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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日
57/3486

0057.魔力の水晶を

 爆発音。

 続く激しい振動で、ロークは目を開けた。身体のあちこちが痛み、顔を(しか)める。

 暑い。いや、熱い。

 跳ね起きた顔を熱風がなぶる。息苦しさに思わず顔を伏せた。


 ……何だ? どうなってんだ、コレ?


 全く状況がわからない。(そで)で口許を覆い、恐る恐る周囲を(うかが)う。

 二十……いや、三十人ばかりの人が居る。

 グラウンドではない。

 炎が視界を囲む。人々は四車線道路の真ん中に固まり、人と炎の間で、薄い水の壁が揺れる。


 どこかへ移動する途中だが、人に対してその傍らの荷物は極端に少ない。

 何があったかわからないが、持ち出せたのは、余裕のある者だけなのだろう。


 振り返ると、背後には水壁がなく、その先にニェフリート運河が見えた。見慣れた風景が変わり果て、橋の残骸と車が沈む。

 湖の民の薬師(くすし)が術で怪我人を癒す。

 ロークはギョッとして、思わず身構えた。怪我人の中に、聖なる星の道の腕章を巻いた者が混じっていた。


 ……星の道義勇軍? なんで一緒に居るんだ?


 ロークは状況が飲み込めず、思考が停止した。

 「また、戦争なのか……」

 「空襲なんて、もうないと思ってたのに……」

 大人たちが、胸に溜まった(いきどお)りを吐き出す。


 ……空襲?


 ロークはその単語でますます混乱した。

 星の道義勇軍も、ゼルノー市内の隠れキルクルス教徒も、流石に戦闘機までは用意できなかった。

 ネモラリス軍が自国領を爆撃するとは思いたくない。逃げ遅れた人々がまだ残っているのだ。


 議会が、テロリスト諸共(もろとも)始末するような作戦を承認するとは思えない。

 仮に爆撃するとしても、「テロリストの本拠地」と推測されるリストヴァー自治区だろう。


 何故、こんな所が空襲を受けるのか。

 どこの軍が、爆撃機を飛ばしたのか。

 安全な場所はどこなのか。


 何の情報もなく、焦りと不安だけが(つの)る。

 熱と光で目が痛む。唯一、炎の壁のない方向へ目を向けた。

 ぽっかり開けた空間の先はニェフリート運河。その対岸にも燃える街。焼け出された人々が、運河の(ほとり)で呆然と佇む。 


 ……セリェブロー区が、燃えてる? 何で?


 隠れ信徒が多く、星の道義勇軍の攻撃対象から除外された地区だ。

 義勇軍の拠点が見つかり、ネモラリス軍の強襲を受けたのか。

 いや、「空襲」で無差別に地区を焼き払うとは思えない。湖の民や、陸の民もフラクシヌス教徒の方がずっと多いのだ。


 対岸に湖の民の一団が現れた。【操水】の術を使ったのか、運河の水が複数、起ち上がる。水塊は、風呂桶一杯程度からトラック一杯くらいまで様々だ。

 水塊はひとつになって地を這い、火の根元を押し流した。

 白煙が上がり、炎が少し削られる。


 「あっちの人たちは、まだ元気なんだな」

 前掛けを着けた青年が呟いた。

 青いツナギの青年がそれに答える。

 「こっちはもうダメだ。まぁ、俺は元々魔力弱いからアレだけど、薬師(くすし)さん、もう倒れそうだぞ」

 「えっ? どうすりゃいいんだよ? 休んでもらう? でも、それじゃ、怪我人が……」

 二人につられて、ロークも湖の民に視線を戻した。


 炎の色が映り、顔色はわからない。負傷者に注ぐ眼差しには力がなく虚ろだ。

 「うーん……【魔力の水晶】とかがあればいいんだけどな」

 ツナギの青年が、でも、そんなのないよなぁ、とぼやく。


 ロークはポケットを探った。財布は手つかずであった。

 焦りで手が震える。

 どうにか財布を開き、友達にもらった【水晶】を取り出した。

 小指の先くらいの大きさで、中に淡い光が宿る。去年の誕生日にこれをくれた友達は、恐らくもう、生きてはいないだろう。

 友の魔力が(こも)った【水晶】を、湖の民の薬師(くすし)に差し出した。



 「薬師さん、薬師さん!」

 処置した人数がわからなくなった頃、声を掛けられ、アウェッラーナは我に返った。テロリストが潜伏していると教えてくれた陸の民の少年だ。


 「これ、使って下さい」

 少年が差し出したのは【魔力の水晶】だった。

 魔力を持つ者が、(から)の【水晶】をしばらく握ると、中に魔力を蓄えられる。

 魔力のない者でも、これを握って呪文を唱えれば、魔法が使える。魔力の充電池のようなものだ。


 言われて初めて、アウェッラーナは自分の疲れに気付いた。

 辛うじて(うなず)き、【水晶】を受け取る。

 小指の先の大きさで大した魔力はない。それでも、そっと握ると、あたたかい力が身体の中心に向かって流れてきた。

 少し元気を取り戻し、アウェッラーナは周囲を見回した。


 怪我人がハンカチなどで自分の傷を押さえる。

 「まだ、ガラスとか刺さってる人、居ますか?」

 念の為、聞いてみる。

 小さく首を横に振り、一人もそれを訴える者はなかった。


 アウェッラーナはひとつ大きく息を吸い、【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】を唱えた。

 童歌のような独特の節回しで、力ある言葉を紡ぎだす。【水晶】から更に魔力が引き出され、その力が身体の(ほころ)びをゆっくりと(つくろ)った。

☆【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】……「0038.ついでに治療」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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