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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十二章 祖国

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550.山道の出会い

 呪医セプテントリオーは、慣れない山道をひたすら東へ進んだ。

 クブルム山脈の中腹から見下ろすピスチャーニク区は空襲で荒廃し、遠目にも人の暮らしが失われたままなのがよくわかった。瓦礫の撤去だけでも、数年は掛かりそうだ。


 ……半世紀の内乱からは復興できたのだ。今回も、何年掛かろうと、きっと何とかなる。


 眼下に広がる黒い焼け跡と灰色の廃墟から道の先へ目を転じ、厚く積もった落葉を踏みしめて東へ向かう。岩場などで時々切れ間が現れる他は、木々が生い茂って北側の視界は利かない。見えたところで焼け跡だ。

 前方は落葉に埋もれた旧クブルム街道で、土に還った落葉から若木や灌木が生え、落石や倒木が横たわる。三十年ばかり人の手が入らず放置された道は、すっかり山に同化していた。


 薄暗い山中でただひとつ、人の影響が続くのは【魔除け】だ。汚い霧のように昼なお漂う雑妖が避け、薄暗い山道の中、そこだけ一筋明るく見える。

 地脈の力を魔力に変換して術を発動する敷石が、クブルム山脈の西端から東端まで続き、道行く者を守る。

 薮や岩を避けて道を外れると、稀薄な雑妖が白衣に刺繍された【魔除け】に蹴散らされた。


 呪医セプテントリオーは息を切らせ、汗を拭いながら行く。


 初めて通る道ではないが、最後にここを通ったのは二百年以上前の旧王国時代だ。その間に伐採と植樹が繰り返され、自然災害などで地形が変わった所もある。

 すっかり様子が変わってしまった場所には【跳躍】できない。仮に変化がなかったとしても、半世紀の内乱を経て国が分かたれた時、リストヴァー自治区の辺りには【跳躍】除けの結界が施されたと聞いたことがある。


 いずれにせよ、呪医セプテントリオーは、王国軍の軍医だった頃より(よわい)を重ね、中年期に差し掛かった身体に鞭打って自分の足で歩く他なかった。



 昼を少し過ぎた頃、薮を避けて顔を上げると、不意に視界が開けた。

 この辺りはもう、リストヴァー自治区の南側の筈だが、何故か、街道が掘り起こされ、力ある言葉が刻まれた石畳が見える。

 つい最近、作業したばかりなのか、街道脇の木々の枝打ちの切り口が新鮮だ。石畳には箒で掃いた跡がうっすら残り、ゾーラタ区の農夫たちのように【操水】で洗い流したのではないことが窺えた。


 ……魔法の使えない自治区民がこんな所まで来たと言うのか?


 キルクルス教徒の自治区民は、魔法で守られた道を使うことに抵抗がある筈だ。(にわ)かには信じられないが、道の状態を見る限り、そう判断せざるを得ない。



 呪医セプテントリオーは、膝の高さの段差を慎重に降りた。

 敷石に雨の流れた跡があり、そこに彫られた力ある言葉には黒い土が詰まっているが、歩くのに差し支えはない。街道の両脇も石畳と同じ高さに掘り下げられ、周囲より一段低くなっていた。削られた土から千切れた根が飛び出し、街道を吹き抜ける風に揺れる。


 土の匂いが濃く立ちこめる街道を足早に行くと、木立の間に動く人影が見えた。雑妖の塊がたまたま人の形に見えたにしては、存在感がある。


 ……自治区民……なのか?


 どうしたものか、と木立の間に目を凝らす。陸の民が三人。男性ばかりだ。こちらから見えると言うことは、向こうからも見える。しかも、白衣は山の中でよく目立つ。

 街道を()れてやり過ごそうかと思ったが、それでは却って彼らを不安にすると考え直し、そのまま石畳の上を進んだ。


 呪医セプテントリオーは、互いの顔がわかる距離まで近付いて歩みを止めた。

 先方もとっくに気付いている。困惑した顔を見合わせ、何事か小声で相談する。湖の民へちらちら向ける目は不安そのものだ。


 「こんにちはー」

 湖の民の呪医セプテントリオーが先に声を掛けると、三人は怯えた目でこちらを見て、薪の束を抱え直した。落ち枝を拾い集めて蔓草(つるくさ)で縛る作業中だったらしい。


 ……薪拾いでここまで来たのか。


 粗末な服を着た男たちの目的はわかった。信じてもらえる自信はないが、こちらに害意がないことを伝える。

 「私はゼルノー市立中央市民病院の呪医です。今から南のノージ市へ行くところなのですが、道はそちらの方まで発掘してあるのでしょうか?」


 三人の男性が小声で相談し、一人が薪の束を抱えてこの場を離れる。後の二人は太い枝を拾って湖の民の呪医に向き直り、声を張り上げた。

 「この北側は、リストヴァー自治区だ」

 「あんた、こっちに降りてくる気じゃないだろうな?」

 精一杯虚勢を張るが、二人の声は震えていた。


 ……【不可視(みえず)の盾】くらいは掛けておいた方がよかったか?


 だが、今、呪文を唱えれば、彼らを更に警戒させてしまう。呪医セプテントリオーは穏やかな声で言った。

 「自治区へは行きません。南のノージ市へ行きたいんです」

 「そんなとこへ行ってどうするんだ?」

 「ノージ市は目的地ではなく、経由地なんです。王都で避難民の支援を手伝って欲しいと頼まれて、行くところなんです」

 「こんなとこ通んねぇで、魔法でどこでも行きゃいいじゃねぇか」

 二十歳前後の若者が言うと、三十代半ばくらいの年嵩の男性が、若い連れを苦い顔で見た。


 彼らがどこまで知っているのかわからず、呪医セプテントリオーは静かな声で丁寧に説明する。

 「知らない場所へは【跳躍】……魔法で行けないんです。今、ラクリマリスの湖上封鎖で、ネーニア島のネモラリス領側からは船を出せないんですよ」

 「それで、そんなカッコ……しかも、手ぶらで山を越えようってのか?」

 「そうです」

 二人は小声で相談し、無言で湖の民の呪医を見た。彼らにとっては、緑色の髪の魔法使いは、恐怖の対象なのだろう。


 ……何もしないから、通して欲しいのだがな。


 可能なら、自治区が今どうなっているか知りたかったが、この様子では無理だろう。

 押し通るのは容易(たやす)いが、呪医セプテントリオーは相手の反応を待った。この場を離れた一人は自治区へ降りて、仲間か警察……もしかすると自警団を呼んで来るだろう。


 ……話の通じる人たちならいいが、武器を持ち出されると厄介だな。


 呪医セプテントリオーは、傷を癒す術なら修得したが、戦う術は知らなかった。

 「この道は、あなた方が清掃して下さったんですか?」

 「そうだ」

 年嵩の方が頷く。呪医セプテントリオーは微笑んだ。

 「ありがとうございます。歩きやすくて助かりました」

 「あんた、ずっと山ん中通って来たのか?」

 「いえ、ゾーラタ区に近い所は、麓の農家のみなさんが同じように片付けて下さっているので、それ以外の場所だけですが……」

 二人はひそひそ言葉を交わし、何も言わずに呪医とその向こうの道を見る。


 ……人が増える前に通った方がいいのか?


 不穏な気配を感じ、湖の民の呪医は一歩足を踏み出した。

 男性たちはびくりと身を(すく)ませたが、その場を動かない。


 数呼吸分、無言で見詰め合い、呪医セプテントリオーは彼らに近付いた。

 太い枝を持つ手に力が籠もるのが見て取れたが、気付かぬフリで進む。棒で殴られる程度なら、白衣の【耐衝撃】でも充分、防げるだろう。

 流石に銃や刃物を持ち出されてはどうにもならないが、今なら多少、手荒な扱いを受けても構わないと腹を括り、どんどん近付く。


 「ラクリマリス領へ行きたいだけなんです。ちょっと通らせてもらいますよ」

 彼らは怯んだが、足に根が生えたようにその場を動かなかった。枝を握る手にますます力が籠もり、指が白くなる。


 呪医セプテントリオーは歩みを止めることなく、二人の前で会釈した。

 「ちょっと通りますよ」

 「ま……待ってくれ!」

 若者が両手を広げて通せんぼした。その目に満ちる迷いと恐れ、それ以上の懇願に、呪医の歩みが止まる。年嵩の男性が、横を向いて目を伏せた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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