0055.山積みの号外
鉄鋼公園は、無事に夜明けを迎えられた。
呪医、事務長など、残った病院職員が【簡易結界】を手伝ってくれたお蔭だ。
日没の少し前、アウェッラーナに逃げるよう促した陸の民の少年が戻って来て、他の避難民と共に一夜を過ごした。
何かショックを受けたようで、顔色が悪く、一言も喋らなかった。少年を送って来た警察官は、慌ただしくどこかへ行った。
アウェッラーナは、今朝も運河へ【跳躍】し、昨日と同じように魚を獲った。
避難者と警察、病院関係者、そして、テロリストにも焼魚を行き渡らせる。
「薬師さんにこんなことまでしてもらって、申し訳ない」
「いえ、いいんです。実家は漁師ですし」
「人間、ハラが減ってると、ロクなコト考えんからなぁ。ありがとさんです」
年配の警官は、笑顔で焼魚を受け取った。
運転席の小窓から、後部の被疑者収容スペースへ焼魚を投入する。
「今日のはまだ熱いから、火傷せんよう、ゆっくり食えよ」
声を掛けて小窓を閉める。
昨日もそうだが、今朝も、一人一匹ずつ行き渡った。
テロリストの反応は、年配の警察官にとって意外だった。
奪い合い、力の強い者が何匹も取り、弱い者が焼魚にありつけなくなるものだとばかり思っていた。
囚われの身だからか大人しく、少年兵にもきちんと分配される。噂に聞いた自治区民の様子からは、想像もつかなかった。
焼魚を配り終え、アウェッラーナは警察署の前に置かれた長机から、新聞の号外を一枚取った。
配達先が焼失したせいで、公的機関に置いて行くのだろう。
半世紀の内乱中は、新聞の発行すらままならない日も多かった。
……新聞が出てる内は、まだ大丈夫よね。
なるべくいい方へ考えようとするが、号外の見出しに息が止まり、それ以上考えられなくなった。
「リストヴァー自治区炎上 未明の大火」
特大フォントの下に、ピスチャーニク区から撮った写真が大きく載る。その下の詳報に瞬きも忘れて目を走らせた。
未明に湖岸のバラック地帯から出火。一夜にしてバラック地帯の八割が焼失。現在も鎮火していない。火元は複数との目撃情報がある。
人口密集地で、死者・不明者は多数に上ると見られるが、大半の住民に登録情報がない為、元の居住者数が把握できず、被害の実態は不明。生存者は自治区西部へ避難。
自治区民の中には、先日のテロへの報復ではないか、との見方が広がる。
ネモラリス政府は被害状況の確認を急ぐと同時に、三十年続く平和が破られ、再び内戦状態に進むことに強い懸念を示し、事態の早期鎮静化に向け、積極的に行動することを表明した云々。
……報復……?
アウェッラーナも、目の前で父を殺され、気持ちはわからないではない。
……でも、そんなコトしたら、また戦争になっちゃうのに……
ここからは遠いリストヴァー自治区に目を向ける。昨夜の火災が、まだ煙を燻らせていた。
ベリョーザ宅に潜伏した星の道義勇兵は、ネモラリス軍魔装兵の手で殲滅した。
パトカーで耳にした話から、ロークにも毒ガスの準備中だったとわかった。ロークが懸念した対魔法使い装備はなく、簡単に制圧されたらしい。
遺体の収容などは軍が行い、ロークは警官と共に警察署へ引き揚げた。
ベリョーザの家族は自宅に居らず、避難後の留守宅に浸入されたのだろう、と言うことになった。
安全な地区まで送ると言われたが、ロークは他の知り合いも捜すからと断り、鉄鋼公園で一夜を明かした。
ロークにとって、生まれて初めての野宿。
土の地面に古新聞を敷き、その上で毛布に包まる。
地面に直接横たわるよりマシだが、固く冷たい感触で眠気は一向に訪れない。
周囲の人々は余程疲れたのか、焚火の番をする者の他は寝息を立てていた。
魔法使いたちが作りだした【簡易結界】の外では、魔物や雑妖が無数に蠢く。寒さと恐怖で殆ど眠れず、一晩中、焚火の炎を見詰めて過ごした。
家族はロークを心配しているだろう。
だが、ロークは後悔していなかった。
少なくとも、警察に連絡して、毒ガステロのひとつを潰せた。
南の夜空を火災の炎が焦がす。
焚火当番は何も言わなかった。
ローク一人、どこが、何故、燃えるのか知っていた。
……マジでやっちまうなんて、嘘だろ?
ロークは眠れぬ夜を過ごし、呆然としたまま朝を迎えた。
朝日が昇る直前に魔物はどこかへ姿を隠し、雑妖は朝の光に溶けて消えた。
人々が起き出し、それぞれの仕度を始める。
「大変だ!」
男性の叫びで、ロークは顔を上げた。
茶髪の若者が、新聞紙の束を手に血相を変えてグラウンドを駆けて来る。彼が怪訝な顔の人々に配ったのは、新聞の号外だ。
避難者の顔が見る見る険しくなる。
「復讐なんて、バカなことを……」
「まだ、そうと決まったワケじゃない。自治区の奴らが勝手に言ってるだけだ」
「ホントにやったかどうかは、問題じゃない。この火事が、また誰かの憎しみに火を点けて、仕返しの仕返しで、また戦争になるのが困るんだよ」
「でも、やってないって証明もできないんだろう? 火事の原因がタダの失火か魔法で放火したかなんて、わかんないんだし」
大人たちが額を寄せ合い、口々に意見を言う。
「犯人が捕まれば、【鵠しき燭台】で真相はわかるけど……」
「失火が原因なら、犯人は居ないし、証拠も全部灰になって、鏡は使えんぞ」
魔法の鏡【鵠しき燭台】は、魔法文明圏で一般的に使われる状況再現装置だ。
事件の関係者や証拠品を鏡に触れさせ、発動の呪文を唱えると、過去に遡ってその者の行動を映し出す。
魔力を蓄える形にカットした水晶や宝石に、映像を記録することもできる。
この鏡のお蔭で、魔法文明圏では、滅多に冤罪が発生しない。
……俺がもっと早く、警察の人に洗い浚いぶちまけてれば、最初のテロも防げたし、自治区の人も焼け死なずに済んだのに……
手から手へ回って来た号外に、後悔の雫が落ちる。
自分の家族がそんなことをする筈がない、と言う甘い楽観と、保身の為に情報提供を中途半端に終わらせたことが、事態の深刻化を招いてしまった。
どうせ家を捨てたのだ。
保身など考えず、全てを話していれば、こんなことにはならなかった筈だ。
完全に防げなくても、避難や軍の早期投入で、被害をもっと小さくできた。
この写真の炎の中で、どれだけの人が生きながら焼かれたのか。
幾つの家族がバラバラになったのか。
自分の甘さが踏みにじった人生の多さに愕然とする。
膝から力が抜け、グラウンドに跪く。
そのまま倒れ、ロークは罪悪感に押し潰されたかのように、意識を失った。
☆アウェッラーナに逃げるよう促した陸の民の少年……高校生のローク「0048.決意と実行と」「0049.今後と今夜は」参照
☆昨日と同じように魚を獲った……「0045.美味しい焼魚」参照
☆警察に連絡……「0048.決意と実行と」参照
☆毒ガステロのひとつ……「052.隠れ家に突入」参照
☆ローク一人、どこが、何故、燃えるのか知っていた……「0036.義勇軍の計画」参照




