524.歌詞を伝える
ロークとアマナ、エランティスの三人は、ファーキルに詩の断片をタブレット端末へ入力してもらった。
何日も考えたのに結局、上手くまとまらなかったが、何もしないよりはずっといい。断片でも伝われば、詩が得意な誰かの目に触れて、ちゃんとした歌詞にしてもらえるかもしれないからだ。
外で何が起きていても、地下街チェルノクニージニクの日々は穏やかに過ぎ、明日の昼頃には【無尽袋】が完成すると言う。フィアールカから連絡を受けたみんなは、やっと移動できる喜びと安全な場所を離れる不安に揺れていた。
今日は、薬師アウェッラーナは作業を休み、ロークたちと一緒に作詞に加わっている。
「気持ちを言葉にして、誤解されないように伝えるのって難しいですね」
「そうですよねぇ。しかも、歌いやすいように、曲に合うようにって、詩人の人ってスゴイです」
ファーキルが、アウェッラーナの言葉に同意しながらタブレット端末を操作し、ロークたちも神妙に頷いた。長命人種のアウェッラーナは、中学生くらいの少女に見えるが、実際は半世紀の内乱中に生まれてロークたちの親より年上だ。
「ラゾールニクさんたちのグループが呼び掛けて、インターネットでも歌詞を募集してて、結構、案が集まってるそうなんですけど、まとめるのが難しいみたいですね」
ファーキルが詩の断片をラゾールニクに送り、その返事を見て言うと、アマナが首を傾げた。
「インターネットって世界中に繋がってるんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、アーテルとラクリマリスの人も考えてくれてるの? それとも、全然違う他所の人?」
「ん? えーっと、ちょっと待って……」
ファーキルが端末を指で撫でて調べてくれる。
ややあって、竪琴と若い女性の歌声が流れた。「すべて ひとしい ひとつの花」の冒頭だ。端末を覗くと、陸の民の少女四人が歌う動画だった。四人とも、緑色の民族衣装のようなワンピースを着ている。竪琴奏者の姿はなかった。
歌声に合わせて歌詞が映画の字幕のように表示され、一緒に歌えるようになっている。
動画の画面の下には感想や歌詞の断片が日付順に並び、最新の案はついさっきだった。
ファーキルが、一番上に表示されている最新の案に触って何かすると、画面が切替わった。少女たちの歌が途切れ、竪琴の音色だけが流れる中、小さな画面に目を凝らす。どうやらこの画面は、案を出した人物の自己紹介らしい。名前の下に国名が書いてあった。
ファーキルが簡単に説明する。
「えっと、名前は真名じゃなくて、本人が決めたインターネット上の呼称で、下は、会員登録した時に居た場所で、旅行先とかだと必ずしもその人の国籍とは一致しなくて……」
「旅行先って言うか、アミトスチグマやラクリマリスに避難した人が、地元の人と仲良くなって、俺たちとファーキルさんみたいな感じで代わりに送ってもらったりとかも……?」
「うん。まぁ、そう言うコトもあるでしょうね」
ロークが思いつきを口にすると、ファーキルは目を伏せるようにして画面に視線を落とした。
最新の案を出した人物は、アミトスチグマで登録したことになっている。
本当にアミトスチグマ人なのか、ネモラリス難民が地元の人に伝言を頼んだのか、これを見ただけではわからなかった。
「あー……えーっと、そうだ。言っとかなくちゃって思ってたけど、なかなか言えなくて、今になっちゃったんですけど……」
ファーキルが言いにくそうに絞り出した前置きに、ロークたちは何事かと訝りながら注目した。
気マズそうに目を逸らして、ラクリマリス人の少年は口を噤んでしまう。アマナとエランティスが、どうしたのかな、と言いたげに首を傾げて顔を見合わせ、薬師アウェッラーナはファーキルに気遣う視線を向けた。
ロークは、何と声を掛けたものかと考えあぐね、無言で見守る。
曲が終わって竪琴の余韻が消え、宿の部屋が静かになった。
ファーキルが顔を上げ、みんなを見回して言う。
「ラクリマリスに着いたら、みんなとはお別れなんですけど、その先のみんなの情報収集、困るなって……端末代はそれなりにするし、これだけ持っててもダメで、回線契約が必要で……」
話の前半はわかったが、後半の何が問題なのかよくわからない。
「えーっと……ちゃんとした住所とか、身分証とか、毎月の回線利用料を引き落とす銀行口座とか、色々必要なんです」
「それを使うのに、普通の電話みたいな契約が必要なんですね?」
社会人の薬師アウェッラーナが確認すると、中学生のファーキルは申し訳なさそうに頷いた。
「えっ……あ、いえ、ファーキルさんのせいじゃありませんし、気にしないで下さい。ネモラリスにはインターネットって言うの、ありませんし、大丈夫ですよ」
薬師アウェッラーナが疲れた顔に微笑を浮かべる。昨日までずっと働き詰めだった。今朝、ソルニャーク隊長から移動に備えて休むようにと言われていたが、一日休んだくらいで疲れが取れるとは思えない顔色だ。
……俺たち、アウェッラーナさんが大人だからって、甘え過ぎだよな。
湖の民の薬師の顔色に罪悪感を覚え、ロークは逃げるようにファーキルの顔へ視線を移した。
「情報なら、トラックのカーラジオと俺のラジオもあるし、ちゃんと生活できる街なら新聞だってあるだろうし、大丈夫だよ」
「それが……ラゾールニクさんが、アミトスチグマに亡命したネモラリスの国会議員の人たちに聞いたそうなんですけど……」
ロークが言うと、ファーキルは弱々しく首を横に振った。
☆詩の断片……「511.歌詞の続きを」参照
☆竪琴と若い女性の歌声……「516.呼掛けの収録」参照




