518.いつもと違う
獅子屋での昼食中、食卓に置かれたファーキルのタブレット端末が震えた。持ち主が撫でると振動は止まったが、ファーキルは画面を見詰めたまま動かない。
「どうしたんだ?」
クルィーロが声を掛けると、ファーキルはみんなに画面を向けて言った。
「ラゾールニクさんから、動画が丸ごと送られてきたんです。まだダウンロード中で中身は見られないんですけど……」
「丸ごと?」
「はい。あ……えーっと、いつもはユアキャストって言う動画投稿サイトに載せてから、そのアドレス……えーっと動画の置き場所を送ってくれて、そこへ見に行ってったんです。で、今回は動画の置き場所じゃなくて、それ自体を……」
魔法使いのクルィーロが頷いて、理解したことを伝えると、ファーキルはホッとした顔で話を続ける。
「こっちで作った『旅の記録』って言うサイトの動画のコーナーにも載せて欲しいそうです」
「いつものじゃなくて?」
「ユアキャストにも載せるそうですけど、権利関係云々で削除されるかもしれないから、こっちにも保険として置いて欲しいって言ってますね」
ファーキルが動画と共に送られたメッセージを読み、困惑した顔でみんなを見回した。
「アーテル人のアイドルだったコたちが、ラゾールニクさんたちの拠点のひとつに逃げてきて、広報に協力してくれてるんだそうです」
「あいどる?」
知らない言葉が次々と飛び出し、移動販売店プラエテルミッサの一同は食べる手を止めて首を捻った。少年兵モーフ一人が食事に夢中で、せっせとオムレツを口に運ぶ。
「芸能人よ。若いコ向けの」
運び屋フィアールカが、返事に詰まったファーキルに代わって説明してくれた。
簡潔な説明にアイドルとやらがどんなものか思いを巡らせ、食卓が静まり返る。
「えーっと……それで、そのコたちを雇ってる会社は、辞めるのを認めてなくて、ユアキャストに公式チャンネルを持ってるから、ラゾールニクさんが出した動画を消されちゃうかもしれないんだそうです」
ファーキルが画面に目を遣りながら説明すると、ソルニャーク隊長がフォークで鶏肉を突き刺して言った。
「海賊版のレコードをタダで配るような状態になると言うのだな?」
「えーっと……ちょっと違う気がしますけど、雰囲気的にはそんなカンジです」
クルィーロは魚介のグラタンを口に入れ、三人の説明を咀嚼した。何となく、状況の輪郭はわかったような気がする。他のみんなも小さく頷いて食事を再開した。
「拡散と保存、両方よろしくって書いてあって、ユアキャストのアドレスも一緒に来てますね。……ユアキャストはストリーミングだから、こっちのサイトでダウンロードできるカタチでUPしろってコトなんだろうなぁ」
後半の独り言は全く何のことやらわからず、クルィーロは質問もできなかった。
昼食後、妹のアマナをレノと薬師アウェッラーナ、ロークに預け、星の道義勇軍の三人と針子のアミエーラ、レノの妹ピナティフィダと連れ立ってそれぞれのバイト先へ向かう。
クルィーロを除く五人は、蔓草細工と服の縫製で魔法の道具屋「郭公の巣」へ、クルィーロ一人が呪符屋へ向かう。
店主は店の奥にある作業机で出前のサンドイッチを食べていた。
「店番頼む。客が来たら教えてくれ」
ここ数日で呪符屋を訪れた客は十人足らずだ。実質的に休憩を言い渡されたようなもので、クルィーロは拍子抜けしたが、カウンターの中に入って店内を見回した。
いつも入り浸っている運び屋フィアールカの姿はなく、無人の店内は寒々として見えた。
カウンターと小さなテーブルとイスは年季が入って飴色に変色している。壁に刻まれた呪文を黙読して暇を潰していると、珍しく客が入ってきた。
「あ……えっと、いらっしゃいませ」
男性客が首から提げた銀の徽章は【急降下する鷲】だ。警備員オリョールと同じ魔法戦士の証にギョッとして身構える。
「店長さん居るかい?」
「は、はい、いらっしゃいませ。少々お待ち下さい」
ぎこちなく挨拶し、奥へ声を掛ける。店長は齧りかけのサンドイッチを置いて、前掛けで手を拭きながら店に出てきた。
狭いカウンター内で何とかすれ違い、クルィーロは奥へ引っ込む。
「アーテル軍が動いた」
「モースト市に居る部隊が戻って来んのか?」
男性客の言葉に呪符屋の店主が質問を返す。作業机に座ったクルィーロは、呪符用のインク瓶を手に取った姿勢で固まり、カウンターの遣り取りに耳を澄ました。
「それがな、フリグス基地から大回りしてラクリマリスの封鎖範囲を避けて、エージャに飛んだらしいんだ」
「エージャ?」
「ネーニア島北部の都市だ。爆撃機はいつも最短ルートを通ってたから、ネモラリス軍は迎撃網の展開が間に合わなかったようだ」
わざわざ魔獣が多い湖西地方寄りのルートを飛ぶリスクを冒してまで、エージャを空襲してどうするつもりなのか。
……エージャ市って、何があったっけ?
クルィーロは、エージャ市がネーニア島北西部にあるのは知っているが、攻撃目標にされる理由は知らなかった。地元のゼルノー市から遠く離れた街で、一度も行ったことがなく、有名な特産品や国の重要な施設があると言う話も聞いたことがない。
「正確には、落下傘で陸軍兵を近くの森に降ろしてったみたいだが、その部隊が今どこで何してんのかまでは掴めてないんだ」
「その、エージャとか言う街と、俺たちに何か関係あんのか?」
呪符屋の店主が、当然の疑問を魔法戦士に投げる。商売になるのかならないのか。ランテルナ島の暮らしに影響はあるのか。
クルィーロはインク瓶を置いて、戸棚の陰に立って聞き耳を立てた。
☆『旅の記録』って言うサイト……「448.サイトの構築」参照




