0057.魔力の水晶を
爆発音。
続く激しい振動で、ロークは目を開けた。身体のあちこちが痛み、顔を顰める。
暑い。いや、熱い。
跳ね起きた顔を熱風がなぶる。息苦しさに思わず顔を伏せた。
……何だ? どうなってんだ、コレ?
全く状況がわからない。袖で口許を覆い、恐る恐る周囲を窺う。
二十……いや、三十人ばかりの人が居る。
グラウンドではない。
炎が視界を囲む。人々は四車線道路の真ん中に固まり、人と炎の間で、薄い水の壁が揺れる。
どこかへ移動する途中だが、人に対してその傍らの荷物は極端に少ない。
何があったかわからないが、持ち出せたのは、余裕のある者だけなのだろう。
振り返ると、背後には水壁がなく、その先にニェフリート運河が見えた。見慣れた風景が変わり果て、橋の残骸と車が沈む。
湖の民の薬師が術で怪我人を癒す。
ロークはギョッとして、思わず身構えた。怪我人の中に、聖なる星の道の腕章を巻いた者が混じっていた。
……星の道義勇軍? なんで一緒に居るんだ?
ロークは状況が飲み込めず、思考が停止した。
「また、戦争なのか……」
「空襲なんて、もうないと思ってたのに……」
大人たちが、胸に溜まった憤りを吐き出す。
……空襲?
ロークはその単語でますます混乱した。
星の道義勇軍も、ゼルノー市内の隠れキルクルス教徒も、流石に戦闘機までは用意できなかった。
ネモラリス軍が自国領を爆撃するとは思いたくない。逃げ遅れた人々がまだ残っているのだ。
議会が、テロリスト諸共始末するような作戦を承認するとは思えない。
仮に爆撃するとしても、「テロリストの本拠地」と推測されるリストヴァー自治区だろう。
何故、こんな所が空襲を受けるのか。
どこの軍が、爆撃機を飛ばしたのか。
安全な場所はどこなのか。
何の情報もなく、焦りと不安だけが募る。
熱と光で目が痛む。唯一、炎の壁のない方向へ目を向けた。
ぽっかり開けた空間の先はニェフリート運河。その対岸にも燃える街。焼け出された人々が、運河の畔で呆然と佇む。
……セリェブロー区が、燃えてる? 何で?
隠れ信徒が多く、星の道義勇軍の攻撃対象から除外された地区だ。
義勇軍の拠点が見つかり、ネモラリス軍の強襲を受けたのか。
いや、「空襲」で無差別に地区を焼き払うとは思えない。湖の民や、陸の民もフラクシヌス教徒の方がずっと多いのだ。
対岸に湖の民の一団が現れた。【操水】の術を使ったのか、運河の水が複数、起ち上がる。水塊は、風呂桶一杯程度からトラック一杯くらいまで様々だ。
水塊はひとつになって地を這い、火の根元を押し流した。
白煙が上がり、炎が少し削られる。
「あっちの人たちは、まだ元気なんだな」
前掛けを着けた青年が呟いた。
青いツナギの青年がそれに答える。
「こっちはもうダメだ。まぁ、俺は元々魔力弱いからアレだけど、薬師さん、もう倒れそうだぞ」
「えっ? どうすりゃいいんだよ? 休んでもらう? でも、それじゃ、怪我人が……」
二人につられて、ロークも湖の民に視線を戻した。
炎の色が映り、顔色はわからない。負傷者に注ぐ眼差しには力がなく虚ろだ。
「うーん……【魔力の水晶】とかがあればいいんだけどな」
ツナギの青年が、でも、そんなのないよなぁ、とぼやく。
ロークはポケットを探った。財布は手つかずであった。
焦りで手が震える。
どうにか財布を開き、友達にもらった【水晶】を取り出した。
小指の先くらいの大きさで、中に淡い光が宿る。去年の誕生日にこれをくれた友達は、恐らくもう、生きてはいないだろう。
友の魔力が籠った【水晶】を、湖の民の薬師に差し出した。
「薬師さん、薬師さん!」
処置した人数がわからなくなった頃、声を掛けられ、アウェッラーナは我に返った。テロリストが潜伏していると教えてくれた陸の民の少年だ。
「これ、使って下さい」
少年が差し出したのは【魔力の水晶】だった。
魔力を持つ者が、空の【水晶】をしばらく握ると、中に魔力を蓄えられる。
魔力のない者でも、これを握って呪文を唱えれば、魔法が使える。魔力の充電池のようなものだ。
言われて初めて、アウェッラーナは自分の疲れに気付いた。
辛うじて頷き、【水晶】を受け取る。
小指の先の大きさで大した魔力はない。それでも、そっと握ると、あたたかい力が身体の中心に向かって流れてきた。
少し元気を取り戻し、アウェッラーナは周囲を見回した。
怪我人がハンカチなどで自分の傷を押さえる。
「まだ、ガラスとか刺さってる人、居ますか?」
念の為、聞いてみる。
小さく首を横に振り、一人もそれを訴える者はなかった。
アウェッラーナはひとつ大きく息を吸い、【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】を唱えた。
童歌のような独特の節回しで、力ある言葉を紡ぎだす。【水晶】から更に魔力が引き出され、その力が身体の綻びをゆっくりと繕った。
☆【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】……「0038.ついでに治療」参照




