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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0055.山積みの号外

 鉄鋼公園は、無事に夜明けを迎えられた。

 呪医、事務長など、残った病院職員が【簡易結界】を手伝ってくれたお蔭だ。


 日没の少し前、アウェッラーナに逃げるよう促した陸の民の少年が戻って来て、他の避難民と共に一夜を過ごした。

 何かショックを受けたようで、顔色が悪く、一言も喋らなかった。少年を送って来た警察官は、慌ただしくどこかへ行った。


 アウェッラーナは、今朝も運河へ【跳躍】し、昨日と同じように魚を獲った。

 避難者と警察、病院関係者、そして、テロリストにも焼魚を行き渡らせる。


 「薬師(くすし)さんにこんなことまでしてもらって、申し訳ない」

 「いえ、いいんです。実家は漁師ですし」

 「人間、ハラが減ってると、ロクなコト考えんからなぁ。ありがとさんです」

 年配の警官は、笑顔で焼魚を受け取った。

 運転席の小窓から、後部の被疑者収容スペースへ焼魚を投入する。

 「今日のはまだ熱いから、火傷せんよう、ゆっくり食えよ」

 声を掛けて小窓を閉める。


 昨日もそうだが、今朝も、一人一匹ずつ行き渡った。

 テロリストの反応は、年配の警察官にとって意外だった。

 奪い合い、力の強い者が何匹も取り、弱い者が焼魚にありつけなくなるものだとばかり思っていた。

 囚われの身だからか大人しく、少年兵にもきちんと分配される。噂に聞いた自治区民の様子からは、想像もつかなかった。



 焼魚を配り終え、アウェッラーナは警察署の前に置かれた長机から、新聞の号外を一枚取った。

 配達先が焼失したせいで、公的機関に置いて行くのだろう。

 半世紀の内乱中は、新聞の発行すらままならない日も多かった。


 ……新聞が出てる内は、まだ大丈夫よね。


 なるべくいい方へ考えようとするが、号外の見出しに息が止まり、それ以上考えられなくなった。


 「リストヴァー自治区炎上 未明の大火」


 特大フォントの下に、ピスチャーニク区から撮った写真が大きく載る。その下の詳報に瞬きも忘れて目を走らせた。



 未明に湖岸のバラック地帯から出火。一夜にしてバラック地帯の八割が焼失。現在も鎮火していない。火元は複数との目撃情報がある。

 人口密集地で、死者・不明者は多数に上ると見られるが、大半の住民に登録情報がない為、元の居住者数が把握できず、被害の実態は不明。生存者は自治区西部へ避難。

 自治区民の中には、先日のテロへの報復ではないか、との見方が広がる。

 ネモラリス政府は被害状況の確認を急ぐと同時に、三十年続く平和が破られ、再び内戦状態に進むことに強い懸念を示し、事態の早期鎮静化に向け、積極的に行動することを表明した云々。


 ……報復……?


 アウェッラーナも、目の前で父を殺され、気持ちはわからないではない。


 ……でも、そんなコトしたら、また戦争になっちゃうのに……


 ここからは遠いリストヴァー自治区に目を向ける。昨夜の火災が、まだ煙を燻らせていた。



 ベリョーザ宅に潜伏した星の道義勇兵は、ネモラリス軍魔装兵の手で殲滅(せんめつ)した。

 パトカーで耳にした話から、ロークにも毒ガスの準備中だったとわかった。ロークが懸念した対魔法使い装備はなく、簡単に制圧されたらしい。


 遺体の収容などは軍が行い、ロークは警官と共に警察署へ引き揚げた。


 ベリョーザの家族は自宅に居らず、避難後の留守宅に浸入されたのだろう、と言うことになった。

 安全な地区まで送ると言われたが、ロークは他の知り合いも捜すからと断り、鉄鋼公園で一夜を明かした。


 ロークにとって、生まれて初めての野宿。

 土の地面に古新聞を敷き、その上で毛布に(くる)まる。

 地面に直接横たわるよりマシだが、固く冷たい感触で眠気は一向に訪れない。


 周囲の人々は余程疲れたのか、焚火の番をする者の他は寝息を立てていた。

 魔法使いたちが作りだした【簡易結界】の外では、魔物や雑妖が無数に(うごめ)く。寒さと恐怖で(ほとん)ど眠れず、一晩中、焚火の炎を見詰めて過ごした。


 家族はロークを心配しているだろう。

 だが、ロークは後悔していなかった。


 少なくとも、警察に連絡して、毒ガステロのひとつを潰せた。


 南の夜空を火災の炎が焦がす。

 焚火当番は何も言わなかった。


 ローク一人、どこが、何故、燃えるのか知っていた。


 ……マジでやっちまうなんて、嘘だろ?



 ロークは眠れぬ夜を過ごし、呆然としたまま朝を迎えた。

 朝日が昇る直前に魔物はどこかへ姿を隠し、雑妖は朝の光に溶けて消えた。

 人々が起き出し、それぞれの仕度を始める。


 「大変だ!」

 男性の叫びで、ロークは顔を上げた。

 茶髪の若者が、新聞紙の束を手に血相を変えてグラウンドを駆けて来る。彼が怪訝(けげん)な顔の人々に配ったのは、新聞の号外だ。


 避難者の顔が見る見る険しくなる。

 「復讐なんて、バカなことを……」

 「まだ、そうと決まったワケじゃない。自治区の奴らが勝手に言ってるだけだ」

 「ホントにやったかどうかは、問題じゃない。この火事が、また誰かの憎しみに火を()けて、仕返しの仕返しで、また戦争になるのが困るんだよ」

 「でも、やってないって証明もできないんだろう? 火事の原因がタダの失火か魔法で放火したかなんて、わかんないんだし」


 大人たちが額を寄せ合い、口々に意見を言う。

 「犯人が捕まれば、【(ただ)しき燭台(しょくだい)】で真相はわかるけど……」

 「失火が原因なら、犯人は居ないし、証拠も全部灰になって、鏡は使えんぞ」


 魔法の鏡【(ただ)しき燭台(しょくだい)】は、魔法文明圏で一般的に使われる状況再現装置だ。

 事件の関係者や証拠品を鏡に触れさせ、発動の呪文を唱えると、過去に(さかのぼ)ってその者の行動を映し出す。

 魔力を蓄える形にカットした水晶や宝石に、映像を記録することもできる。

 この鏡のお蔭で、魔法文明圏では、滅多に冤罪(えんざい)が発生しない。


 ……俺がもっと早く、警察の人に洗い(ざら)いぶちまけてれば、最初のテロも防げたし、自治区の人も焼け死なずに済んだのに……


 手から手へ回って来た号外に、後悔の(しずく)が落ちる。

 自分の家族がそんなことをする筈がない、と言う甘い楽観と、保身の為に情報提供を中途半端に終わらせたことが、事態の深刻化を招いてしまった。


 どうせ家を捨てたのだ。


 保身など考えず、全てを話していれば、こんなことにはならなかった筈だ。

 完全に防げなくても、避難や軍の早期投入で、被害をもっと小さくできた。


 この写真の炎の中で、どれだけの人が生きながら焼かれたのか。

 幾つの家族がバラバラになったのか。


 自分の甘さが踏みにじった人生の多さに愕然(がくぜん)とする。

 膝から力が抜け、グラウンドに(ひざまず)く。

 そのまま倒れ、ロークは罪悪感に押し潰されたかのように、意識を失った。

☆アウェッラーナに逃げるよう促した陸の民の少年……高校生のローク「0048.決意と実行と」「0049.今後と今夜は」参照

☆昨日と同じように魚を獲った……「0045.美味しい焼魚」参照

☆警察に連絡……「0048.決意と実行と」参照

☆毒ガステロのひとつ……「052.隠れ家に突入」参照

☆ローク一人、どこが、何故、燃えるのか知っていた……「0036.義勇軍の計画」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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