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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十二章 祖国

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554.信仰への疑問

 「何で、怪我を治す人助けの魔法まで一緒くたに“()しき(わざ)”呼ばわりなんだろうな?」

 年嵩の男性が溜め息混じりにこぼした。


 それに答えを与えられる者は、ここには居ない。

 いや、世界中を探しても、今の時代には居ない。


 聖者キルクルス・ラクテウスの他に、その言葉の真意を知る者など居ないのだ。


 最後尾の女性が遠慮がちに口を開き、足下を指差した。

 「この道……司祭様は、地脈の力を使うだけだから、悪い物ではないっておっしゃってましたよね? 実際、雑妖を寄せ付けなくて守ってくれてますし……」

 「雑妖くらいなら、街灯でもちっとだけ防げるけどよ、蛍光灯と魔法の道、どっちもやってるこたぁ一緒なのに、何が違うんだ?」

 年嵩の男性の危うい物言いに、呪医の治療を待つ列の人々がちらりと振り向いた。


 クフシーンカはこの旧街道の清掃事業を発案した手前、彼に加勢したかったが、迂闊なことは言えない。

 気を揉みながら彼の目を見た。三十代半ばらしき男性は、先程の若者より年嵩だが、クフシーンカからしてみれば、若者だ。彼の目に浮かぶのは、純粋な疑問だった。だが、キルクルス教原理主義団体「星の(しるべ)」の構成員に聞かれたら、無事ではいられない。


 危うい疑問だ。


 呪医の治療を望む「不信心者」しか居ない心安さで、どんどん口が軽くなる。

 「文明の利器だけで魔物をやっつけんのはムリだしよ、誰かが食われて魔物が魔獣んなるまで手も足も出ねぇが、聖典には生贄を差し出せなんざ、一言も書いてねぇ」

 「そうだな。心身と身辺を清め、清い心掛けで身を守れ、とは書いてあるが……」

 新聞屋の亭主はその先の言葉を飲み込んだ。


 そんなことだけでは雑妖はともかく、魔物からは身を守れない。

 魔物は実体を持たず、この世の武器が効かない癖に、この世の生物を捕食する。この世の生物を喰らい、この世での存在感を増し、やがて肉体を得てこの世に定着する。

 肉体を得た魔獣ならば、普通の武器でもその肉体を破壊し、肉体の死を以てこの世から追い出すことができるが、それには多くの犠牲が必要だった。


 ……そうよね。魔法の治療を受けられなければ助からない時も、魔物に襲われた時も、聖者様にお祈りしながら死を受け容れなさいなんて、聖典にはどこにも書いていないのに。



 半世紀の内乱以前に生まれたクフシーンカは、隣近所に魔法使いが住んでいるのが当たり前の環境で育った。

 親友のフリザンテーマと彼女の姉カリンドゥラは、共に【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の魔法使いで、呪歌の歌い手だった。彼女たちが悪しき存在だとは思えない。


 リストヴァー自治区で生まれ育った若い世代は、魔法使いの知り合いが居ない。

 魔法使いは()しき存在だと教えられ、それに疑問を抱く者がどれだけ居るのか。


 内乱中に生まれた中年以降の者たちは、魔法使いが家族や隣人を殺す姿を()の当たりにした。

 その時の恐怖を昨日のことのように語り聞かされた子供らの多くは、疑いもなく信じている。


 魔力を持つと言うだけで、人格や存在を悪と断じることの危うさに気付いても、本当に善良な魔法使いが存在するかどうか、ここで暮らす限り確められない。



 「聖典にゃ、魔術は“()しき(わざ)”で、三界(さんかい)の魔物みてぇなのを二度と作らせねぇ為に、魔術を使わねぇでやってこうってなコトが書いてあるだけだ」

 行列の人々が、年嵩の男性の話に振り向く。男性は先頭付近にも届くよう、声を大きくした。

 「魔法使いを皆殺しにしろとか、一言も言ってねぇ」

 「そうだな」

 年嵩の男性の言葉に新聞屋の亭主だけでなく、呪医の治療を待つ人々の多くも小さく頷いた。



 聖典は大きく三つの部分に分かれる。


 聖者キルクルス・ラクテウス自ら(あらわ)したとされる文章の断片を集めた精光記(せいこうき)

 真跡(しんせき)の記された古文書はバンクシア共和国の大聖堂で保存されているが、古い時代から、異なる筆跡の混入が知られている。

 少なくとも三人の筆跡があるらしく、複数の指導者が残したメモを後の時代にまとめ、信仰の象徴として「キルクルス・ラクテウス」と言う人物に集約したとする三人一身(みたりいっしん)説を唱える宗派があるが、主流ではない。

 三人一身派は、数百年前には異端として弾圧を受けたが、現在も細々と伝えられていると言う。


 聖者の存命中、弟子や親しくしていた者たちが書き残し、死後にまとめられた光跡記(こうせきき)

 これも、聖者が一人だと言うには多くの矛盾を抱えた言行録で、聖者の名も「キルクルス・ラクテウス」「オルビス・ラクテウス」「ラクテウス・オルビス」の三種登場することから、別人を信仰の象徴として統合したとする三人一身説派の主張の根拠になっている。


 最後は、星道記(せいどうき)

 主に祈りの言葉――聖句がまとめられているが、祭の歌と踊り、その際に纏う衣裳のデザイン、教会の主要部分の設計図と装飾など、技術書めいた記録も含む。

 一般の信者が持つ聖典は「聖句」の部分までに留まり、司祭が礼拝で使用する祈祷書も、祭の歌と踊りまでだ。

 高位の聖職者やその道の技術者でなければ、聖典の五分の四を占める技術書部分を目にする機会はない。その技術者も、特に信仰心の(あつ)い者に限られ、星道記(せいどうき)の後半を修めた者は「星道(せいどう)の職人」と呼ばれる。


 クフシーンカは若い頃、縫製技術者を養成するキルクルス教系女学校で「星道の職人」の資格を得て、聖典の「衣裳」に関する部分を学んだ。



 「あら、これ、【魔除け】じゃない。いいの? こんな内職しちゃって」

 「キルクルス教会の人に怒られない?」

 クフシーンカは耳を疑った。


 学生時代、カリンドゥラとフリザンテーマが実家に遊びに来た。二人はクフシーンカが持ち帰った刺繍の課題を見てそう言ったのだ。

 魔法使いならどの学派の者でも、常識として身につけなければならない術のひとつらしい。


 クフシーンカは「星道(せいどう)の職人」の資格を得られる者だけの日光(にっこう)クラスに在籍していた。縫製と神学、両方の成績上位者で、品行に問題のない者だけが入ることが許される。

 五年の在学期間中、三年時に日光(にっこう)月光(げっこう)星光(せいこう)の三区分に割り振られる。

 一学年十クラス中、日光は一クラスだけで、次席の月光は二クラス、残り七クラスが星光で聖典の技術書部分を学べるのは、最上位の日光クラスにのみ許された特権だった。


 他クラスは勿論(もちろん)、家族や友人知人など、聖職者以外の誰にも教本を見せてはいけない、と教諭から言い渡されていたが、まさか、作りかけの刺繍も見られてはいけないとは思わなかった。

 いけないと知りつつ、教本として学校で配られた聖典の写しを見せると、二人は呪文の部分を読み上げてみせた。

 力ある民の二人が声を揃えて唱えると、淡い真珠色の光が広がった。


 「ねっ。嘘だと思うんなら、大通りの石畳をご覧なさいな」

 「同じの彫ってあるから」

 親友姉妹の言葉を疑う気にはなれなかった。


 「嘘だなんて思わないわ。ねぇ、他のはどう?」


 どこかで見たことがあるような気がしたが、いつ、何の図柄で見たのか思い出せなかったのだ。毎日視界に入る道路の敷石だったとわかり、すっきりすると同時に不安に駆られた。

 教諭が秘密にするよう厳しく言い渡した理由はわかった。

 何故、キルクルス教の聖典に力ある言葉の呪文が載っているのか、他はどうなのか。

 クフシーンカが学校と教団への疑念と疑問を抱いたのは、この時だった。

☆司祭様は、地脈の力を使うだけだから、悪い物ではないっておっしゃってました……「419.次の救済事業」「420.道を清めよう」「442.未来に続く道」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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