0504.術者への問い
地下街チェルノクニージニクに移った二日目。
朝食には、湖の民の運び屋フィアールカも顔を出した。ファーキルに端末から何かを送ったと告げ、そそくさ食事を終えて一足先に食堂「獅子屋」を出た。
朝食後、移動販売店プラエテルミッサのみんなは、昨夜決めた通りにそれぞれの仕事や用事で分かれた。
妹のアマナをレノに預け、クルィーロは宿の隣の部屋に移る。ソルニャーク隊長たちの部屋には、蔓草の匂いが満ちる他は、クルィーロたちの部屋と同じだ。
ソルニャーク隊長に続いてファーキルが靴を脱いでベッドに上がり、タブレット端末を真ん中に置く。クルィーロも、お邪魔しますと呟いてベッドに乗った。
「動画をイチから再生すると、二時間以上掛かる。要約すると」
アーテル共和国軍が、異界から紛れこんだ恐ろしい植物“腥風樹”をネーニア島の南東部に植えた。
クルィーロは、隊長の語る昨夜のニュースで足下の地面が崩れ去り、地の底に飲み込まれるような気がした。
ファーキルが端末に図鑑を表示させ、呪医セプテントリオーから聞いたと言う昔話を語って補足する。
「え? ちょっと待って……じゃあ、俺たち、ネーニア島に帰れなくなったんですか?」
「ラクリマリス王家が動くそうだ。腥風樹の始末は、経験者に任せるしかあるまい」
「そうですよね。前も何とかなったんなら、今回だって大丈夫……ですよね?」
ソルニャーク隊長は何とも言えない顔をするだけで、答えてはくれなかった。
「その動画の前にネモラリスの国会議員の人たちが、魔哮砲は魔法生物だって、告発動画をUPしてて、俺、ラゾールニクさんに拡散を頼まれたんですけど、アーテル軍は、魔哮砲が居るから、ツマーンの森に腥風樹を植えたっぽいんです」
クルィーロは、一気に大量の情報を浴びせられて消化しきれなかった。
どう反応していいかわからない。これが自分たちにどんな影響があるのか、じっくり考える時間が欲しかった。
「レノも呼びましょうか? 店長だし」
「いや、君を呼んだのは、魔法使いの意見を聞きたいからだ」
「俺、修行サボってたんで、あんまり難しいことはわかんないんですけど」
「わかるところまでで構わん」
ソルニャーク隊長に逃げ道を塞がれてしまった。何を聞かれるのかと身構える。
「魔物にも、幽界の毒が有効なのか?」
「えっ……? ……さぁ? でも、効くから毒持ってんのかも?」
思わぬ質問にクルィーロは拍子抜けした。
「では、魔法生物が相手ならば、どうだ?」
「俺だけじゃなくて、他の魔法使いの人たちもみんな【深淵の雲雀】学派のことは全然わかんないんで、ちょっと」
流石にこれは、長命人種の薬師アウェッラーナや呪医セプテントリオーでも答えられないだろう。
「あ、でも、魔法生物って、スペック決めて作れたらしいんで、毒無効とかの能力が付いてたら、効かないかもしれません」
「では、魔法使いの君の眼から見て、あの映像の黒いモノはどう思う?」
ソルニャーク隊長の言葉を受け、ファーキルが端末を操作し、闇の塊が映ったところで一時停止する。
クルィーロは、ファーキルが撮った写真を思い出した。トラックでツマーンの森を横断中、火の雄牛と共に行く手を塞いだモノに似ている。
……そう言えば、モーフ君が「ゼルノー市で見た奴に似てる」って言ってたな。
「どうって……どう?」
質問の意図がわからず、訳のわからない質問を返す。ソルニャーク隊長は苦笑して言葉を足した。
「魔法使いの眼から見て、あれは普通の魔物や魔獣に見えるか? それとも、違うモノに見えるか?」
「俺、森に入ったコトなかったんで、図鑑以外で……ナマで魔獣見たコトって、二回しかないんですよ。だから、見ただけじゃちょっと」
「そうか」
「本職の魔獣駆除業者の人とかだったら、わかるかもしれませんよ?」
クルィーロはふと思いつき、ラクリマリス人の少年に話を振った。
「ファーキル君、あの人、呪医の知り合いで昔、騎士してたんだよな? あの人に聞いたら、何かわかるかも」
言う傍からだんだん自信がなくなり、声が消えてしまった。
ソルニャーク隊長が表情を改め、質問を変える。
「では、この部屋に施された術は何を防ぐものだ?」
天井を見上げた。
ここも、クルィーロたちが泊まる部屋と同じ呪文だ。
改めて力ある言葉を黙読し、術名を列挙する。やはり三種類くらいわからない。もしかすると、その数すら合わないかもしれないが、そのことも含めて正直に申告した。
クルィーロは、キルクルス教徒のソルニャーク隊長の妙な質問に首を傾げた。
「でも、そんなの聞いてどうするんですか?」
「ラクリマリス軍が反撃した場合、どの程度、持ち堪えられるかと思ってな」
クルィーロは思わず、ファーキルを見た。ラクリマリス人の少年は、青褪めた顔で端末を操作してクルィーロに向ける。文字だけの画面に目を凝らすと、どうやら運び屋フィアールカからの連絡らしかった。
ラクリマリス軍に動きがあった。
ツマーンの森の捜索隊は、腥風樹、闇の塊、例の四人対応の三部隊が展開中。
民間人によるゲリラ活動が懸念される。
午前八時現在、島内に被害の報告なし。
「えーっと、発信元はフィアールカさんじゃなくて……その部分、削除されてるんでわかんないんですけど、どこかからの転送です」
「そうなんだ?」
運び屋フィアールカは、得意客のファーキルに危険情報は教えてくれるが、差出人まで知らせる訳にはゆかないらしい。
呪医の昔語りの通りなら、今頃はラクリマリス王国軍が腥風樹を発見次第、片っ端から凍らせるところだろう。
「俺たち、フナリス群島に渡っても大丈夫ですよね?」
「現時点では、な」
残り九日で事態がどう動くかわからず、気持ちは焦るが【無尽袋】が完成しなければ、トラックを持って行けない。もどかしいが、どうにもできなかった。
「えっと、それで、相談なんですけど、呪符ってどう言うのがあった方がいいですか?」
「どう言うのって……目的によると思うけど」
クルィーロはファーキルの質問に首を捻った。
ファーキルが端末に一覧を表示させ、呪符の名称と枚数がずらりと並ぶ。
「なるべく身を守れそうなので、どんな組合わせがいいと思いますか?」
「身を守る……か」
クルィーロは改めて呪符の表を見た。対価の交換表らしい。
攻撃系の呪符は高価で、直接防禦の呪符はその次、【簡易結界】などの空間防禦は一枚当たりは比較的安価だが、使うのは一度に複数なのでやや割高、他に【炉】や【灯】など、あれば便利な呪符もある。
冬のあの日、炎に囲まれ運河に追い詰められた恐怖が甦った。
古新聞を濡らして捻っただけの境界で【簡易結界】を掛けた。
日没後、クルィーロたちを囲む雑妖の群は壁のように積み重なったが、術が切れるまでは守られた。
「そうだなぁ……呪文をとちらなきゃ、力なき民の人にも使えるし……【簡易結界】とかがいいんじゃないかな?」
フナリス群島の王都ラクリマリスに着けば、ファーキルとはお別れだ。先々のことを考えると、生活用の呪符もあった方がいいだろう。
クルィーロが説明すると、ファーキルは礼を言って首を横に振った。
「移動販売店のみなさんの分なんです。火の雄牛の角が一本余ったから、それを交換してもらうのに、どれがいいかって言う」
「俺たち?」
「火の雄牛を倒してくれたの、隊長さんとフィアールカさんですから」
頷くファーキルに、ソルニャーク隊長が困った顔でクルィーロを見る。キルクルス教徒の隊長の気持ちを汲み取り、クルィーロは言った。
「俺たち、ファーキル君にいっぱい助けてもらったし」
「でも」
「俺たちって、王都でお別れなんだよな? グロム市の親戚んちに着くまで何かと大変だろ? こっちはアウェッラーナさんも居るし、大丈夫だから」
「火の雄牛の角は、ファーキル君に餞別として渡そう。食糧なり何なり、必要な物と交換して欲しい」
「えっ……でも、あんな貴重な物、いいんですか?」
遠慮するファーキルにソルニャーク隊長が笑顔で畳み掛ける。
「君の情報のお陰で、アーテル空軍のアクイロー基地を壊滅できた。当面、空襲の心配は減る」
他にも南ヴィエートフィ大橋付近のイグニカーンス基地など、複数の基地はほぼ無傷だが、ネーニア島に近く、規模が大きいひとつを潰せた戦果は大きい。
戦略や戦術の知識は全くないが、空襲が減ればその分、ネモラリス人が助かることくらいわかる。
軍事や外交の素人で一庶民に過ぎないクルィーロには、ネモラリス政府軍がアーテル本土へ出撃するか、ラクリマリス王国との関係もあって、全く予測を立てられない。
クルィーロたち移動販売店見落とされた者に選択肢の余地はなかった。
……王都ラクリマリスに渡って、ネーニア島へ渡って、首都クレーヴェルで父さんたちを捜すんだ。
ファーキルの両親はラクリマリス人だが、ネモラリスの知人宅を訪問中、空襲に巻き込まれて亡くなった。ファーキルの境遇を思い出したクルィーロは一層、この不運な少年にその埋合せをしたくなった。
「他のみんなだってきっと賛成するから、そんな遠慮しないでくれよ。ファーキル君がそれに歌を録音してインターネットに出してくれたお蔭で、王都行きの旅費ができたし、フィアールカさんやクロエーニィエさんとも縁が繋がって助けてもらえたんだ。どんなに感謝しても全然足りないよ」
「我々だけではない。あの歌が世界中に広まったのをきっかけに、アミトスチグマ王国へ逃れたネモラリス難民への支援が手厚くなった……有難う」
キルクルス教徒のソルニャーク隊長が居住いを正し、一人のネモラリス人として頭を下げた。
フラクシヌス教徒の魔法使いクルィーロも、同じネモラリス人として、隊長に倣う。
ファーキルは、ますます恐縮して声を上ずらせた。
「あぁ、いえ、そんな、俺、別に、そう言うアレじゃないんで……あ、あの、動画の広告収入、この先ずっと丸々もらっちゃいますし、その、俺、大丈夫なんで、顔を上げて下さい。俺の方こそ、何か、みんなが歌った歌、録って出しただけでおカネもらっちゃって、申し訳ないって言うか」
「でも、俺たちも含めて大勢が助かったのはホントのコトなんだし、そんな」
ファーキルとクルィーロがしどろもどろに言い合う。
ソルニャーク隊長が苦笑して顔を上げ、場を収めた。
「では、お互い様のお陰様と言うことで、変な遠慮はナシにしてもらおう」
改めて話し合う。
ファーキルは、グロム市に帰れば生活用品は家にあるから要らない、と断った。
数日分の食糧と、身を守るのに必要な呪符【魔除け】【退魔】【簡易結界】念の為に【防火】と【炉】も少し用意することで落ち着く。
例のキノコの対価は、運び屋フィアールカが調達してくれた品々や、ここの宿泊費、食費、当面の保存食代を差引いても、まだお釣りがくるらしい。
移動販売店用の呪符は、後で呪符屋とフィアールカに相談して決めることになった。
☆動画をイチから再生……「0499.動画ニュース」「0500.過去を映す鏡」「0501.宿屋での休息」参照
☆腥風樹/呪医セプテントリオーから聞いたと言う昔話……「0382.腥風樹の被害」参照
☆告発する動画……「0496.動画での告発」「0497.協力の呼掛け」参照
☆ファーキルの両親はラクリマリス人……「0198.親切な人たち」「0199.嘘と本当の話」参照
☆例のキノコ……「0479.千年茸の価値」参照




