540.そっくりさん
湖の女神パニセア・ユニ・フローラの神殿の前には、広い庭園に抱かれる形で水路から続く船着き場があった。
たくさんの桟橋の上を参拝客が行き交う。湖の民の緑の髪が、ラキュス湖からの風にそよぎ、アミエーラはシーニー緑地を思い出した。
「私たちは普段、女神様へのお祈りは、ラキュス湖にしてるんです」
「そうなんですか? じゃあ、えっと……」
湖の民の薬師アウェッラーナの説明に、アミエーラは思わず言い掛けた言葉を飲み込んだ。
……別に、この神殿っていらないんじゃないの?
流石にこの場所では口に出せない。薬師アウェッラーナが白亜の神殿に目を向けて言った。
「私たちが神殿へお参りに来るのは、赤ちゃんが生まれた時、子供に何かお祝い事があった時、結婚式とお葬式、それと、女神様を讃える青琩祭の時ですね」
子供の祝い事は、初めてのこと……歯が生えた、立った、歩いた、言葉を話した、乳歯が抜けた、魔法を使えるようになった、初潮を迎えた、声変わりした、何かの試験に合格した……など、成長の節目に細々とたくさんある。
言われてみれば、子供連れの参拝客が多かった。
様々な年齢層の子供たちは、初めて訪れたアミエーラの目にもはっきりそれとわかる晴れ着姿で、両親や祖父母、兄弟姉妹らに囲まれて、みんな幸せそうだ。
アミエーラたちの他、難民らしき者の姿はない。信仰の件を抜きにしても、酷く場違いで、身の置き場がないような気がした。
若い男女が船から降りる。青年が先に桟橋に立って乙女の下船を手伝い、親族らしき同乗の人々が晴れやかな笑顔で二人を見守った。
若い二人が纏うのは、婚礼衣装なのだろう。男女揃いの白い長衣に髪と同じ色の緑色の帯を締め、男性は葉を茂らせた小枝で編んだ冠を被り、女性は胸元と袖に緑のリボンを結んでいた。
何艘もの船から降りた人々が一団となって神殿へ向かい、喜びの溢れる笑顔と幸せを振り撒く。船頭が入れ替わりに子供連れの一団を乗せ、一言二言呪文を唱えると、細長い船は音もなく桟橋を離れた。
ざっと見たところ、参拝客の二割くらいは陸の民だ。そのお陰で、アミエーラたちは奇異に見られないのだろう。
「ニプトラさん、今日の慈善コンサートは、大神殿ではありませんか?」
心配そうに声を掛け、白い長衣に革帯を締めた湖の民の男性が、アミエーラとアウェッラーナの間に立った。レノ店長たちは気付かず先に行ってしまう。
男性は白地に青い花がひとつ刺繍された角帽を被り、首から提げた銀の徽章は仲良く並んで飛ぶ二羽の白鳥だ。何学派なのか知らないが、アミエーラは先程の新郎新婦を連想し、結婚式を執り行う聖職者なのだろうと見当をつけた。
「いえ、人違いですよ」
どちらに声を掛けたのかわからないが、薬師アウェッラーナが同族の聖職者らしき若者に言ってくれた。
聖職者らしき湖の民の若者は、驚いた目でアミエーラを見た。
「これは失礼しました。あんまりそっくりなものですから……あの、では、ご親戚の方ですか?」
移動販売店のみんなは、王都ラクリマリスを初めて訪れたのだ。ニプトラ・ネウマエさんとやらが何者か知らないが、親戚どころか、別ルートで避難して来たのでなければ一人の知り合いも居ない筈で、居たとしてもこの広い王都で何の手掛かりもなく偶然、会える確率は限りなく低い。
「ここは女神様の西の神殿で、ニプトラ・ネウマエさんのコンサートは、大神殿ですけど、お時間、大丈夫ですか?」
「いえ、あの、違います。私……」
よくわからない心配をされ、アミエーラが否定すると、周囲から驚きの声が上がった。
「嘘だろ?」
「こんなそっくりなのに?」
「他人の空似って、ホントにあるのねぇ」
「世の中には三人、そっくりさんが居るって言うからなぁ」
見回すと、いつの間にか参拝客が足を止めてアミエーラたちを見ていた。腕を軽くつつかれて振り返ると、ファーキルがタブレット端末をこちらに向けた。
ニプトラ・ネウマエのプロフィールだ。
歌手の肩書が付いた金髪の女性は、確かにアミエーラとよく似ている。生き別れになった双子の姉妹だと言われれば、うっかり信じてしまいそうだが、ニプトラは華やかな笑顔で自信に満ち、アミエーラとは身に纏う雰囲気が全く違う。
写真の下には、【歌う鷦鷯】学派、長命人種、生年月日非公開、旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代のリャビーナ市出身、プライベートでの呼称はカリンドゥラ……とある。
「カリンドゥラ……」
思わず息を呑み、画面を食い入るように見詰める。その下には音楽家としての経歴が書かれているようだが、文の続きは画面が切れて読めない。
……お祖母ちゃんのお姉さんと同じ呼称……?
カリンドゥラは花の名だ。女性の呼称としてはありふれている。同じ季節に生まれた女性が集まれば、四人に一人くらいはそうだろう。
「アミエーラさん……?」
ファーキルがアミエーラを気遣い、参拝客も何事かと固唾を飲んで見守る。
言ったものかどうか迷ったが、このままネモラリス島へ行っても大伯母を探すのは雲を掴むような話だ。アミエーラはひとつ深呼吸して、ファーキルの目を見て言った。
「祖母の親友の方に、私の大伯母さんが長命人種でネモラリス島に居るから、その人を頼りなさいって言われたんです」
「もしかして、その人の呼称もカリンドゥラさん……なんですか?」
薬師アウェッラーナが先回りすると、群衆からどよめきが上がった。ファーキルとロークが、アミエーラに不安と期待の混じった目を向ける。
「私は、直接会ったコトなくて、若い頃の写真を一枚だけもらったんですけど……」
「空襲で焼けちゃったんですか?」
ファーキルの目が不安に翳る。
「あ、いえ、あります。写真いただいたの、空襲の後なんで、大丈夫です。宿の荷物に入ってます。でも、歌手とか聞いてませんし、人違いかも知れませんから、その……」
途中から、アミエーラそっちのけで盛り上がる参拝客に向かって言ったが、彼らには届かなかった。
「やっぱり親戚なんだ」
「生き別れのご家族?」
「俺、知らせて来る!」
大勢が好き勝手に交わす言葉からどうにか聞き取れた中には、大神殿でコンサート中の歌手本人に教えて来ると言う、親切なのか冗談なのかわからない声が混じっていた。
老婦人たちは、空襲で焼け出されて可哀想だと涙ぐみ、こうして身内に出会えるのも女神様の思し召しだ、と早合点して湖に向かって祈り始める。
身の危険を感じる類のものではないが、大騒ぎになってしまい、アミエーラは困惑して発端になった聖職者を見た。彼も湖の方角へ祈りを捧げ、アミエーラの視線には全く気付かない。
「あの……どうしましょう?」
「どうって……取敢えず、店長さんたちと合流しないと、心配しますよ」
思わぬことで人垣の中心になってしまい、四人は額を寄せ合って相談する。最年長の薬師アウェッラーナの言い分は尤もだが、盛り上がる人垣を抜けるのはかなり大変そうだ。
ニプトラ・ネウマエは相当有名な歌手なのか、話を聞きつけたらしい人々が、「そっくりさん」を一目見ようと、どんどん集まり、緑の人垣は厚くなる一方だった。
薬師アウェッラーナも流石に野次馬を解散させる名案までは浮かばないのか、聖職者に助けを求める視線を送るばかりだ。ファーキルとロークは呆然と立ち尽くしていた。
……大騒ぎになっちゃった……どうしよう。
やっと聖職者が顔を上げ、「そっくりさん」を一目見ようと押し合う人々をまぁまぁと宥めにかかる。
アミエーラを見て満足した者や、人垣の後ろで諦めた者たちが離れて行くが、彼らから話を聞きつけた人々が加わり、人垣は一向に小さくならない。
聖職者も流石にマズいと思い始めたのか、アミエーラたちに申し訳なさそうに小さく頭を下げ、野次馬に声を張り上げた。
☆ニプトラ・ネウマエ……「178.やさしき降雨」「220.追憶の琴の音」参照
☆お祖母ちゃんのお姉さんと同じ呼称……「090.恵まれた境遇」参照
☆若い頃の写真を一枚だけもらった……「091.魔除けの護符」参照




