516.呼掛けの収録
「知らないのか? ……あ、ラクエウス先生、今の状況、このコたちに教えちゃっていいですか?」
「構わん」
「えっと、アーテルの陸軍がネーニア島に侵入して、ツマーンの森に腥風樹って言う木の化け物の種を蒔いたんだ」
「えっ?」
「すぐに発芽して、毒を撒き散らしながらあっちこっち動きまわる木で、王国軍が退治しに行ってるけど、ラクリマリス人はガチ切れしてて、戦争一歩手前みたいな」
「国王陛下が議会と国民を説得なさって、ギリギリのところで開戦を堪えておるのだ」
ラクエウスが説明を補うと、リーダーのアルキオーネが青褪めた顔で聞いた。
「陸軍は、何でそんなコト……」
「ネモラリスの新兵器【魔哮砲】を破壊する為にあの毒を使おうとしたのだろう」
少女たちは言葉もなく、ネモラリスの国会議員ラクエウスを見詰めた。
「フラクシヌス教の聖地を擁するラクリマリス王国が参戦すれば、アミトスチグマをはじめとする湖南地方の国々だけでなく、湖東地方の国々もアーテルを叩き潰しに動くやも知れぬ」
「そんな……」
アミトスチグマ到着直後に情報機器を取り上げられ、それぞれが匿われる家では新聞も見せてもらえないらしい。情報から隔絶されていた少女たちにとって、捨てて来たとは言え、生まれ育った祖国が滅ぼされる瀬戸際の衝撃は大きかった。
「アーテルの陸軍は、未だにネーニア島南部に居座り、アーテル本土からは王都ラクリマリスにミサイルの照準を合わせて【魔哮砲】の破壊を邪魔させまいとておるのだ」
ラクエウス議員は言葉を切り、四人の少女の眼を一人一人しっかり見て言った。
「一刻の猶予もない」
「わかりました。アーテルの兵隊さんを呼び戻せるように、全力で頑張ります」
アルキオーネがきっぱり言って顎を引く。アステローペ、エレクトラ、タイゲタもしっかり頷いた。
草色のゆったりした衣裳を纏った四人の少女が、大きな花束を抱えて白壁を背にして立つ。
彼女らが抱えるのは、オリーブの枝を中心に丈の短い青ヒナギクの小束を幾つも寄せ、薄絹と白いリボンでまとめてボリュームを出した花束だ。
小型カメラが彼女らの姿を捉える。
カメラの隣でメッセージのカンニングペーパーを持つ係が【灯】を唱え、天井付近に光源をふたつ浮かべた。室内が明るさを増し、薄絹の白さに花の青さがより鮮明になる。
収録の為に閉め切った窓の外は快晴で、オリーブの枝がゆったり揺れ、濃い緑と淡い緑がひらひらと瞬く。
少女たちが草色の衣裳の裾を直し、花束を抱え直すと、収録係がラクエウス議員に合図を送った。カメラの死角で大きく頷き、竪琴を爪弾く。
民族融和を願う未完の曲の主旋律が流れる中、アルキオーネが口を開いた。
「みんなー! 久し振りー! 元気だったー? 私たちは元気でーす」
四人が花束を抱えたまま片手を小さく振り、カメラに向かって笑顔を振り撒いた。
タイゲタが、眼鏡の奥から上目遣いにカメラに視線を送り、少し甘えた声で語る。
「みんなとあんな風にお別れしちゃってゴメンね。私はまだ、みんなのコト……大好きだよ」
エレクトラとアステローペもタイゲタに続いて可愛く近況を伝える。
「心配させちゃってゴメンね。今は安全なとこに居て、全然、大丈夫です。みんなに会えなくて淋しいけど……」
「私たち四人で新しいユニットを作ったんです。それで、今日から活動再開するんで、また応援してもらえると嬉しいです」
一呼吸置いてアルキオーネが宣言する。
「新しいユニット名は“平和の花束”って言います。どうしてこの名前になったかって言うと……」
「今、このラキュス湖南地方は戦争とかあって、とっても大変な状況だから……」
アルキオーネが隣のタイゲタに視線を送り、タイゲタが発言の途中でそのまた隣のエレクトラを見る。視線を受けたエレクトラがその先を続けた。
「湖南地方に住む人……いえ、世界中の人たちが一人一人、自分の心の中に平和の種子を蒔いて、花を咲かせて……」
「争いをやめられるように、平和のお花をみんなで咲かせようねって、願いを籠めて“平和の花束”って言う名前にしました」
アステローペが、オリーブの枝と青ヒナギクの花束をカメラに向かって差し出しながら、締め括った。
……事前の打ち合わせもなしに、よくここまで息ぴったりに合わせられるものだ。
ラクエウス議員が感心しながら奏でる竪琴の音色に乗せ、アルキオーネが続ける。
「こっちに来てから、色んな人と会ってお話しました。それで、長命人種の人が言ってたんですけど、元々アーテルとネモラリス、それにラクリマリスはひとつの国だったって……」
「それで私たちが、信仰とか人種とか魔力とか、そう言うの全然違うのにどうやって暮らしてたんですかって聞いたら……なんて言われたと思います?」
エレクトラが、カメラに向かって首を傾げてみせる。
たっぷり一呼吸分の間に竪琴の静かな音色だけが流れた。
タイゲタが、片手で眼鏡を押し上げて答えを言う。
「そう言う違いって特に意識してなくて、“居るよね、こーゆー人”ってカンジでフツーに仲良くしてたんですって」
「長命人種の人たちは、その頃のコトを思い出として憶えてるんです。二百年……あ、もうちょい短い? 百八十年? 百九十年? 何せ、前のコトなんで、当時の常命人種のご近所さんはもう居ないけどって」
アステローペが金の髪を揺らし、くるくる表情を変えながらカメラ……その向こう側、画面越しに視聴する者が今、目の前に居るかのように話し掛けた。
エレクトラが青ヒナギクとオリーブの花束に頬を寄せ、カメラの向こうへ上目遣いの視線を送って瞳を潤ませる。
「ずっと昔は、みんなで仲良く暮らせてたのに……どうして今は、仲良くできないの?」
タイゲタとアステローペがエレクトラに肩を寄せ、三人の花束が一塊になる。アルキオーネが一歩前に踏み出して顔を上げ、勝気な瞳で動画の視聴者を見据えて宣言した。
「今だって、みんなが平和に暮らそうと思えば、実現できるハズです」
他の三人も前に出てアルキオーネと並び、四人が声を揃えて宣言する。
「平和を実現できます」
四人が花束を高く掲げ、ひとつの大きな束にしてカメラに視線を送る。
練習どころか打合せもなしに、先に言った通り彼女ら流の言い回しで主旨を変えずに言い切った。
「みんなで手を取り合って、同じひとつの夢を実現しましょう」
竪琴が民族融和を願う未完の曲の最後の一小節を奏で、余韻が消えるまで姿勢を保つ。カンニングペーパーを支える二人が腕を降ろし、一人がラクエウス議員に合図を送った。




