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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十三章 分岐

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563.それぞれの道

 挿絵(By みてみん)


 夕飯の席には歌手のニプトラ・ネウマエと、湖の民の運び屋フィアールカも同席した。


 「みなさん、ここまで妹の孫アミエーラを守って下さってありがとうございました。私の家は、クレーヴェルとレーチカにあって、どちらも無事です。もし、宿泊先がみつからなければ、おっしゃって下さい」

 「いえいえ……流石にそこまでは……俺たちも、アミエーラさんにたくさん助けていただいたんで……」

 レノ店長が両手を振って遠慮すると、店長の妹のピナもTシャツをつまんで言った。

 「この服、アミエーラさんに作り方を教えていただいたんです。ズボンも。他にも色々……巾着袋とか鞄とか、アミエーラさんのお陰で私たち、今までやって来られたんです」


 流石に、キルクルス教の聖印旗を作ってアーテル兵を騙し、北ヴィエートフィ大橋を無血で渡ったことまでは言えない。だが、少年兵モーフは、近所のねーちゃんアミエーラの最大の手柄は、あの聖印旗だと思った。

 あれがなければ、みんな今頃、ここには居なかっただろう。


 ……ねーちゃんが魔女の親戚だったなんてよ。


 リストヴァー自治区の外にも力なき民が居るなら、自治区の中に力ある民が居ても不思議はない。現に、同じ親から生まれた兄妹でも、クルィーロは力ある民で、アマナは力なき民だ。


 ……なんで、今までこんな当たり前のハナシに気が付かなかったんだ?


 少年兵モーフは生まれてこの方ずっと、司祭や両親、学校の先生、近所の年寄り連中、星の道義勇軍の偉い人、いけすかない工場長まで、リストヴァー自治区の大人たちみんなに、自分たちは魔力と言う穢れた力を持たない無原罪の清い存在で、自治区は魔法使いが一人も居ない清浄地だと教えられてきた。

 大人たちの内、誰がそれに騙されて信じて、誰が力ある民の存在を知りながらみんなを騙していたのか。


 モーフの頭の中で、教えを説いた大人たちの顔がぐるぐる回って、昨夜より豪勢な料理の味がさっぱりわからない。


 ……こんなすげーメシ奢ってくれるって、あのそっくりさんは御大尽(おだいじん)なんだなぁ。


 近所のねーちゃんアミエーラにそっくりの魔女は、食卓の誰よりも優雅な所作で料理を口に運ぶ。魔女にそっくりなアミエーラは緊張しているのか、昨日よりも動きがぎこちない。

 見れば見る程そっくりだが、二人の雰囲気は全く違う。

 黙って何もしてなくても、その雰囲気で別人とわかる。


 ……一人で生きてくより、親戚と一緒の方がいいに決まってらぁな。


 しかも、その人はラクリマリスで有名な歌手で、大金持ちだ。一人や二人、余裕で養ってくれるだろう。


 自治区に居た頃、モーフはアミエーラとは(ほとん)ど喋ったことがなかった。

 父親同士が同級生で仲が良く、その流れで家族ぐるみの付き合いをしていたが、モーフとアミエーラは歳が離れていたし、学校や仕事で忙しく、生活の時間帯が合わない。アミエーラは、歳の近いモーフの姉とはよく喋っていた。

 モーフの父が事故で亡くなってからも交流は続いて、時々、歩けない姉の為に(くる)みボタン作りの内職まで持って来てくれたし、婚礼衣装の端切れで(こしら)えたと言う立派なリボンまでくれた。


 アミエーラの助けがなければ、モーフの一家は飢え死にしていたかもしれない。


 ……俺、ねーちゃんに何も恩返しできてねーのに、このまま一生、会えなくなんのか?


 キルクルス教徒のモーフと、力ある民では住む世界が違う。

 アミエーラがキルクルス教の信仰を捨てなくても、力ある民はリストヴァー自治区では暮らせない。


 ……ん? 力ある民?


 「どうやって、ねーちゃんが力ある民だってわかったんだ?」

 思わずこぼれた問いの声は、モーフ自身が思うより大きく、食卓だけでなく、周囲で控える給仕たちからも一斉に注目された。


 一呼吸置いて、湖の民の運び屋フィアールカが、気を取り直したように答える。

 「どうやってって……【魔力の水晶】よ。力ある民が握ったら、魔力が充填されて中に光が(とも)るでしょ」

 「あ……あぁ……何だ、あれかぁ。今までそう言う風に思って見たコトなかったから……」


 モーフが初めて目にしたのは、冬のあの日だ。

 炎に囲まれ、運河の(ほとり)に追い詰められた時、クルィーロがロークの持っていた【魔力の水晶】を借りて握っていた。真珠色の淡い輝きが、工員の手の中にあった。


 それから何度も、クルィーロと薬師(くすし)アウェッラーナが魔力を充填するのを見ていたが、全くそんな認識はなかった。言われて初めて、力ある民でなければ、魔力を充填できないことに気付き、ファーキルの呆れた顔から目を逸らした。


 隣のメドヴェージにまで「坊主、お前、今まであれを何だと思って見てたんだ?」と呆れられた。

 「うっせぇな。なんか、当たり前過ぎて余計にわかり(づれ)ぇんだよ」

 ここの給仕たちはモーフの失言を笑ったりせず、澄まし顔で控えている。


 「あ、あの、モーフ君は親同士仲良くて、家族ぐるみで仲良くしてたウチの子で、あの……その……」

 「そちらの方が彼のお父様?」

 アミエーラが説明すると、そっくりさんはメドヴェージに視線を向けて聞いた。アミエーラが答えるより先に、本人が苦笑する。

 「残念ながら、他人なんだ。こん中で身内なのは、パン屋の三兄姉妹と、魔法使いの兄ちゃんとちっこい妹。その二組だけだ」


 「みなさん、大変な苦労をなさってここまで避難して来られたのですね。遠慮なさらず、ウチに……」

 「ネモラリス島に着いてからは、別行動になる予定なんです」

 ソルニャーク隊長が、そっくりさんの厚意を遮った。自分とモーフ、メドヴェージを掌で示して続ける。

 「我々三人はトラックで蔓草細工を売りながら、ネーニア島へ戻る日を待ちます」


 「俺は役所の支援を頼って仮設住宅に入って、復興作業員の仕事を探します」

 ロークが言うと、魔法使いの工員クルィーロも予定を語る。

 「空襲当時、俺たちの父は仕事でクレーヴェルに居たんで、多分、すぐみつかりますから……」

 「私の身内も、当時、湖に出て漁をしていたので、どこかの港に避難してると思うんです」


 湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナの言葉に、そっくりさんは気の毒そうに眉を下げ、少し明るい声で言った。

 「そうなんですの。ラクリマリス領の港にも、船で避難して来られた方々が大勢いらっしゃいます。差し(さわ)りなければ、船名を教えて下さいませんこと?」

 「光福(こうふく)三号です。小さな漁船なんですけど、王都に来た可能性があるんですか?」

 「直行ではないのだけれど、湖上封鎖前はネーニア島の港伝いに航行して、ここまで(のが)れてきた船もありましたの」


 挿絵(By みてみん)


 「えっと、それじゃあ、湖上封鎖で母港に戻れなくなってしまったんですか?」

 そっくりさんは、薬師(くすし)アウェッラーナの質問に頷いた。

 ネーニア島のラクリマリス領の港か、王都などフナリス群島の港で足止めされているなら、ネモラリス島へ渡っても仕方がない。だが、湖の民の薬師は、王都に留まらずネモラリス島へ渡ると言う。

 「ラクリマリスは近くても外国だから、もしかするとネモラリス島の方へ行ったかも知れません。ここの景色を憶えてる内にネモラリス島へ渡って、両方を行き来して探します」


 少年兵モーフは、【跳躍】の術では知らない場所に跳べない、と教わったのを思い出した。

 そっくりさんは少し残念そうだが、すぐに気を取り直して明るく言う。

 「じゃあ、私の方でも光福三号を探して、この近くの湖の女神様の神殿に(ことづ)けておきますね。後で目印になる物をお渡ししますから、それを見せて神官にお尋ね下さいね」

 「えっ……あ、あの……ありがとうございます」

 薬師(くすし)アウェッラーナは恐縮したが、その厚意は素直に受け取った。


 ……身内の手掛かりは、ひとつでも多い方がいいに決まってらぁな。


 そっくりさんは、最後に残ったファーキルにどうするのか聞いた。ラクリマリス人の少年は、澱みなく答える。

 「俺は、グロム市の親戚のとこへ行きます。腥風樹(せいふうじゅ)の件で避難してるかも知れませんけど、明後日の便で行きます」

 「そうなのですか。無事に会えますように、お祈りしますね」


 みんな、モーフの知らない間に行き先とやることを決めていた。


 ……いや、元からそうするって決めてたんだ。いちいち言わなかっただけで。


 何となく、みんなはずっと一緒に居るものだと思っていたモーフは、足下の床が急に消えてなくなったような気がした。

☆キルクルス教の聖印旗を作ってアーテル兵を騙し……「307.聖なる星の旗」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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