511.歌詞の続きを
「そうだな。じゃあ、思いついたとこから埋めて行こう。前から順番だと、一カ所詰まったらそこから先へ行けなくなっちゃうから」
ロークが言うと、アマナとエランティスは算数の勉強をしていた時より真剣な顔で頷いた。
三人は改めて、歌詞の断片を見る。
まず、アミエーラの祖母が持っていたと言う古い手帳に記されていた冒頭。
穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える
涙の湖に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる
どう言うワケか、天気予報のBGM「この大空をみつめて」のレコードのB面に収録された曲の主旋律と、手帳に書かれた詩は、音数が同じだった。
レコードのジャケットには歌詞も説明もなく、手帳には「共和制移行百周年 国営放送百周年記念」と書いてあったが、あの詩は、レコードの曲「すべて ひとしい ひとつの花」の歌詞で間違いないだろう。
……呪医に聞いとけばよかったな。あっ、でも、あのすごいカッコの服屋さん、呪医の知り合いって言ってたから、あの人でもいいのか。
ドーシチ市の屋敷で歌詞を考えた時は、アーテル地方に言及がないと思ってみんなは何とかして地名を入れようと四苦八苦したが、結局、巧い言葉を思いつけなかった。
改めて読み返すと、キルクルス教の祈りの言葉が織り込まれているのに気付いた。
――聖者キルクルス・ラクテウス様、闇に呑まれ塞がれた目に知の灯点し、一条の光により闇を拓き、我らを聖き星の道へお導き下さい。
何かわからないことがあったり、迷うことがある時に唱える聖句だ。
よく考えたら、アーテルもランテルナ島を領有している。アーテルの最大の特徴は、チヌカルクル・ノチウ大陸本土のあの場所にあることではなく、キルクルス教への信仰でまとまっていることだ。
ロークは、地名ではなく祈りの一部をさりげなく織り込んだ詩人の言葉の選び方に感心した。だが、気付いたことをみんなに教えると、ロークが自治区外で暮らす隠れキルクルス教徒だと知られてしまう。
それだけは、決して知られてはならなかった。
自治区民の四人の誰かが気付いてくれるのを期待して、ロークはその気付きを胸の奥に仕舞い込んだ。
紙束の一番上のメモを手に取る。呪符を起動する呪文のカンペで見た薬師アウェッラーナの筆跡だ。
几帳面な字で言葉の切れ端が書いてあった。主旋律のどの部分に合わせるつもりなのかさっぱりわからない。
「この願いが叶うなら 命なんか惜しくない」
忘れられない悲しい決意
武器を手放して二度と血を流さないで
もう会えない懐かしい人 あの街 みんな忘れない
ロークは何となく自分のことを言われたようでいたたまれなくなり、メモを机に戻した。別の紙片を取って目を通す。この「学がありそうな達筆」は、ソルニャーク隊長の筆跡だ。
安らかに眠れ 同じ夢を目指した友よ
命賭したあの微笑みがこの胸に今でも残る
二度とは戻らない 懐かしい日々 街を呑んだ炎 罪を贖い歩む
志半ばで散った星の道義勇軍の仲間を書いたのだろうか。
テロ活動に罪悪感を抱えているらしいことが窺え、ロークは少し安心した。
いつも冷静で何の迷いもなさそうに見えるソルニャーク隊長も、ゼルノー市の焼討ちや無差別殺人に疑問や迷い、後悔を持っていた。平気で平和を踏みにじったのではなく、ましてや、一部の武闘派ゲリラのように楽しんでいるワケではなかったのだ。
それはいいが、これも何となくの雰囲気でしかなく、このままでは主旋律の音数に合わない。
他のみんなの筆跡はどうだったか、ゼルノー市の図書館で地図を書き写した時のことを思い出し、メドヴェージの力強いメモを探し当てた。
もう戻らない家族の笑顔 この胸に刻んで罪滅ぼしに行く
友と夢見た明るい空に鐘が弔いと平和を告げる
同じ夢の花をみんなで咲かせよう
その花の為なら この命も惜しくない
ロークの唇に笑みが浮かんだ。ガサツなおっさんだと思っていたが、意外に詩人であるらしい。読み返して、その悲愴な内容に口許を引き締めた。
少年兵モーフは字を書くのがまだ苦手らしく、何度も書いては消してを繰り返し、紙がボロボロになっている。残ったのは単語数個で、それも誤字だらけで単語の原形を留めておらず、何とか意味を拾えたのはほんの僅かだ。
それ
いのち いらない
誤字だらけでよくわからない部分を何度も読み返したが、「それ」の内容が何を指すか書かれていないような気がした。
ロークより年下のモーフが、少年兵として星の道義勇軍に身を投じ、ランテルナ島に来てからはネモラリス人の武闘派ゲリラに協力したことを思い、胸が締め付けられた。
モーフは何の為にアクイロー基地襲撃作戦に加わったのだろう。
リストヴァー自治区は、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲を受けていない。自治区が焼失したのは、開戦前に発生した原因不明の火災のせいだ。
それに、星の道義勇軍は、武器の提供や映像での戦闘訓練など、アーテルから秘密裏に支援を受けていた。モーフたちにとって、アーテル軍は味方だった筈だ。
……二人共、何の為に戦ったんだ?
ロークと同じ「誰かの仇討ち」ではないことだけは確かだ。
それでは、メドヴェージが書いた「罪滅ぼし」が、ゲリラに加わってアーテル軍を敵に回すことだったのか。だが、彼は戦闘に加わらなかった。
ソルニャーク隊長の「罪を贖う」は、アーテル軍の基地を破壊してネモラリス領を空襲から守ることで、モーフの「それ」のことでもあるのか。
確めるのが怖い気がして、ロークは紙片を置き、誰の筆跡かわからないメモを見た。
これからみんなで一緒に平和を作ろう
涙は涸れても心は枯れない
武器を捨てて誰もが一緒に暮らせる明日を作ろう
何者でも構わない みんな同じ この国の仲間
多分、女性の字だ。ピナティフィダかアミエーラのどちらかだろう。
……みんな、同じ……キルクルス教徒もフラクシヌス教徒も、力ある民も力なき民も、長命人種も常命人種も、みんな同じ「ネモラリス人」として暮らせればいいのにな。
キルクルス教徒は、リストヴァー自治区に隔離されていた。
ロークのディアファネス家のような自治区外で暮らす隠れキルクルス教徒の家庭に力ある民の子が生まれれば、事故に見せかけ、或いは病気の治療を受けさせずに死なせてしまう。
幼馴染として育ったベリョーザは、弟が運河で溺死させられたことを「せいせいした」と嬉しそうに語っていた。
隔離政策のせいで信仰が歪んだとは思えない。
リストヴァー自治区では、三歳児検診のついでに【魔力の水晶】を握らせる魔力の有無の検査が行われない。自治区に住んでいれば、魔力が有ると知らされず、ベリョーザの弟は両親に殺されずに済んだ筈だ。
……じゃあ、逆に、自治区には自覚のない力ある民が居るかも知れないんだ。
魔力の強さによっては、制御方法を知らないまま放置していると、ふとした弾みで魔力を暴発させ、思わぬ事故を招くことがあると言う。
力ある民が飲酒しないのは、宗教上の理由ではなく、魔力の暴発を防ぐ為だ。
みんなが書いた言葉の断片をまとめるつもりが、次々と別のことを連想し、全く考えがまとまらない。
ロークはアマナとエランティスを見た。コピー用紙に一生懸命、詩の断片を書き綴っている。ロークは自分が以前書いたメモを取り、改めて言葉を考えた。
……そう言えば、呪医が半世紀の内乱前までは、みんな普通に近所付き合いしてたって言ってたな。
旧ラキュス・ラクリマリス王国も、共和制に移行してからも、同じ国の民として仲良く平和に暮らしていたと言うが、ロークにはその時代が全く想像もつかなかった。
半世紀の内乱中、フラクシヌス教の神殿もキルクルス教の教会も、その多くが破壊されたと言う。ネモラリス領とラクリマリス領の教会は再建されず、アーテル領の神殿もまた、再建されなかった。
……まぁ、湖の女神の信者の人たちは、湖が無事なら別にいいんだろうけど。
隠れキルクルス教徒も、教会がなくても日時計を見て、或いは夜空を見上げて聖なる星の道を思い、信仰を維持している。ローク自身は全く信仰心がないが、祖父や両親、実家を訪れる人々はみんな、熱心に祈っていた。
あの祈りの中身は何だったのか。
信仰と距離を置くロークには、熱心に祈りを捧げる彼らの姿に、全く窺い知れない別世界のような隔たりしか感じられなかった。
祈りの中身が何であれ、その信仰が自他を分けるラベルや壁になっている気がしてならない。
……昔の人は、どうやって仲良くしてたんだろう?
平和に共存していた時代を知らなければ、元々「共和制移行百周年記念」用に作られた民族融和の曲に詩を付けられない気がする。
ロークは取敢えず、詩の断片をまとめ、自分とみんなの想いの共通点を探すことにした。
☆古い手帳/ドーシチ市の屋敷で歌詞を考えた時……「275.みつかった歌」参照
☆ゼルノー市の図書館で地図を書き写した時……「168.図書館で勉強」「169.得られる知識」「170.天気予報の歌」参照




