしたけど、嬉しかったよ」
「女神様のお導きってヤツなんでしょうね」
「……そうだな。ファーキル君も、グロム市に着いたらすぐ、親戚の人に会えるように祈っとくよ」
「ありがとうございます」
メイドが【灯】を消した部屋は真っ暗で、ロークの表情はわからない。しみじみと言う声音はやさしかった。
アクイロー基地襲撃作戦に加わって、多くのアーテル兵を殺害した警備員オリョールや、ソルニャーク隊長と同じゲリラの戦士だとは、到底思えない。
……折角、友達と会えたのに、ロークさんは力なき民だから、この国に留まれないなんて。
今までファーキルは、アーテル共和国――キルクルス教国の力ある民への差別政策にしか意識が向いていなかったが、友達と離れざるを得ないロークの姿に、ラクリマリス王国の魔道優先政策の壁が見えた。
……魔法使い側も、力なき民を差別してるんだ。
アーテル共和国は、ラクリマリス王国がその政策を採った直後に国交の断絶を宣言し、両国の共同事業で完成したばかりの北ヴィエートフィ大橋に守備隊を置いて、通行を禁じた。
ファーキルは、それをアーテル側の一方的な魔法使い排除だと思っていたが、そうではなかったのだ。
……ネモラリス政府は、両方を上手く取り入れてるっぽいのになぁ。
薬師アウェッラーナや工員クルィーロの話を聞いた限り、元ラキュス・ラクリマリス共和国だった三カ国の中では最も復興が遅れ、リストヴァー自治区に至ってはアーテルの開戦理由になるレベルで劣悪な状態らしい。
……中途半端がよくないのかな?
アーテル共和国は、アルトン・ガザ大陸北部のキルクルス教国や教団の支援で急速に復興した。
ラクリマリス王国には、フラクシヌス教の聖地があり、巡礼の観光収入やクブルム山脈とプラヴィーク山脈の鉱業収入がある。
……それに、足手纏いな力なき民が居ないから……とか?
我ながら暗い発想に嫌気が差し、溜め息が漏れる。フラクシヌス教徒――少なくとも、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの信徒は、あんな大らかな祈りの詞を唱える信仰を持つ人たちだ。流石に、そんなことはないと信じたい。
「ファーキル君、もう二度と会えないだろうから、今の内に言っとくよ」
闇の中から届いたロークの声は、すぐ隣のベッドの筈なのに随分、遠くに感じられた。沈黙に緊張を感じ取り、何か重要なことを打ち明けられるのだと気付く。
ファーキルは、寝具の中でもぞもぞ動いてロークの方へ身体を向けた。
「何ですか? 改まって?」
「この戦争の、本当の敵って、何者だと思う?」
「えっ?」
意外な質問にファーキルは一瞬、思考が停止した。てっきり、ローク自身に関する個人的な話をされるのだと思っていたのだ。
すぐ気を取り直し、ランテルナ島の拠点で触れたたくさんの情報や、諜報員ラゾールニク、呪医セプテントリオーとの話から導き出された答えを口にする。
「キルクルス教団だと思います」
「どうしてそう思った?」
「キルクルス教の教義の矛盾に気付いて、信者を辞める人たちが増えてるからですよ」
「君、ラクリマリス人なのにそんなのわかるんだ?」
布の触れる音が闇の中で動きを伝え、ロークが身体をこちらへ向けたのがわかる。
「拠点で色々情報収集して、ラゾールニクさんにも教えてもらいましたし、今は共通語の掲示板からそう言う人たちの声を拾ってサイトにまとめる作業してるんで……」
「そっか。インターネットか」
「はい。信仰の矛盾がインターネットで一気に拡散して、特に若い人の中には、教会に行かない人が多いみたいです」
「それで何で、俺たちの敵がキルクルス教団だと思うんだ?」
「アーテルは多分、どこからか、ネモラリス軍が兵器化した魔法生物を持ってるって情報を得て、魔哮砲を実戦投入させる為にリストヴァー自治区を口実に戦争を吹っ掛けたんですよ」
ファーキルはそこで言葉を切って、ロークの反応を待つ。
布と髪のこすれる音が一回。
頷いたらしいと判断し、話を続けた。
「三界の魔物は、どんな信仰を持つ人にとっても敵です。魔哮砲は、その再来になるかもしれません。ネモラリスを叩き潰すのに反対する国は、多分ないでしょうし、キルクルス教国のアーテルが絶対悪のネモラリスをやっつけたら、『やっぱり魔術は悪しき業でダメなんだ』ってなって、キルクルス教の信者が増やせるかもって思ってるんじゃないんですか? だから、戦争の支援として、大量の無人機とかをアーテル軍に渡したんじゃないかと……」
「全部、シェラタン様たちに撃ち墜とされたみたいだけどな」
「アーテルは形振り構わず魔哮砲をやっつけようとしてて、ラクリマリスは自国領に侵入したアーテル兵をまだ追い出してません。国連の査察では、シロってなってましたけど、ラクリマリスもまだ魔哮砲を疑ってるんでしょう」
「で、国会議員の人たちが動画でホントのコトをぶちゃけた」
ロークの声は微かに侮蔑を含んでいるが、ファーキルにはそれが何に向けられたものかわからなかった。
「どの国もその件について態度を保留して、今は様子見してますけどね」
「インターネットでそこまでわかるんだ?」
「そうですね。中には、嘘の情報も入ってるけど、その辺も込みで、なんでそんな嘘を吐く必要があるのか考えたら、見えて来るものはありますから」
ファーキルの言葉を噛みしめているのか、ロークはしばらく黙っていた。
時計が見えないので、どのくらい無言の時が過ぎたかわからない。
「ネモラリスの自治区以外の場所にも、キルクルス教徒がいるんだ」
ロークは静かな声で言った。
☆あんな大らかな祈りの詞を唱える……「540.そっくりさん」参照
☆共通語の掲示板からそう言う人たちの声を拾ってサイトにまとめる作業……「434.矛盾と閉塞感」「435.排除すべき敵」「448.サイトの構築」参照
☆全部、シェラタン様たちに撃ち墜とされた……「309.生贄と無人機」参照
☆国連の査察では、シロ……「248.継続か廃止か」「269.失われた拠点」「284.現況確認の日」参照
☆ラクリマリスもまだ魔哮砲を疑ってる……「340.魔哮砲の確認」参照
☆動画でホントのコトをぶちゃけた……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照




