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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十二章 祖国

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542.ふたつの宗教

 「俺、こんなおっきい神殿って初めてだ」

 ロークがお上りさんよろしくキョロキョロする。


 湖の民の聖職者は、やさしく微笑んで案内してくれた。

 「大丈夫ですよ。基本はどこも同じですから。まずそこで空の【魔力の水晶】を受け取って、手に握って魔力を籠めながら奥まで進んで、お祈りしてから【水晶】を奉納……」

 「で、でも、俺たち、力なき民で、その……」

 「力なき民の方々には空の【魔力の水晶】を奉納していただいていますが、戦争から逃れて来られた方々に、そこまではお願いしませんよ。共に平和を祈りましょう」


 湖の女神の神殿に入ってすぐ、通路の中央に銀の大皿の載った大理石の台があり、大小様々な【魔力の水晶】が無造作に積まれている。

 ファーキルは昨夜、インターネットでフラクシヌス教の祈りの(ことば)と参拝の作法を調べたが、実際に目にすると違った印象を受けた。


 ……フラクシヌス教の信仰は、性善説で成り立ってるんだなぁ。


 魔力が入っていなくても決して安くはない【魔力の水晶】が、一人の警備員も置かず、混雑する神殿の通路で山積みにされていた。

 参拝客の中には不心得者も居るだろうが、大多数が自分のポケットに入れたりせず、魔力を籠めて奉納するから、ラキュス湖は満々と水を(たた)えていられるのだろう。


 ファーキルは、人の流れに乗って奥の祭壇の前に出た。ネットで予習した通り、祭壇の前に(ひざまず)いて祈るフリをする。

 人々の祈りと魔力が籠められた【魔力の水晶】は、祭壇中央のすり鉢状の穴に入れられ、ひとつにまとまって輝いていた。


 この祭壇は【吸魔】の魔法陣で、【魔力の水晶】から吸収した魔力を対になる【充魔】の魔法陣へ送る。【充魔】の魔法陣は大神殿の奥にあり、ラキュス地方の全ての神殿から送られた魔力が、女神の涙……「青琩(せいぼう)」と呼ばれるパニセア・ユニ・フローラの【魔道士の涙】に注がれ、今も絶え間なく水を産み出し続ける。

 フラクシヌスの大樹が旱魃の龍を封じ、スツラーシの岩山がその重石。

 三柱の神々のいずれの一柱が欠けても旱魃の龍が甦り、ラキュス湖が干上がって、この地方は元の砂漠に戻ってしまうと言う。


 ファーキルはイグニカーンス市の実家に居た頃、フラクシヌス教の教義や神話について調べたことがあるが、その時は為政者が統治しやすいようにでっち上げたのだと思っていた。


 フラクシヌスの子孫を称する陸の民のラクリマリス家と、パニセア・ユニ・フローラの子孫を称する湖の民のラキュス・ネーニア家は、湖の創造神話を利用して数千年もの長きに(わた)って共同統治を行ってきた。

 民主主義の概念が流入しなければ、今でもそうだっただろう。いや、ラクリマリス家による神政を求める人々は、半世紀の内乱後、ラクリマリスを王国として建国した。


 ファーキルは今、フラクシヌス教の神殿と人々の祈りに実際に触れて、確信した。


 ……神話は、ホントのコトだったんだ。


 少なくとも信者たちはそれを疑わず、湖水を絶やさぬよう、この地が再び砂に埋もれぬよう、魔力と祈りを捧げている。

 先程、アミエーラの為に行われた祈りは、この地に住まう生き物はみんな同じ水を共有する仲間だ、と(うた)っていた。フラクシヌス教徒は誰でもそう祈るもので、決まり文句だと知っている。それでも、ファーキルは心から祈る姿に接して心が震えた。



 ――我らすべて ひとしい ひとつの水の子。



 魔力を持って生まれただけで人を断罪しない、おおらかな祈りだ。

 キルクルス教は、三界の魔物を造り出した反省から生まれた。同じ(あやま)ちを繰り返さない為に人々を断罪した上で、厳格に律する。その教えが、三界の魔物によって魔力を殆ど失ったアルトン・ガザ大陸で発祥し、世界中に広まったのは皮肉としか言いようがない。


 ……ひょっとして、力ある民が居るとこまで広まった時に、元の教えが歪んじゃったんじゃないか?


 元の教えは魔術の悪用を厳しく戒めていただけで、魔物などから身を守る術は禁じていなかったから、伝統的な教会建築には【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の様々な守りの術の呪文や呪印が残っているのではないか。


 キルクルス教発祥の地バンクシア共和国のある辺りには、力ある民どころか、霊視力を持つ見鬼(けんき)すら滅多に生まれないと言う。そんな土地柄だからこそ、魔力がなくても身を守って繁栄できるように学問を奨励し、科学を発展させる必要があったのだ。

 ある程度科学を発展させた時代、アルトン・ガザ大陸北部から外の世界へ出た人々は、力ある民……魔法が使える故に科学を発展させる必要がなかった人々と接した。


 その時、何が起こったか。


 呪医セプテントリオーが語った世界の歴史と、アーテルの歴史の教科書の記述はほぼ同じだった。


 長い断絶の間に「力」を科学技術力だけで測るようになったアルトン・ガザ大陸北部の住人が、科学を発展させる必要のなかった人々を「劣った存在」と看做(みな)し、三界の魔物を作り出した者の末裔として罪人の烙印を捺して、(おとし)めたことは想像に(かた)くない。


 自分たちこそが三界の魔物を生み、その結果、魔力を失ったと言う不名誉な記録は、アルトン・ガザ大陸北部には残っていないのだろうか。


 三界の魔物の最後の一体との戦場となったこのラキュス湖地方では、破滅の発端となったアルトン・ガザ大陸北部で起きた戦争と、誰が三界の魔物を作り出して世界に広めてしまったか、歴史の(いまし)めとして記録が残っている。

 ラキュス湖北地方には、三界の魔物と戦い封印した人々が、姿を変えて今もなお、封印の守護者として存在し続けていた。


 ……湖北地方の封印の守護者と同じで、大神殿に祀られてる木と【涙】と岩山になった人たちと会って話せる立場の人は、大昔に何があったか、直接聞いて確かめられる。だから、きっと、ラキュス湖の成立神話もホントのコトなんだ。


 魔法文明圏には【(ただ)しき燭台】と言う過去の事実を映し出す魔法の鏡がある。生き証人の直接証言と魔法の道具による確認で、今日まで伝えられた事実が、フラクシヌス教の「神話」なのだろう。


 ……長い間に元の教えが歪められて、それに大部分の信者が気付いていないキルクルス教とは大違いだ。


 聖典には「力ある民を殺せ」などとは一言も書いていないが、キルクルス教原理主義組織「星の(しるべ)」は、魔法使いを標的にしたテロをしょっちゅう起こしている。

 もしかすると、聖職者……それも、教えを深く知る高位の司祭などは、信仰の歪みに気付いているかもしれない。

 植民地からもたらされる富に目が(くら)んだのか、世俗の権力者に迎合したのか、今となってはわからないが、歴史上何度も、腐敗を正そうと言う動きが起きては、異端として叩き潰されてきた。


 人の動く気配に目を開け、ファーキルは立ち上がった。


 ……人間が作った宗教団体なんて絶対信用できないし、神様を信仰するって言うのも、俺にはもう無理だけど、神様として祀り上げられた魔法使いの人たちのことなら、信頼してるよ。


 ファーキルは、湖の女神の祭壇に一礼し、薬師(くすし)アウェッラーナたちの後ろについて行った。

☆伝統的な教会建築……「432.人集めの仕組」「433.知れ渡る矛盾」参照

☆呪医セプテントリオーが語った世界の歴史と、アーテルの歴史の教科書の記述はほぼ同じ……「369.歴史の教え方」「370.時代の空気が」「371.真の敵を探す」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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