515.アイドルたち
「えぇっ? 動画に出るのに衣裳、これなんですか?」
ネモラリス建設業協会の女性会員が服を広げてみせると、アステローペが不満の声を上げた。金髪の少女が動く度に豊満な胸が揺れる。
他の三人は何も言わないが、露骨にイヤな顔をした。
衣裳は、厚手の布で作られた地味な服だった。
丸首で筒袖、裾が足首まであるゆったりした長衣で、アミトスチグマの民族衣装と同じ型だ。晩秋までの普段着にもなる。
本来なら、草色の生地に様々な呪文が刺繍され、装飾も兼ねるのだが、彼女らがキルクルス教徒であることを考慮し、また、時間がないこともあって、何の飾りもなかった。
帯は樫の葉を表す深い緑で、これにも本来の刺繍はない。
アイドルグループ「瞬く星っ娘」の脱退メンバーの少女四人は、紺無地のTシャツと黒い長ズボン姿で、アーテル脱出時の夜に紛れる服装のままだ。
脱出を手伝った支援者が用意した寝巻と最低限の下着しか持っていないが、アミトスチグマでは力ある民の支援者が面倒を見ているので、着替えがなくとも今のところは支障ない。
「贅沢言っちゃダメよ、アステローペちゃん。地味で露出度低いから歌をちゃんと聴いてもらえるのよ」
「地味とかじゃなくって、こう言うのって、ベルト締めたら胸が目立つし、ベルトなしにしたら太って見えるし……」
リーダーのアルキオーネが窘めると、アステローペは「恥ずかしい……」と消え入りそうに呟いて下を向いた。
胸の前で腕組みしたタイゲタが、眼鏡の奥で瞳を不吉に光らせて言う。
「あーあーそうよねー、あんたってば、いっつもそうよねー」
ラゾールニクに見せてもらったコンサートの動画を思い出し、老議員は苦笑した。
交響楽団員だったラクエウス議員にとって、女性歌手の舞台衣裳と言えばソプラノやアルトの夜会服か民族衣装だったが、この娘たちにとっては別世界のものであるらしい。
「心配には及ばん。収録時には花束を抱えて歌ってもらう」
「あぁ、それで地味な緑色なんですね。お花畑の葉っぱみたいな感じで」
エレクトラがパッと笑顔を咲かせる。大地の色の髪の彼女にはよく似合そうな衣裳だ。
「儂は画面の外で竪琴を弾く。君らが主役の動画だ。存分に力を発揮して欲しい」
「はい!」
元アイドルたちはイイ笑顔で返事をした。
少女たちの着替えと髪のセットに小一時間掛かったが、この分なら午前中には収録を終えられそうだ。
「歌の前にメッセージを読み上げて欲しい」
「メッセージ……ですか?」
案内された収録用の部屋には、収録の機器を操作する係の他にメッセージを書いた画用紙を掲げる係が二人いた。部屋の隅では、大きな花束が籠に入れられて出番を待っている。
係の一人が油性マジックで書かれた文を示す。
私たちは今、平和で安全な場所に居ます。
皆様にご心配をお掛けしてすみません。もう大丈夫です。
アーテルとネモラリス、それにラクリマリスは、ずっと昔はひとつの国でした。
長命人種の人たちは、思い出としてその時代を知っています。
ラキュス・ラクリマリス王国時代は、キルクルス教徒とフラクシヌス教徒、力ある民と力なき民、陸の民と湖の民、長命人種と常命人種……そんな違いがあっても、お互いを“普通の存在”として受け容れ、隣人として仲良く暮らしていたそうです。
ずっと昔は仲良くできていましたから、今も、みんなが平和に暮らそうと思えば、実現できるハズです。
いえ、平和を実現できます。
みんなで手を取り合って同じひとつの夢を実現しましょう。
四人の少女は小声でメッセージを読み上げた。
真剣な面持ちで繰り返し声に出し、リーダーのアルキオーネがラクエウス議員に目を移して意見する。
「あの、これ、全然、私たちのキャラじゃないんで、言わされてる感ハンパなくて逆効果ですよ」
「キャラじゃない?」
「内容的には同じで、言い方を私たち流に変えちゃってもいいですか?」
「えっと、これをこのまま読みあげたら、平和どころか、私たちを返せみたいなコト言って、ファンの人たちが暴動起こしそうって言うか……」
「ぼ……暴動かね? それは穏やかでないな……」
アルキオーネに続いてタイゲタが言い添えた過激な内容にラクエウス議員は思わず額の脂汗を拭った。例の動画では実際、激昂した観客が舞台に雪崩れ込み、大乱闘、大混乱に陥っていた。
「君たち流って、どんな言い方する気だ?」
収録の担当者が訝しげな目を向ける。
「ライブ感が大事だと思うんで、ぶっつけ本番で言います。主旨は変えませんから、安心して下さいね」
「そう? 頼むよ?」
アステローペがにっこり笑うと、若い建築技師はそれ以上言わなかった。
「あ、それと、私たちを広告塔に使うんなら、ユニット名もあった方がいいと思います」
「ゆにっとめい?」
齢九十のラクエウス議員にわからない言葉が次々飛び出す。
ネモラリスとアーテルの文化の違いなのか、古典中心の交響楽団と若者向けの新しい曲中心のアイドル歌手との音楽性の違いなのか。はたまた世代の差のせいなのか。
「私たち、アーテルの……キルクルス教の二重規範がイヤになって辞めたんです。“瞬く星っ娘”ってキルクルス教っぽい名前ですし、このまま使うのヤだなって……」
アルキオーネは肩にかかる艶やかな黒髪をさらりと背中に流し、他のメンバーに視線を送った。三人の娘が同時に頷く。リーダーの意見に異存はないらしい。
「成程。では、どんな団体名がいいかね?」
「何か別の、みんなの象徴になれるようなのがいいかなって思うんですよ」
ラクエウス議員の質問に四人が顔を見合わせ、エレクトラからふわっとした答えが返って来た。具体的な名称は考えていなかったらしい。
カンニングペーパーを持つ係二人が顔を顰め、一人が舌打ちした。
収録係が彼らに一瞬キツい視線を向けたが、取り成すように言う。
「じゃあさ、時間ないし、俺、決めていい? 今、花束持ってるし“平和の花束”でどう?」
「今からみんなで一人一輪ずつ平和の花を咲かせようねってコトですか?」
エレクトラの問いに収録係が頷くと、タイゲタとアステローペが顔を見合わせて囁き合った。
「一人一粒ずつ、平和の種子を蒔いてって……?」
「ベタだけど、わかりやすくてイイんじゃない?」
「先生たちの団体って、何てお名前なんですか? そう言えば、聞いてなかったんですけど……」
アルキオーネの質問にラクエウス議員は虚を衝かれた。
「……うむ。儂らは個人の意思で集まり、それぞれができることをしておって、団体名のようなものはなく、指導者と呼べる者も居らん」
「えぇッ? ホントですか? あの、もう一人のエライ人っぽい政治家の先生がリーダーじゃなかったんですか?」
アルキオーネが叫ぶと、他の三人も「びっくりしました」と呟きながら目を丸くして頷く。
「この活動の参加者の属性はバラバラだ。例えば儂は、力なき民でキルクルス教徒のリストヴァー自治区民で、常命人種、無所属の国会議員だ。君の言うもう一人のエライ人……アサコールさんは、力ある民でフラクシヌス教のスツラーシ派で、常命人種、両輪の軸党の党首で国会議員」
少女たちだけでなく、ネモラリス建設業協会員の若者たちも頷く。
「フラクシヌス教徒で主神派の秦皮の枝党の国会議員も参加している。政治家だけでなく、ここに居る彼らのような建築家、音楽家、宗教家、輸送業者、呪符などの職人、農業や漁業などの生産者、医術者、マスコミ、空襲で職を奪われた人々……職業や身分もバラバラだ」
「色んな人が集まって、それぞれができるコトをしてるんですねぇ」
タイゲタが感嘆の息を漏らす。
「更に言えば、人種や国籍も様々だ。湖の民も居るし、ネモラリス人だけでなく、ラクリマリス人やアミトスチグマ人、アーテル人の協力者も居る」
改めて違いを数え上げると「地域の平和と安定」というひとつの目的を持って集まった同志たちには、このラキュス湖南地方に住まう人間である他、共通点がなかった。
「ホントに平和にしたいって言う気持ち以外、同じ部分ってないんですね」
エレクトラがラクエウス議員と係員を見回す。
メッセージの紙を持った係の一人が苛立たしげに言った。
「時間が押してるから、わかったらさっさとしてくんないかな? ラゾールニクさんたちの配信、今日中に済ませたいんだ」
「どうして急ぐんですか?」
タイゲタが首を傾げる。少し舌足らずで甘えたような声で問われ、青年は僅かに表情を緩めたが、眉間に皺を寄せて説明した。
☆コンサートの動画/例の動画……「429.諜報員に託す」「430.大混乱の動画」参照




