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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0058.敵と味方の塊

 湖の民の少女が、モーフの知らない言葉で暢気(のんき)な雰囲気の歌を歌う。少年兵モーフは、緑髪の魔女に信じられない物を見る目を向けた。


 モーフは護送車が横転した時、内壁に叩きつけられて口の中が切れた。あちこち打撲でズキズキ痛む。

 歌が進むにつれ、口に広がる鉄錆(てつさび)に似た味と痛みが薄くなり、身体のどこかへ消えて行く。


 歌唱は、五分程で終わった。

 他の者の様子をそっと窺う。


 ガラスが刺さった人々は、その傷が(ぬぐ)い去られたかのように消えた。

 骨折したらしい少年少女が地面に(うずくま)り、あるいは横たえられ、警官の応急処置を受ける。大怪我をした大人たちも、マシな者から手当てを受けた。


 星の道義勇兵も、等しく手当てが施された。

 軽傷の義勇兵が、その様子を呆然と眺める。


 周囲の火勢は衰えを見せず、風向きが変わる度に熱風が吹き寄せる。

 そうかと言って、運河に近付き過ぎると、魔物に引きずり込まれる(おそ)れがある。

 三方は炎、前方は魔物の巣食う運河、上空には国籍不明の爆撃機。


 どこにも逃げ場がない。


 少年兵モーフは、静かな気持ちで状況を見た。

 (けが)らわしい魔法で傷を癒されてしまったことも、今は気にならない。

 何もかもを諦めた訳でもない。


 ただ、不思議だった。


 警察官だけでなく、住人も、モーフたちがゼルノー市の街を焼き、多くの人を(あや)めたのを知らないハズがない。


 ……何で、治すんだ? 何で、俺たちまで助けるんだ?


 護送車の扉を閉じたまま放っておけば、蒸し焼きになっただろう。だが、警察署の職員は、扉の魔法を解いた。

 この場でただ一人の湖の民が小声で礼を言い、陸の民の少年に何かを渡す。

 少年がそれを受け取った途端、湖の民の少女は、崩れるように倒れた。少年が慌てて抱き起こしたが、ぐったりとして反応がない。


 「あー、それ、魔力使い果たしただけだから、休ませたげて」

 青いツナギを着た陸の民の工員が、狼狽(うろた)える少年に説明する。

 少年は、金髪の工員と湖の民を見比べた。


 「……って言うか、俺ももうムリ!」

 金髪の工員が、魔法で支えた水壁を炎に向かって倒す。白煙が上がり、ほんの少し炎が後退した。火薬ではなく、燃料入りの爆弾なのか、まだ消えない。


 「荷物を枕にして寝かせてやれよ」

 言いながら、工員は湖の民が肩に掛けていた鞄を緑の頭の下に置く。

 少年が恐る恐る湖の民から手を離すと、工員は少女の傍らに腰を降ろした。毛布を羽織(はお)った十歳くらいの女の子が、工員の膝に乗って胸に顔を(うず)める。工員は女の子を抱きしめ、その背を軽く叩いてあやした。


 モーフは、母を思い出した。

 集会に参加するようになってから、もう長い間、顔を合わせていない。


 ……姉ちゃん、まだ生きてるかな?


 ざっと見回したところ、星の道義勇兵は、四人が無事、二人は重傷。警官は、三人無事で二人重傷。住人は元が何人か知らないが、十五、六人が動いていて八人が重傷だ。モーフと同年代の少年少女が多い。

 ここに居ないのは、最初の爆撃で事切れた者と、動かすのも無理なくらい重篤な者だ。


 車内から脱出できた者も、この先、何人が生き延びられるのか。

 義勇兵で無事だったのは、ソルニャーク隊長と元トラック運転手、銃の組立方を教えてくれた老兵、少年兵のモーフだ。

 今は炎を避け、住人と一塊(ひとかたまり)になる。



 「お巡りさん、橋、渡れないし、夜に備えて休んで下さい」

 住人の一人が、水の壁を支える警察官に言った。

 爆弾の燃料と建物の可燃物は、未だ激しく燃え続ける。

 四車線道路の中央にも息苦しい程の熱風が押し寄せる。

 無事な人々が、気道熱傷(きどうねっしょう)から身を守ろうと袖やマフラー、ハンカチなどで鼻と口を覆う。気休め程度にしかならないが、何もしないよりはいいだろう。


 ……こんなんで、夜まで生きるつもりかよ。


 モーフは、図々しい奴だと住人を(にら)んだ。

 爆発が起こり、炎が膨張した。立っていた数人が、運河に向かって数メートル吹き飛ばされる。

 モーフは両腕で顔を(かば)い、姿勢を低くして爆風から身を守った。転倒したが、大した怪我はない。


 また爆撃機かと、車道に転がったまま、空を見上げる。

 黒煙の隙間に機影は見えない。

 「ガソリンに引火して、車が吹き飛んだのだろう」

 ソルニャーク隊長が起き上りながら言った。


 火に巻かれた破片が次々と降って来る。

 意識のある者たちは、恐る恐る身を起こし、爆心地から離れた。

 警官が負傷者を抱え、運河に近い場所へ移動する。軽傷者も手伝った。

 隊長が手伝うので、少年兵モーフも手伝う。

 手伝いながらもモーフは、聖なる星の道の腕章を付け、ほんの二、三日前まで魔法使いを殺しまくった義勇兵が、救助を手伝うのが不思議でならなかった。


 ……何の為にわざわざ、こんなコトしてんだろ?


 勝手に魔法で傷を癒された。

 こっちの気も知らず、親切の押し売りをした湖の民の少女が、今は気を失って少年兵モーフの腕の中に居る。

 運河に投げ込めば、簡単にトドメを刺せる。

 そんな考えが頭をかすめたが、モーフは運河の手前に魔女を横たえた。

 陸の民の少年が、その緑色の頭の下に荷物を挟む。


 他の魔法使い……警察官と工員も、疲れ切って魔法が使えないらしい。

 今なら、魔法使いにも負けないだろう。炎の中に蹴り込むのは簡単だ。だが、星の道義勇兵は、誰もそうしなかった。


 キルクルス教の聖印「聖なる星の道」の腕章を着けた義勇兵と、魔法使いと、フラクシヌス教徒の陸の民が、一塊になって身を寄せ合う。

 子供の泣き声と、それを(なだ)める大人の声以外、何もない。


 星の道義勇軍は、爆撃機なんか持っていなかった。

 ネモラリス共和国の政府軍が、自国の領土を空襲するとも思えない。


 ……一体、どこのどいつが、こんなコトしやがったんだ?


 少年兵モーフは、黒煙に覆われた空を睨んだが、答えは見つからなかった。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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