544.懐かしい友人
少し痩せているが、泣きながら抱きついてきた腕の感触は以前と同じだ。
「チェルトポロフ!」
ロークは相手の呼称を叫んで肩を叩くと、それ以上、何も言えなくなった。聖職者とアウェッラーナに誘導され、通路の端に寄る。みんなは、二人が少し落ち着いて涙を拭うまで、何も言わずに待ってくれた。
「水の縁が繋がって、お知り合いと再会できてよかったですね」
「はい、友達なんです。てっきり空襲でダメかと……」
聖職者の微笑みに、ロークは声を詰まらせながら答えた。チェルトポロフも涙でくしゃくしゃの顔で笑う。
「俺も、ロークんちって力ある民、居ないから、絶対ムリって……」
「俺だけ、たまたま……」
「あっ……ゴメン。俺んとこも姉ちゃんが学校に助けに来てくれて、プラーム市の親戚んとこ居候させてもらってたんだけど、腥風樹の件でここへ避難してきたんだ」
チェルトポロフが暗い声で俯く。
ロークはここまでの道程をどう説明したものかと考えあぐね、適当に言葉を濁した。
「そっか……チェルトポロフも大変だったんだな。俺も色々あって、ずっと一緒に避難してた人たちと、昨日、王都に着いたばっかなんだ」
「えっ? じゃあ、ロークたちも結婚式場に泊めてもらってるんだ?」
チェルトポロフの顔が一層明るくなる。
「あ、いや、その……」
「この方々はフィアールカ神官のお知り合いで、別の所にご逗留なんですよ」
湖の民の聖職者が助け船を出してくれた。あんなにいいホテルに泊めてもらっているとは言い難い。
「明日の朝、ネモラリス島行きの船に乗るんだ」
「そっちに親戚とか居んの?」
「居ないけど、俺、力なき民だから、いつまでも王都には居られないし、フィアールカさんが船の手配もしてくれたから……」
ロークが言うと、チェルトポロフは伏せていた顔を上げて笑った。
「そっか。俺、親戚んちで漁師の修行させてもらってたんだ。お互い、ゼルノー市に帰ってまた会えたら、お祝いに魚料理でパーティーやろうな!」
「うん。そん時ゃ俺も香草とか用意するよ。ゼルノー市で、また会おう!」
がっしり手を握り、何度も何度も振る。チェルトポロフの掌は、マメができてすっかり硬くなっていた。
「あ、そうだ。ヴィユノークが教えてくれた美味いパン屋さん、店長さんは残念だったけど、息子さんたちは助かったぞ」
「マジかよ!」
「うん。一緒に避難してて、みんなでパンの移動販売とかして旅費稼いでるんだ」
ロークが言うと、チェルトポロフが瞳を輝かせて周囲を見回した。
「じゃあ今、ここに?」
「来てるけど、調理器具は【無尽袋】の中だから、パンは焼けないよ」
「うん、それはいいんだ。ちょっと会わせてくれないか?」
「お参りは?」
「さっき終わったとこ」
ロークは連れにすっかり待たせてしまった詫びを言い、チェルトポロフと連れ立って神殿を出た。
小学生二人はすっかり退屈していたが、みんなは端の柱の傍で待っていてくれた。
「すみません、お待たせしました」
「いいよいいよ、どうせ宿に戻ってもやることないんだし」
笑って迎えてくれたレノ店長は、ロークが紹介するより先に気付いた。
「君、ひょっとして、スカラー高校の……」
「はい、椿屋さん、憶えててくれたんスね」
「毎朝、買いに来てくれてましたからね」
チェルトポロフが笑みをこぼして、レノ店長と固く握手を交わす。パン屋の姉妹は元常連客に微笑んで会釈した。
「椿屋さん、また、パン屋さんしてくれますよね?」
「はい。立入制限が解除されたら、復興作業員の人たち相手にリヤカーでパン売ろうかと思ってるんですよ」
ピナティフィダとエランティスの顔から営業スマイルが消え、驚きと喜びが弾ける。レノ店長はまだ、妹たちにも店の再建計画を話していなかったらしい。
「さっき、ロークと話してたんスけど、ゼルノー市に帰ったら、お祝いに魚パーティーしようって……あ、俺、今【漁る伽藍鳥】学派の修行中なんで」
「そうなんですか。えっと、ローク君のお友達なんですね?」
レノ店長の目が、チェルトポロフからロークに移る。
「高校は別なんですけど、中学で仲良くなったチェルトポロフです」
レノ店長の実家の椿屋を「スカラー区に美味しいパン屋がある」と教えてくれたヴィユノークの丸っこい笑顔と、一緒に行ったチスの「こんな美味いのに、こんな安くていいのかよ」と驚いた顔は、ここにない。
それから毎朝、チェルトポロフは同じ高校に通うヴィユノークと一緒に椿屋でパンを買っていた。グリャージ区の工業高校に通うチスも、通学の時間は少し早かったが、きっとそうだっただろう。セリェブロー区の商業高校生だったロークだけが、休みの日のおやつを買いに行っていた。
「そうだったんだ。……ありがとうございます。俺、椿屋を継いだレノです。店は必ず再建させます。その時は、またよろしくお願いします」
「はい! 俺も修行頑張るんで、店長さんも頑張って下さい!」
レノ店長とチェルトポロフは、握った手を激しく振りながら肩を叩きあい、約束を交わした。何度も別れの言葉を言って互いに手を振り、チェルトポロフが人混みに紛れる。
友達の姿が見えなくなると、場の空気がしんみりした。
「レノ、常連さんが無事でよかったな! きっといっぱい買ってくれるぞ」
魔法使いの工員クルィーロがレノ店長の肩を叩いて笑うと、彼らの妹たちも笑顔で頷いた。交換品が魚なら、お互いに取敢えずは飢えずに済む。
「流石に……さっきの人たちは、まだですね」
ファーキルが庭園と水路に目を遣り、誰にともなく言う。
魔法で舟を漕いでも大神殿まで一時間、コンサートが何時までなのか知らないが、楽屋に伝えても、歌手本人にちゃんと伝えてくれるかどうかわからない。
ニプトラ・ネウマエがあんなに人気のある大物歌手なら、生き別れになった身内だと嘘を吐いてでも会いたがるファンが居るかもしれない。
……伝えてもらえなきゃ、いつまで待っても返事なんて来るワケないよな。
ロークはアミエーラが気の毒になったが、掛ける言葉がみつからなかった。
☆ヴィユノークが教えてくれた美味いパン屋さん……「034.高校生の嘆き」参照




