528.復旧した理由
「こんばんは」
青白い光が漏れる応対用の小窓の前に立って声を掛けると、雑談していた兵士たちが一斉に振り向いた。仲間内で顔を見合わせ、四人の内、最も年嵩の兵が立ち上がって応対に出る。
「こんばんは。ゼルノー市立中央市民病院の呪医です。どなたかお怪我をされた方は……」
「呪医、入れ違いんなっちまいましたね。工事の連中、クレーヴェルの病院へ行くっつって、ついさっき帰ったとこですよ」
兵が口を開くより先に用があるフリをしたが、本当に負傷者が出ていたらしい。
呪医セプテントリオーが首から提げた【青き片翼】の徽章を見て、力なき民の兵は信用したようだ。年配の兵自身は、学派を示す徽章を身に着けておらず、軍服には呪文もなかった。
「そうですか。私たちを常駐させていれば、工事が早く終わって、立入制限も解除されるんでしょうにね」
「そうですなぁ。マスリーナに出たでかい魔獣は魔哮砲で倒してあるし、今は勝手に家や何かを建てないようにって規制ですからねぇ」
他の兵は、お茶を飲んでのんびりしていた。
今、この検問所が主に見張っているのは、自治区民の外出なのだろう。湖の民であるセプテントリオーは、明らかにリストヴァー自治区の住民ではない。
立入を咎められない理由がわかり、呪医セプテントリオーは安心して話を続けた。
「いつ頃、解除されそうですか?」
兵は呪医の質問に苦り切った顔で黙りこんだ。奥に座った若い兵がニヤリと笑う。
「今、それで賭けてたんですよ。俺は今年中、伍長は来年の今頃って」
「……あぁ、いえ、ね、ほら、今、戦争中でゴタゴタしてるし、地元の市会議員さんは空襲で半分以上亡くなったし、役人も……」
伍長と呼ばれた年嵩の兵は、若い兵を一睨みして呪医に慌てて言い繕った。
都市計画を策定し、承認、実行できる人手が全く足りず、【巣懸ける懸巣】学派などの専門家も全く足りない。それで、港の復旧工事に多数の重機が投入されているのだろう。
ネーニア島北部ネモラリス領内の都市は、どこも似たような状況だ。
半世紀の内乱後、幾つかの都市は再建を諦め、人口を集約させた。そうしなければ、都市を囲む【結界】や【魔除け】などを巡らせた防壁は、魔力不足で維持できない。また、あの時と同じことが行われるのだろう。
「でも、グリャージ港を再建させているのですから、ゼルノー市は近い内に復興させるのでしょう?」
「それがなぁ、呪医……」
伍長は太い眉を下げ、溜め息混じりに説明する。
グリャージ港の復旧は、リストヴァー自治区の復興の為に突貫作業で進められた。アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国や教団からの義捐金や救援物資で費用が賄われ、空襲被害の復旧やネモラリス島での罹災者支援も、それである程度、進められたと言う。
「成程。アーテルの宣戦布告にリストヴァー自治区住人の救済とありましたね。大火からの復興と同時に生活の質を向上させれば、アーテルが戦争を継続させる理由がなくなるから、先にここを進めたのでしょうね」
「えっ? そう言うコトだったんですか?」
「俺ら、自治区民ばっか贔屓してズルいって思ってたんですよ」
呪医が言うと、奥の若い兵たちが口々に驚きの声を上げた。
「国内のラジオと、アミトスチグマやラクリマリスで発行されている湖南経済新聞などの報道を繋ぎ合せて、そう思っただけですよ」
「呪医、難民キャンプ、行ってたんですかい?」
「いいえ……大きい所は手が足りているので、キャンプとは呼べない小さな所で……」
ファーキルが見せてくれたインターネットのニュースや動画が情報源だが、ネモラリスから出たことがなさそうな彼らに言っても理解できまい。呪医セプテントリオーが言葉を濁すと、兵たちは明らかに落胆した。
「ご家族は、難民キャンプですか?」
「あぁ、俺たちゃ任務でここを離れらんねぇんで……」
「電話回線はやられてるし、湖上封鎖で手紙もムリだし、無事に着いたかどうかも……」
肩を落とす兵たちに呪医は明るい声で説明した。
「難民の女の子が、国民健康体操の曲に平和を願う詩を書いて家族や友達と歌ったところ、大変好評で、録音が世界中に広まりました。それを聞いた人たちから、国連の難民支援の機関や民間の人権団体などに寄付がたくさん集まって、難民キャンプの生活はかなりよくなったそうですよ」
「そんなコトってあるんですかい?」
伍長が半信半疑の眼で、呪医の緑色の瞳を覗く。他の兵たちも、どう言うことなのか、と互いに目配せした。
呪医セプテントリオーは、どこから説明したものか……と少し考える。
自身もよく知らず、彼らには想像もつかないだろうが、「インターネット」の説明は避けられそうもない。頭の中で素早く言葉を組立て、声に出した。
「みなさんは、インターネットと言うものをご存知ですか?」
「いんたーねっと?」
初めて聞いたらしい五人が同時に言って、首を傾げた。
「私もよく知らないのですが、科学文明国の最新の通信技術だそうです」
「アミトスチグマの難民キャンプにも、そいつがあるんですかい?」
「そうです。それで……」
「話が長くなりそうだ。立ち話ってのもアレですし、座ってゆっくり聞かせて下さいよ」
「よろしいのですか? ……では、お言葉に甘えて」
伍長が頷くと、二人の兵が外へ出て門を開け、呪医セプテントリオーは詰所に入った。門を開けた兵の一人が詰所の戸にもたれて立ち、湖の民の呪医に座るよう促す。
別の兵が、遠慮がちに腰を降ろした呪医の前に紅茶を置いた。
「さ、呪医、続きを」
「ありがとうございます。ネモラリスの難民はそれ用の機械を持っていませんが、支援団体の方々がニュースなどを見せてくれるので、故郷の状況も少しは伝わっているそうですよ」
「そんな便利なモンがあるんですかい?」
伍長が小さな卓に身を乗り出す。
「私も少し見せていただきました。文庫本か、それより一回り大きいくらいの薄い板状の機械なんですが、無線通信機で……電波を発信するアンテナの近くなら、持ち歩いて使えるそうです」
兵たちが想像を巡らす間、呪医セプテントリオーは紅茶で口を湿した。薬用の香草茶ではないが、砂糖の甘さにホッとする。
理解できたらしいと見て取り、続きを語る。
「どんな仕組みなのか、私にもわからないのですが、板は文字だけでなく、音声や写真、地図や映像を記録して、後で何回も繰り返しそれを見られるんです」
「文庫本の大きさで、ですかい?」
「そうです。こんな小さい中で、難民の子らが歌う様子が、映画のようにはっきり見えました。勿論、歌声も、手の上で歌っているように聴こえました」
呪医セプテントリオーが手振りを交えて説明すると、兵たちから溜め息が漏れた。
「インターネットは交換手を介さない高速通信で、その設備のある場所同士なら、ずっと遠くの国とも瞬時に連絡を取り合えます。アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国がリストヴァー自治区の支援に動いたのも、アーテルがインターネットを使って伝えたからでしょう」
「そう言うコトだったんでしょうなぁ。何せ、キルクルス教団の動きは早かった……」
伍長が呟き、固く目を閉じる。
他の兵たちは手にしたカップに視線を落とし、唇を引き結んだ。
☆マスリーナに出たでかい魔獣……「184.地図にない街」「185.立塞がるモノ」「190.南部領の惨状」「200.魔獣の支配域」参照
☆魔哮砲で倒してある……「221.新しい討伐隊」「227.魔獣の討伐隊」「233.消え去る魔獣」参照
☆アーテルの宣戦布告……「078.ラジオの報道」参照
☆アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国がリストヴァー自治区の支援に動いた……「276.区画整理事業」参照
☆大変好評で、録音が世界中に広まりました……「289.情報の共有化」「290.平和を謳う声」「291.歌を広める者」「306.止まらぬ情報」参照
☆交換手……現実の日本の電電公社(現NTT)では、現在のケータイの基地局みたいな感じで有人の「交換局」が設置されていました。
電話を掛けると交換局に繋がり、交換台の前に座った交換手が接続先を聞いて、コードを手に持って物理的に回線を繋いでいました。「間違い電話」は、電話を掛けた人の番号間違いだけではなく、交換手のヒューマンエラーでも発生したそうです。
順次、自動交換に切り替わって行きましたが、遠距離の市外通話や大企業などの内線通話では昭和五十年代頃まで残っていました。
因みに電電公社時代のマンホールの蓋は現在も現役で使用中。丈夫で長持ち。
※ 余談……と、言うワケで「すべて ひとしい ひとつの花」のネモラリス共和国の現時点での科学技術はこのレベル(昭和四十年代くらい)です。
魔法があるから別にいいだろう、と科学技術は重視されていません。
第一章~第七章頃まで、雑誌で外国の情報を得ていたクルィーロがちょくちょく自国の不便さをぼやいています。
コンピュータは一応あるけど、大きさはスパコン並でスペックはファミコン以下。
「ケータイ? インターネット? なんやそれ? 食うたら美味いんか?」状態。
特撮の「ウルトラセブン」とか観ると雰囲気がわかりやすいと思います。




