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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十三章 分岐

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564.行き先別分配

 夕飯後、薬師(くすし)アウェッラーナは移動販売店のみんなを部屋に呼んだ。

 戸締りして【鍵】も掛け、カーテンを閉めて、アミエーラと二人では広過ぎる部屋の中央に呼び集める。


 「みなさん、なるべく小さな声でお話して下さい」

 アウェッラーナが前置きすると、みんなは首を傾げながらも、一歩近付いて小さく頷いた。


 湖の民の薬師(くすし)は、自分の荷物から完成してプラ容器に詰めた傷薬を出し、一人一個ずつ配る。

 「まず、これを……」

 「ありがとう……ございます?」

 受け取ったみんなが囁き声で礼を言い、何故これを秘密にするのか、と首を傾げる。薬師アウェッラーナはみんなを見回し、今から配るものについての心構えを説いた。


 「フィアールカさんがおっしゃったコト、憶えてますか? 身を守る手段のない人は、あんまり高価な物を持たない方がいいって……」


 「あぁ、そう言や、何かそんなコト言ってたな。それがどうしたって?」

 メドヴェージが先を促す。

 ソルニャーク隊長と少年兵モーフがハッとして顔を見合わせ、アウェッラーナの鞄を見た。あの時、一緒に居た二人には、アウェッラーナが何を配ろうとしているか、わかったようだ。


 「小さいのは採らなかったので、人数分はありません。一応、行き先別と言うことで……店長さん、隊長さん、クルィーロさん、ファーキルさん、ロークさん、アミエーラさん、受け取って下さい」


 薬師(くすし)アウェッラーナは、鞄から傷薬と同じ半透明のプラ容器を取り出した。掌より一回り大きい長方形で、密閉できる蓋付きのありふれた物だ。中身は、緩衝材と目隠しを兼ねてポケットティッシュで(くる)んである。


 ソルニャーク隊長が絞った声で確認した。

 「あの時のキノコか」

 アウェッラーナが頷くと、みんなは息を呑んで固まった。重ねた容器を持ち、薬師アウェッラーナはレノ店長の前に立つ。

 「受け取って下さい」

 「いや、あの、でも……」

 「換金できれば、お店の再建資金になりますよ」

 薬師(くすし)アウェッラーナが言うと、ピナティフィダが「お兄ちゃん」と囁いて、レノ店長の背を押した。パン屋の末の妹エランティスは、薬師の手許と兄姉の顔の間で忙しなく視線を往復させる。


 レノ店長の手が、下手な操り人形のように持ち上がり、一番上の容器を取った。

 「確認……させてもらっていいですか?」

 ピナティフィダが押し殺した声で聞きながら、兄の手からプラ容器を取る。薬師が無言で頷くと、パン屋の長女は礼を囁いて蓋を開けた。エランティスに蓋を持たせてポケットティッシュをそっと外す。



 靴べら型で、硬質で光沢のある菌体、橙色の傘の端に繋がる同色の柄。千年茸(センネンタケ)は、食用として一般的な店で目にするキノコとは、形が全く違う。硬くて食べられないが、貴重な薬の素材になる。今のアウェッラーナには、その薬を作る術は高度過ぎて使えないが、大きな街では商材として高値で取引されるキノコだ。



 「これが……」

 「換金する時以外は、誰にも見られないようにして下さい」

 パン屋の兄姉妹は三人とも力なき民だ。コソ泥ならともかく、強盗に襲われてはひとたまりもない。

 「換金……した後も、ですよね。大金……持ってるのが知られたら……」

 「お金は、銀行口座に振り込んでもらった方がいいでしょうね」

 「でも、通帳は……」

 中学生のピナティフィダが泣きそうな顔で、同年代に見える長命人種の大人を見る。パン屋の兄姉妹(きょうだい)の両親より年上のアウェッラーナは、子供たちを安心させる為に微笑んでみせた。

 「通帳の再発行は、大きな支店に行けば、身分証明書がなくてもできますよ」


 半世紀の内乱中に生まれた湖の民アウェッラーナが言うと、若いみんなの口から、どうすればいいのか、との呟きが漏れた。

 ソルニャーク隊長とメドヴェージも内乱中の生まれだが、内乱が終結した三十年前の時点でも子供で「大人の用事」の中身までは知らないようだ。


 「銀行の本店や大きい支店には、【(ただ)しき燭台】とか【()かし水鏡(みかがみ)】とか、魔法の道具があって、それで身元の確認ができるので大丈夫です。ただ、焼け出された人が多くて、そう言う道具は数が少ないので、時間は掛かると思います」

 それでも、ネモラリス島には無事な都市が多く、半世紀の内乱中よりずっとマシだろう。レノ店長たちの顔が明るくなり、仲のいい者同士で喜びの視線を交わす。


 「俺んとこは、給料手渡しだったもんだから、銀行口座なんざ持ってねぇぞ」

 「それに、自治区では魔法薬の原料を換金できん。多額の現金を持ち歩くのは危険だ。サファイアなどの宝石類は二重の意味で危険だ」


 メドヴェージとソルニャーク隊長の指摘はその通りだが、リストヴァー自治区へ帰る彼らにだけ渡さないのは、人として間違っている気がした。


 「でも、隊長さんが、火の雄牛をやっつけて私を守って下さったんですし……」

 「我々にはトラックをくれないか? 自治区も焼けて……ファーキル君が見せてくれたインターネットのニュースでは、仮設住宅などが建設されたようだが、実際に見てみなければわからない。それを売ったカネの内、ネーニア島への船賃だけくれればいい」

 ソルニャーク隊長にそうまで言われては、アウェッラーナも引き下がらざるを得ない。少年兵モーフは、湖の民の手許に恐ろしい物を見る目を向けて、首を横に振った。



 針子のアミエーラが手を後ろで組んで言う。

 「私も、大伯母さんの所へ行くのが決まりましたし、それは、みなさんで分けて下さい」

 「でも、これからの生活費とか……」

 「家を再建するのにどのくらいお金が掛かるのかわかりませんし、お譲りしますよ。仕事が決まるまでの生活費、後で働いて大伯母さんに返しますから、私は大丈夫です」


 「俺も、力なき民の子供が一人でこんなの持ってっても、換金断られるか、最悪、騙し取られて口封じされるかもしれないんで、いいです」

 ロークも首を横に振った。


 「俺は、親戚に預けるんで、会えるまで隠しとけば、まぁ……店長さんとクルィーロさんは大人だし、もらっとけばいいんじゃないんですか?」

 ロークより年下のファーキルは、容器を手に取って礼を言った。ラクリマリス人の中学生に助け船を出され、薬師(くすし)アウェッラーナが心底ホッとする。


 クルィーロは遠慮がちに手を伸ばして礼を言い、小学生の妹に絶対秘密にするように言って聞かせる。アマナは硬い表情で頷いた。


☆あの時、一緒に居た二人……「477.キノコの群落」~「479.千年茸の価値」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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