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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十二章 祖国

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545.確認と信用と

 さっき言った通り、湖の民の聖職者にフィアールカへの連絡を頼み、ひとまず宿へ戻る。


 支配人に(うやうや)しく迎えられ、何とも居心地の悪い貴族的な空間から逃れて居室に入った。ファーキルとロークは自室に行かず、先に星の道義勇軍の三人に神殿から戻ったことを知らせる。“庶民”の仲間だけになってやっと、ファーキルは一息ついた。


 「おっ、案外早かったんだな」

 メドヴェージが意外そうに言う。昼食にはまだ一時間以上ある。ファーキルとロークは、湖の女神の西の神殿での出来事を語った。


 「ねーちゃん、魔法使いの親戚だったのか……」

 知らなかったらしい少年兵モーフが、複雑な表情でソルニャーク隊長を見た。隊長は淋しげに笑ってモーフに言って聞かせる。

 「ラキュス湖周辺地域では、力ある民と力なき民の混血が進んでいる。クルィーロ君たちのように、ひとつの家族の中で、力ある民と力なき民が混在することもあるのだ」

 「えー……っ? あー……」

 少年兵モーフが、何とも言えない顔でファーキルを見る。

 ラクリマリス人だが、家族の中で一人だけ力なき民だ、と語った設定を思い出し、ファーキルは頷いてみせた。


 「そう言うワケで、本人も誰も知らねぇだけで、自治区にも、力ある民が混ざってるってこった」

 「えぇっ? ……あぁ、うん」

 少年兵モーフは、今まで考えてみたこともなかったらしい。メドヴェージに言われて苦虫を噛み潰したような顔をする。

 「自治区は魔法使いが居ねぇ清浄地じゃなかったのかよ?」

 「何言ってんだおめぇ。魔力だけあったって、呪文知らなきゃ魔法使えるワケねぇだろ」

 「あ、そっか。じゃ、やっぱ居ねぇのか」

 メドヴェージに半笑いで言われ、少年兵モーフの肩から力が抜ける。


 「逆に、魔力は持ってなくても呪文をちゃんと唱えられたら、呪符や【魔力の水晶】で魔法を使えるから、どんな人を魔法使いって呼ぶか、その辺の線引きって意外と難しいよね」

 ロークが言うと、少年兵モーフはますます難しい顔になって黙り込んだ。


 ソルニャーク隊長が、メドヴェージに視線を送って言う。

 「君たちが留守の間ずっと、ネモラリス島へ渡ってからどうするか、話し合っていた」

 「そんでな、ちょっと調べてもらいてぇコトがあるんだが、兄ちゃん、いいか?」

 「いいですよ。何ですか?」

 メドヴェージに気安く応じ、ファーキルはコートのポケットからタブレット端末を取り出した。


 「ここじゃちょっとアレなんだ。そっちの部屋、行っていいか?」

 「いいですよ」

 魔法絡みの調べ物で少年兵モーフに聞かせたくないのだろうと思い、ファーキルは自分とロークに割り当てられた部屋へ移動する。



 隣室で二人きりになると、メドヴェージは戸の鍵を掛け、窓が閉まっているのを確認して、肘掛付きの立派な椅子に腰を降ろした。ファーキルも、小ぶりのローテーブルを挟んで向かいに座り、ブラウザを起動する。

 「何について調べるんですか?」

 「お前さんの身の振り方だよ、坊主」

 「えっ?」

 先程とは打って変わって厳しい眼差しを正面から向けられ、ファーキルはその真意を測り兼ねた。少なくとも「両親を失って親戚を頼りに行く少年」に向けられる目ではない。



 「ゴタゴタ前置きしてもしょうがねぇ。坊主、お前さん、アーテル人なんだろ?」



 単刀直入に核心を突かれ、ファーキルの時間が止まった。メドヴェージは両膝に肘をつき、顔の前で指を組んで何かに祈るように言う。

 「他の奴らにゃ確めてねぇが、隊長と俺は最初から気付いてた」

 「さ……最初から……?」


 ……気付いてたんなら、どうして今まで追い出さないで、黙ってたんだ?


 質問が言葉にならない。メドヴェージの大地の色をした瞳には、怒りや(あざけ)りの色がなく、静かだ。


 「北ザカート市の外れで鉢合わせした時、坊主は教会で世話んなったっつってたろ? フラクシヌス教徒の奴らはな、神さん(まつ)ってるとこを“教会”なんて言わねぇ。“神殿”っつーんだ」

 息が止まりそうな気がしたが、どうにか深呼吸して動揺を鎮める。メドヴェージは、ファーキルが落ち着くのを待って続けた。


 「それに、初めて助手席ん乗せた時、俺が何も言わねぇのに自分でシートベルト締めてたろ」

 ファーキルは言葉もなく頷いてメドヴェージを見た。

 「ラクリマリス人のアウセラートルさんは、シートベルトってモンを知らなくて、俺が締め方教えてやったんだ」


 ファーキルは、細心の注意を払って上手く誤魔化したつもりだったが、思わぬところでボロを出していた。もしかすると、他にもこんな細かいことで、隊長と運転手以外にも気付いた者が居るかもしれない。ファーキルは、足下にぽっかり暗い穴が開いた心地がした。


 運転手メドヴェージは、ファーキルの沈黙を一人で埋める。

 「何モンか知らねぇけどよ、アーテル人なら見た目通りのガキだ。最初ん時ゃ、捻り潰すのは簡単だと思って様子見てたら、色々魔法の道具を持ってる。ますますワケがわかんねぇ」


 確かに、彼らからして見れば、単なる不審者以上に理解不能な存在だ。

 ファーキルは、ひとつ大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出してメドヴェージの目を見た。大地のように揺るぎない目が見詰め返す。


 「確かに、俺はアーテル人でした。でも、国と家族を捨てて来ました。キルクルス教への信仰心は元々ありません」

 「アーテルで生まれたのにか?」

 「はい。俺だけじゃなくて、あの動画のアイドルのコたちも言ってましたよね。矛盾だらけで、もうイヤだって」

 地下街チェルノクニージニクの宿で時間潰しをする間、森の拠点で得た情報を改めて全員と共有した。たくさん見た動画やニュースの中でも特にインパクトがあったからか、メドヴェージはすぐに思い出し、頷いて先を促した。


 「俺は、アーテルじゃ違法とされてる手段で外国のサイトにアクセスして、アーテル政府の情報操作や、外国も含めて、キルクルス教中心の社会が抱える矛盾とか、見てたんです」

 「それで何で、親兄弟まで捨てるってハナシになるんだ?」

 ファーキルは歯を食いしばってメドヴェージを見た。そこにあるのは純粋な疑問だけだ。

 小さな溜め息をこぼすと肩の力が抜け、ファーキルは淡々と語った。


 「俺の両親は、信仰に凝り固まっててコトバ通じないんです。正式な構成員じゃないけど、星の(しるべ)の演説を熱心に聞いて、テロの資金を提供してるって言ったら、どんな人たちか、わかってもらえますか?」

 「ホントにそんなコトを……」

 「してるんです。例え話じゃなくて、ホントに」

 メドヴェージは組んだ指を(ほど)き、膝で(てのひら)の汗を拭った。


 「どうやってネーニア島へ渡ったんだ?」

 「カルダフストヴォー市までは、普通に路線バスがあるんで、それで。後は、フィアールカさんの【跳躍】です」

 「運び屋の姐ちゃん、何もかも知ってて黙ってたのか」

 「お陰で助かりました。フラクシヌス教の神官だって言うのは、俺もここに来るまで知りませんでしたけど……」


 メドヴェージは、とんだ食わせ者だな、とひとしきり笑って真顔に戻り、ファーキルの目を見詰める。

 「お前さんがアーテルの基地を潰すのに協力したワケはわかった。で、何で家出先がネーニア島のあんなトコだったんだ?」

 「アーテル軍がどんなに酷いコトしてるか、世界中に知らせる為です。空襲が続いてて、ネットにアクセスできるマスコミが入れなかったから……」

 「それで死んじまっちゃ、元も子もねぇだろ」


 我ながら無謀だったと思うが、無駄だったとは思わない。

 あの時点でも、真実は拡散された。


 「俺は、自分の命を捨ててでも、真実を伝えたいんです。俺が死んだって、拡散した情報が消えてなくなることはありません」

 「でもよ、アーテルじゃ、犯罪(まが)いのコトでもせん限り、その真実とやらは見らんねぇんだろ?」

 「アーテル人はキルクルス教国への渡航は制限されていません。仕事や留学、観光とかで外国へ行って、外から見たアーテルのニュースや、俺が拡散した情報に少しでも触れて、矛盾に気付いて欲しいんです」

 「ほあぁー……どえらいコト思いつくモンだな、おい……」


 アイドルグループ(またた)く星っ()のように大騒動を起こしてアーテルの人々に訴え、外国に亡命するような大胆な行動に出られる者は少ない。

 それでも、矛盾に気付いて、これからどう生きるべきか、自分の頭で考えるだけでも全く違う。

 別の角度から見た情報でキルクルス教への盲信に塞がれた目を開き、真実を直視できる者が一人でも増えれば、それで充分だ。

 後は拡散した情報が、彼らの心に(くす)ぶる小さな火を煽り続けるだろう。


 メドヴェージは膝をパンと打って言った。

 「お前さんが悪い奴じゃねぇってのは、今まで一緒に居て充分わかったつもりだ。目的もわかった。グロム市に親戚なんざ居ねぇってのもわかった。で、どうすんだ? 俺らと一緒にネモラリス島へ渡るか?」


 アーテル人のキルクルス教徒からしてみれば、ファーキルは不信心な売国奴だ。

 メドヴェージの目はやさしく、ファーキルの身の上を案じてくれていた。ネモラリス人のキルクルス教徒としてではなく、一個人のメドヴェージが、危うい立場の少年を心配している。


 ……キルクルス教徒にも、こんな人が居るってわかった。これだけで……充分だ。


 「心配掛けてすみません。ラゾールニクさんと合流して、情報支援の活動をするんで大丈夫です」

 「ホントか? あの兄ちゃんちに泊めてもらうんだな?」

 「周辺国から見た半世紀の内乱の歴史を共通語に翻訳してもらって、公開する作業があるんで、インターネットの設備がないトコにはちょっと、行けないんです」

 「そうか? ちゃんとアテはあるんだな? そんならいい」

 メドヴェージは納得してくれたのか、晴れやかな笑顔で立ち上がり、みんなが居る部屋へ促した。

☆ラクリマリス人だが、家族の中で一人だけ力なき民だ、と語った設定……「162.アーテルの子」「198.親切な人たち」参照

☆北ザカート市の外れで鉢合わせした時……「197.廃墟の来訪者」「198.親切な人たち」参照

☆坊主は教会で世話んなったっつってた……「199.嘘と本当の話」参照

☆自分でシートベルト締めてた……「215.外部に伝える」参照

☆俺が締め方教えてやった……「283.トラック出発」参照

☆思わぬところでボロを出していた……「201.巻き添えの人」参照

ファーキルは「弱ったお年寄りが殺されて、灰にされて、【魔力の水晶】を抜かれた(以下略)」と言っているが、力ある民の遺体を灰にして得られるのは【魔道士の涙】と言う結晶。

☆あの動画のアイドルのコたち……「430.大混乱の動画」参照

☆どうやってネーニア島へ渡った……「173.暮しを捨てる」~「176.運び屋の忠告」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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