514.動画への反応
夕飯後、ラクエウス議員とアサコール党首は、諜報員ラゾールニクと支援者スニェーグから報告を受けていた。
アミトスチグマの支援者宅で久し振りに顔を合わせたスニェーグは、心なしかやつれて見える。ラクエウス議員は口を挟まず、二人の話しに耳を傾けた。
「まず、例の情報の拡散。“真実を探す旅人”は了承してくれました。アーテルの発表とラクリマリスの記者会見動画も合わせて実行済みです。この三日で歌の動画以上の勢いで世界中に広まっています。ネットに接続できる環境なら、知らない人は居ないんじゃないかってくらいの勢いですよ」
「その影響がどう出るかは、まだわかりません。三カ国とも沈黙を守って何の動きもなく、アーテルの同盟国であるラニスタ共和国もそうです」
アサコール党首の指摘する通り、アミトスチグマに駐在するネモラリスとラクリマリスの外交官から、ラクエウス議員たちに接触はなかった。そればかりか、どこの政府も、ラクエウス議員たちの「魔哮砲は魔法生物である」との告発動画に対して、何の公式発表もせず、黙殺を決め込んでいる。
……アーテルだけは我が意を得たりとばかりに飛びつくと思ったのだが……?
ネモラリス政府も、ラクリマリスやアミトスチグマの大使館では、インターネットが使えるだろう。特にラクリマリス政府の記者会見は、報道各社がこれまでの経緯や専門家の意見、市井の人々の驚きの声などを交えて、インターネットだけでなく、新聞やラジオなど複数の媒体を使って反復報道している。数日待てば、雑誌も出るだろう。
それなのに何の反応もないのは、不思議でならなかった。
ネモラリス国民の大部分は知り得ないにせよ、周辺諸国向けの対応は必要だ。
「国内の反応は、何と?」
「今のところ、目立った動きはありません」
アサコール党首の質問にスニェーグが簡潔に答え、諜報員ラゾールニクも首を縦に振った。
「ツマーンの森では、腥風樹の掃討作戦が継続中ですが、アーテル軍は相変わらず、モースト市に居座っています」
ラゾールニクは淡々と状況を語る。
アーテル軍によるミサイルの脅しが効いているのか、腥風樹への対応でそこまで手が回らないのか。ラクリマリス軍が、北ヴィエートフィ大橋の袂に駐留するアーテルの陸軍部隊を排除する動きはなかった。
三つの動画の情報を合わせれば、ツマーンの森に魔哮砲が居ることはわかる筈だが、それに対するネモラリス軍とラクリマリス軍の動きは掴めていない。
「情報がないからと言って、実際の動きがないワケじゃないと思うんですけど、何せ、腥風樹を片付けてもらわないことには、危なくて森へ行けませんから」
「私は、ランテルナ島のゲリラの拠点の様子を見て来ました。ラゾールニクさん宛のメールにあった通り、トラックはなくなっていました」
トラックに乗っているのは、ネモラリス難民の一団だ。彼らは、国民健康体操の曲に平和を願う歌詞を付けて歌った動画をインターネットに流した。
その中に諜報員ラゾールニクと情報の遣り取りをする“真実を探す旅人”も居ると言う。
武闘派ゲリラとの間にトラブルがあり、今はランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに潜伏していると言う。
「呪医と接触できたので、王都ラクリマリスへ行くよう、説得したのですが、途中でゲリラが戻ってきたので引き揚げました。明日。もう一度行ってみます」
「あ、それ、俺が行きますよ。顔馴染みになってるんで、ゲリラの人たちも警戒しないで中に入れてくれますし」
ラゾールニクが気安く言い、スニェーグがそれならと承知する。
ラクエウス議員も、今日の首尾を報告する。
「あの娘らもひとまず、国民健康体操の平和を願う歌は、通しで歌えるようになった。録音して流すには、いささか頼りない気もするが、急ぐかね?」
アーテルの国民的アイドル「瞬く星っ娘」の脱退メンバーは、ラゾールニクらの手引きでアミトスチグマの夏の都に匿われていた。
そのカリスマ性を利用して世界中のファン……特にアーテル人の若者に揺さぶりを掛けようというのだ。
アーテルの国外向けには、ユアキャストなど複数の所から流す。
検閲と規制が厳しいアーテルの国内向けには、ラゾールニクたち複数の諜報員が直接出向いて、国内向けの場を利用して拡散を図ると言う。
「うん、まぁ、アレですよ。多少ヘタでも、あのコたちが歌って平和を呼び掛けるってのが大事なんです。あのコたちって明日、ビデオメッセージの収録、大丈夫そうですか?」
「儂らは一向に構わんが、君はランテルナ島へ行くのではなかったのかね?」
「録音は、アサコール先生の支持者の方にお願いして、データだけ後で送ってもらえるんで、大丈夫ですよ」
ラクエウス議員が納得したところで、アサコール党首が難民キャンプの様子を語る。
「腥風樹の件で一時、動揺が広がりましたが、ラクリマリス軍だけでなく、王族も動いたとのニュースで、今は落ち着きを取り戻しています」
秦皮の枝党のクラピーフニク議員らが中心となって、難民らに出身地の里謡の聞き取り調査を行っている。
楽譜に書き起こして「ネモラリス共和国の里謡集」と題した曲集をインターネット上に公開し、順次追加していた。地域独自の呪歌も多数収録されていると言う。
難民が歌った里謡をタブレット端末で録音し、ある程度の数が集まるとラクリマリスでレコードに録音し直して、ネモラリス共和国内の民放ラジオを通じて一曲ずつ放送している。
番組の提供はネモラリス建設業協会。
アサコール党首率いる「両輪の軸党」の支持母体だ。国外に脱出した政治家との関係はおくびにも出さず、前線で戦う兵士を励ます為との名目で、多額のスポンサー料を積んで通常の歌番組に里謡のコーナーを設けさせた。
勿論、他に目的があってのことだが、兵を励ます為と言うのは単なる建前ではなく、優先順位こそ低いものの目的のひとつではある。
「それでは明日、私はクラピーフニク議員と一緒にここのジュバーメン議員の事務所へ行きます。難民の冬支度についての相談と、他にも細々した用件を片付ける予定です」
「俺は明日の朝からランテルナ島の拠点へ行って、呪医を説得して、上手く行ったら、王都の神殿に送って行って、ダメでもアーテル本土にラクリマリスの記者会見の動画とか流しに行くんで、夜まで戻りません。ラクエウス先生、あのコたちの歌、よろしくお願いします」
「うむ。なるべく早く収録を済ませて、送ってもらえるよう努力する」
下手でもいいとの言葉に安心し、ラクエウス議員は気楽に応じた。
☆真実を探す旅人”は了承……「496.動画での告発」「499.動画ニュース」参照
☆腥風樹の掃討作戦……「500.過去を映す鏡」参照
☆アーテル軍は相変わらず、モースト市に居座っています/ミサイルの脅し……「489.歌い方の違い」「490.避難の呼掛け」参照
☆三つの動画の情報……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」「499.動画ニュース」「500.過去を映す鏡」参照
☆腥風樹……「382.腥風樹の被害」参照
☆ネモラリス建設業協会……「402.情報インフラ」参照




