0503.待つ間の仕事
クルィーロの揚げ物盛合せと、アマナのミックスサンドを半分こする。香草を混ぜて揚げた野菜数種類と鶏、魚はどれも衣がさくさくで美味しかった。
他のみんなの注文をチラ見すると、揚げ物率が高い。
……拠点に居る時は、油を傷薬に回さなきゃいけなかったから、揚げ物なんてできなかったもんなぁ。
付け合わせの生野菜と魚介のスープも、拠点の乏しい食糧では無理だった。
流石にドーシチ市の屋敷には及ばないが、地下街チェルノクニージニクの食堂「獅子屋」には、格式ばった堅苦しさはない。庶民のクルィーロたちには丁度よく、居心地のいい店だ。
「アマナ、卵好きだろ? 玉子サンドは全部食べろよ」
「いいの? やったぁ! じゃ、お兄ちゃんは鶏好きだから、チキンフリッターは一人で全部食べていいよ」
そんなことを言いながら食事が進む。
疲労困憊した薬師アウェッラーナも、少しは眠れたらしく、顔色が良くなった。
緑青入りの鮮やかな緑色のパンと、具がよくわからない緑色のスープと、チキンソテーを食べる。陸の民が緑青入りの料理を口にすれば中毒を起こすが、湖の民が健康を維持するには欠かせないのだ。
アミエーラも、表情は冴えないものの食欲は戻ったようだ。薬師の向かいの席でしっかり食べる。
「へぇー、あなた、お針子さんなの? どんな物が作れる?」
「えーっと、普通の服です。魔法……使えないんで」
「そう。どんな服?」
「今みんなが着てるTシャツとかズボンとか……ワンピースとか」
クロエーニィエが、昼のフィアールカと同じお誕生日席から、みんなの服に目を遣る。
「基本はしっかりできてるのね。十日も宿に籠ってちゃヒマでしょ? 私のお店ちょっと手伝ってくれないかしら?」
「でも、私、魔法が」
アミエーラは、消え入りそうな声を出して食事の手を止めた。
クロエーニィエが、ヒマワリのような笑顔で言う。
「大丈夫よ、刺繍と染めはもう私がやってるから、物理的な縫製だけでいいんだけど、なんせ数が多くて……あ、勿論、工賃はちゃんと払うわ」
アミエーラはソルニャーク隊長を見た。
キルクルス教徒としては、魔法の服を作る手伝いなど、とんでもないのだろう。だが、ラクリマリスとネモラリスの生活状況がわからない以上、稼がせてくれると言う申し出は有難い。祖国に帰ってすぐ職を得られるか、全くわからないのだ。
針子の迷いと困惑を読み取り、星の道義勇軍の小隊長は穏やかな声で言った。
「蔓草細工の売買と大差ない。技術的に可能なら、引受けても構わんだろう」
メドヴェージと少年兵モーフも、口いっぱいに料理を頬張ったまま、こくこく頷く。
彼らが所属するキルクルス教徒のテロ集団「星の道義勇軍」は、信仰に関して、同じリストヴァー自治区で結成された原理主義の国際テロ組織「星の標」に比べれば穏健だ。
アミエーラは、僅かに震える声で聞いた。
「あの……そう言う豪華なドレスとか、作ったことないんで」
「今、大量注文を受けたの、メンズのベストだから大丈夫よ。デザインもシンプルだし」
「じゃあ、多分……大丈夫です」
「ありがと。出発までに全部できなくても気にしないで。元々私一人で作る予定だったから」
クロエーニィエがやわらかな笑顔で言う。
クルィーロは、内心ハラハラして聞き耳を立てたが、ホッとした。アマナも小声で、お姐ちゃんよかったね、と喜ぶ。
「あ、あの、私もお手伝いさせていただいてもいいですか?」
ピナティフィダの細い声にレノとクロエーニィエが驚く。
「あら、あなたもお針子さん?」
「いえ、私はパン屋なんですけど、お裁縫もちょっとだけ……今着てる服、自分で縫いました」
「そう。じゃ、手伝ってもらっちゃおうかしら?」
明日の朝食後、クロエーニィエの店「郭公の巣」へ行くと決まった。
レノは心配そうにするが、ピナティフィダの意志は固いようで、クロエーニィエに丁寧に礼を言った。
「俺と、この坊主も、そっちの店で蔓草細工させてもらっていいか?」
「あら、作るトコ、また見せてもらえるの? 狭いとこでアレなんだけど、いいかしら?」
「店長さんさえ迷惑じゃなきゃ、俺らは別にいいぞ。……なぁ?」
メドヴェージが同意を求めると、少年兵モーフは、リスのように頬を膨らませたまま勢いよく頷いた。
何となく流れで明日の予定の話になる。
薬師アウェッラーナはいつものように魔法薬作り、レノはその下拵え、針子のアミエーラとピナティフィダ、蔓草細工のメドヴェージと少年兵モーフは、クロエーニィエの店で仕事だ。
「クルィーロ君、午前中は先程のニュースの件で話がしたい。ファーキル君も、付き合ってもらって構わんか?」
「えっと……はい。俺も気になってたんで」
ソルニャーク隊長に声を掛けられ、思わず応じてしまったが、アマナに聞かせられない内容ではないかと不安になった。
「アマナちゃん、ティスと一緒に俺たちが作業する部屋で、勉強しときなよ。アウェッラーナさん、いいですか?」
「えぇ、私は全然、構いませんよ」
「レノ、有難う。頼む」
「いいよいいよ、このくらい」
明日のことが決まらないのは、ロークだけになった。
レノが店長として聞く。
ロークは注目を浴びて少しドギマギしたが、何とか用事を捻り出した。
「じゃあ、あの……二人に勉強、教える……とか……で、いいですか?」
「頼むよ。現役高校生の家庭教師」
ロークは、レノの言葉に複雑な表情を浮かべたが、すぐ笑顔で頷いた。
……二月に焼け出されてから一日も学校行ってないし、現役って言うのもなぁ。
クルィーロは、レノの失言に苦い思いがしたが、口に出すのは堪えた。




