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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十二章 祖国

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541.女神への祈り

 「みなさんもお参りの途中ですよね? 巡る水が再び湖に還るように、彼女が身内と会えるよう、共に祈りましょう」


 聖職者が湖の方へ大きく両手を振ると、野次馬たちは一斉にそちらを向いて(ひざまず)いた。アミエーラも、キルクルス教徒だと知られぬよう、見様見真似で跪く。


 「湖上に雲立ち雨注ぎ、大地を潤す。

  木々は緑に麦実り、地を巡る河は(うみ)へと還る。

  すべて ひとしい ひとつの水よ。

  身の内に水抱(みずいだ)く者みな、日の輪の(もと)にすべて ひとしい 水の同胞(はらから)

  水の命、水の加護、水が結ぶ全ての(えにし)

  我らすべて ひとしい ひとつの水の子。

  水の(えにし)巡り、守り(たま)え、(さきわ)い給え」


 湖の民の聖職者が祈りの(ことば)を朗々と唱えると、参拝者たちは声を合わせて後に続いた。アミエーラの隣で(ひざまず)薬師(くすし)アウェッラーナも同族の声に唱和する。

 アミエーラは、初めて耳にしたフラクシヌス教の祈りに衝撃を受けた。


 ――身の内に水抱(みずいだ)く者みな、日の輪の(もと)にすべて ひとしい 水の同胞(はらから)


 この世に生きとし生ける物すべてを仲間だと言うおおらかな祈り。


 ……だから、みんなは私やモーフ君たちがキルクルス教徒でも受け容れてくれたのね。


 アミエーラが知っているキルクルス教の教義では、人を魔力の有無で「無原罪の清き者」と「罪に穢れた者」「悪しき業を行う者」に分ける。本人の努力や性格、実際の行いとは無関係に、生まれつきの能力で決めつけ、扱いに差を付ける。

 薬師(くすし)アウェッラーナや、ここに居る湖の女神の信者の多く――湖の民は、ほぼ全員が魔力を持つ力ある民で、緑色の髪で一目見てそれとわかるせいで、キルクルス教社会では受け容れられない存在だった。

 アミエーラはリストヴァー自治区の学校で、アーテル共和国ランテルナ自治区のことを少しだけ習った。湖の民は、魔力を持つ穢れた存在で、危険だから、隔離している――と。


 湖の女神の信者と聖職者は、初対面の陸の民――しかも、知らないとは言え、キルクルス教徒のアミエーラの為に幸せを祈ってくれている。



 ――すべて ひとしい 水の同胞(はらから)



 同じ祈りが三度繰り返され、アミエーラは衣擦(きぬず)れの音で目を開けた。アウェッラーナに手を引かれて立ち上がり、自分の為に祈りを捧げてくれた湖の女神の信者を見回す。


 「みなさん、ありがとうございます」

 何とか、それだけは言えたが、涙が溢れ、続きは声にならなかった。


 湖の女神の信者たちは、口々にアミエーラを励ます。何人かは涙ぐんで手を握り、アミエーラの健康や幸せ、早く身内に会えるようにと改めて祈ってくれた。アミエーラは涙を(ぬぐ)いながら、一人一人に礼を言う。

 そうして少しずつ人が離れ、人垣がなくなって、四人は思わずホッと息を吐いた。


 「なんだか大騒ぎになってしまいまして、すみません」

 「あ、い、いえ、そんな……」

 湖の民の聖職者に心底申し訳なさそうに謝られ、アミエーラは涙声で否定した。

 「何人か、本当に大神殿まで(しら)せに行ってくれたようです。どうされますか?」

 「えっ? ど、どうって?」

 ロークが困った顔で聖職者と、その向こうの神殿を見る。レノ店長たちは騒ぎに気付かないくらい先へ行ってしまったのか、姿が見えなかった。


 「彼らが戻るのを神殿で待たれますか? それとも、ご連絡先をお伺いして、私の方からお知らせしましょうか?」

 聖職者の提案に四人は顔を見合わせた。ロークが小声で言う。

 「取敢えず、店長さんたちと合流しないと、心配してますよ」

 「そうですよねぇ」

 薬師(くすし)アウェッラーナが頷き、代表して答える。

 「前を歩いていた連れとはぐれてしまったので、先にみんなを探して、一緒にお参りして、その時に連絡がなければ、あのー……厚かましいお願いで恐縮なんですけど、フィアールカさんに伝言をお願いしてもよろしいですか?」

 「みなさんは、フィアールカ神官のお知り合いだったんですか」

 湖の民の若い聖職者が驚きに目を見開く。


 少なくない【跳躍】代をウェブマネーで支払ってくれたファーキルが、何とも言えない顔で聖職者から目を逸らした。流石にここで「運び屋と客だ」と答えるのは気が引けるのか、薬師アウェッラーナが半笑いで微妙な関係を説明した。

 「えっと、知り合いと申しましょうか、王都まで連れて来て下さったんです。何か困ったことがあれば、女神様の神殿で伝言を頼むようにって言われたんです」

 「そうでしたか。お連れさんもご心配なさっていることでしょう。ご一緒しましょう」

 聖職者の案内で、四人は神殿へ向かった。


 (ひさし)を支える太い列柱に植物の彫刻が施されている。入口中央の一本だけが花で、他は樹木だ。主神フラクシヌスに縁の深い秦皮(トネリコ)(カシ)だろう。

 左端の柱の傍に陸の民の一団が見えた。レノ店長たちだ。はぐれた連れに気付き、ホッとした顔で手を振る。アミエーラたちも手を振り返し、小走りに近付いた。


 「人多いもんなぁ。無事に会えてよかったよ」

 レノ店長が湖の民の聖職者に会釈し、アミエーラたちに笑顔を向ける。さっきの騒ぎには気付かなかったらしい。


 「それが、その……」

 アミエーラが周囲を(はばか)り、小声で説明すると、レノ店長たちに喜びが広がった。

 「じゃあ、大伯母さんって、王都に来てるかもしれないんだ?」

 「人違いかもしれませんけど……」

 「でも、そんなにそっくりだったら、きっと親戚の人よ」

 「おねえちゃん、よかったね」

 アマナとエランティスが無邪気に笑う。

 ピナティフィダとクルィーロは、もし違ったら、との懸念に同意を示し、複雑な表情でアミエーラを見た。


 「みなさん、お参りは済まされましたか?」

 「はい。交代で済ませました。ありがとうございます」

 レノ店長が聖職者に答え、どうしようか、と言いたげにアミエーラを見る。まさか聖職者の前で「キルクルス教徒だから参拝できない」とは言えず、アミエーラは困って薬師(くすし)アウェッラーナと顔を見合わせた。


 「そう言えば、さっきの方々はアミエーラさんの呼称も聞かずに行っちゃいましたけど、もしホントに歌手の方が大伯母さんだったら、どうやって知らせて下さるつもりなんでしょう?」

 「わ……私、ここで待ってます。中……随分混んでますし、きっと私を探しに来られるんじゃないかなって……」


 薬師(くすし)アウェッラーナが巧く誘導してくれ、アミエーラは全力でそれに乗ったが、聖職者はにっこり笑って首を横に振った。


 「みなさん、王都は初めてなのですね?」

 「はい。ずっと地元の神殿しかお参りしたことなくて……」

 レノ店長が申し訳なさそうに言うと、聖職者は寛容な笑みを浮かべて頷いた。

 「王都は【跳躍】除けの結界が健在なので、ここから大神殿までは舟で片道一時間あまり掛かるのですよ。今の混み具合でしたら、ゆっくりお参りなさっても大丈夫ですよ」

 クルィーロが不安に揺れる目でアミエーラを見る。不意に、針子の胸にメドヴェージの言葉が甦った。



 ――迷ってるってこたぁ、どれでもいいってコトなんだからな。



 地下街の食堂で、モーフが料理を決められなかった時に言っていた。

 

 ……あぁ、でも、そうよね。もし、その人がホントに大伯母さんなら、フラクシヌス教徒にならないと一緒には居られないし、私には……魔力があるから、きっともう、キルクルス教徒には戻れないのよ。


 針子のアミエーラは覚悟を決め、聖職者に明るい声で答えた。

 「ありがとうございます。お言葉に甘えて私もお参りさせていただきます」

 レノ店長たちは息を呑んだが、聖職者の前では何も言えず、気遣う目を向けるだけだ。アマナとエランティスが動揺を押し殺し、目を泳がせる。


 詳しい事情を知る薬師(くすし)アウェッラーナだけがアミエーラの覚悟を受け止め、そっと手を取った。

 「一緒に行きましょう」


 レノ店長たちの不安な眼差しに見送られ、アミエーラたち四人は湖の女神パニセア・ユニ・フローラの神殿に足を踏み入れた。

☆迷ってるってこたぁ、どれでもいいってコトなんだからな……「493.地下街の食堂」参照

☆詳しい事情を知る薬師アウェッラーナ……「252.うっかり告白」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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