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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十一章 急変

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514/3503

0503.待つ間の仕事

 クルィーロの揚げ物盛合せと、アマナのミックスサンドを半分こする。香草を混ぜて揚げた野菜数種類と鶏、魚はどれも衣がさくさくで美味しかった。

 他のみんなの注文をチラ見すると、揚げ物率が高い。


 ……拠点に居る時は、油を傷薬に回さなきゃいけなかったから、揚げ物なんてできなかったもんなぁ。


 付け合わせの生野菜と魚介のスープも、拠点の乏しい食糧では無理だった。

 流石にドーシチ市の屋敷には及ばないが、地下街チェルノクニージニクの食堂「獅子屋」には、格式ばった堅苦しさはない。庶民のクルィーロたちには丁度よく、居心地のいい店だ。


 「アマナ、卵好きだろ? 玉子サンドは全部食べろよ」

 「いいの? やったぁ! じゃ、お兄ちゃんは鶏好きだから、チキンフリッターは一人で全部食べていいよ」

 そんなことを言いながら食事が進む。


 疲労困憊した薬師(くすし)アウェッラーナも、少しは眠れたらしく、顔色が良くなった。

 緑青(ろくしょう)入りの鮮やかな緑色のパンと、具がよくわからない緑色のスープと、チキンソテーを食べる。陸の民が緑青入りの料理を口にすれば中毒を起こすが、湖の民が健康を維持するには欠かせないのだ。


 アミエーラも、表情は冴えないものの食欲は戻ったようだ。薬師の向かいの席でしっかり食べる。

 「へぇー、あなた、お針子さんなの? どんな物が作れる?」

 「えーっと、普通の服です。魔法……使えないんで」

 「そう。どんな服?」

 「今みんなが着てるTシャツとかズボンとか……ワンピースとか」


 クロエーニィエが、昼のフィアールカと同じお誕生日席から、みんなの服に目を遣る。

 「基本はしっかりできてるのね。十日も宿に籠ってちゃヒマでしょ? 私のお店ちょっと手伝ってくれないかしら?」

 「でも、私、魔法が」

 アミエーラは、消え入りそうな声を出して食事の手を止めた。

 クロエーニィエが、ヒマワリのような笑顔で言う。

 「大丈夫よ、刺繍と染めはもう私がやってるから、物理的な縫製だけでいいんだけど、なんせ数が多くて……あ、勿論(もちろん)、工賃はちゃんと払うわ」


 アミエーラはソルニャーク隊長を見た。

 キルクルス教徒としては、魔法の服を作る手伝いなど、とんでもないのだろう。だが、ラクリマリスとネモラリスの生活状況がわからない以上、稼がせてくれると言う申し出は有難い。祖国に帰ってすぐ職を得られるか、全くわからないのだ。


 針子の迷いと困惑を読み取り、星の道義勇軍の小隊長は穏やかな声で言った。

 「蔓草(つるくさ)細工の売買と大差ない。技術的に可能なら、引受けても構わんだろう」

 メドヴェージと少年兵モーフも、口いっぱいに料理を頬張ったまま、こくこく頷く。


 彼らが所属するキルクルス教徒のテロ集団「星の道義勇軍」は、信仰に関して、同じリストヴァー自治区で結成された原理主義の国際テロ組織「星の(しるべ)」に比べれば穏健だ。


 アミエーラは、僅かに震える声で聞いた。

 「あの……そう言う豪華なドレスとか、作ったことないんで」

 「今、大量注文を受けたの、メンズのベストだから大丈夫よ。デザインもシンプルだし」

 「じゃあ、多分……大丈夫です」

 「ありがと。出発までに全部できなくても気にしないで。元々私一人で作る予定だったから」

 クロエーニィエがやわらかな笑顔で言う。

 クルィーロは、内心ハラハラして聞き耳を立てたが、ホッとした。アマナも小声で、お姐ちゃんよかったね、と喜ぶ。


 「あ、あの、私もお手伝いさせていただいてもいいですか?」

 ピナティフィダの細い声にレノとクロエーニィエが驚く。

 「あら、あなたもお針子さん?」

 「いえ、私はパン屋なんですけど、お裁縫もちょっとだけ……今着てる服、自分で縫いました」

 「そう。じゃ、手伝ってもらっちゃおうかしら?」

 明日の朝食後、クロエーニィエの店「郭公(カッコウ)の巣」へ行くと決まった。

 レノは心配そうにするが、ピナティフィダの意志は固いようで、クロエーニィエに丁寧に礼を言った。


 「俺と、この坊主も、そっちの店で蔓草細工させてもらっていいか?」

 「あら、作るトコ、また見せてもらえるの? 狭いとこでアレなんだけど、いいかしら?」

 「店長さんさえ迷惑じゃなきゃ、俺らは別にいいぞ。……なぁ?」

 メドヴェージが同意を求めると、少年兵モーフは、リスのように頬を膨らませたまま勢いよく頷いた。



 何となく流れで明日の予定の話になる。

 薬師(くすし)アウェッラーナはいつものように魔法薬作り、レノはその下拵(したごしら)え、針子のアミエーラとピナティフィダ、蔓草細工のメドヴェージと少年兵モーフは、クロエーニィエの店で仕事だ。


 「クルィーロ君、午前中は先程のニュースの件で話がしたい。ファーキル君も、付き合ってもらって構わんか?」

 「えっと……はい。俺も気になってたんで」

 ソルニャーク隊長に声を掛けられ、思わず応じてしまったが、アマナに聞かせられない内容ではないかと不安になった。


 「アマナちゃん、ティスと一緒に俺たちが作業する部屋で、勉強しときなよ。アウェッラーナさん、いいですか?」

 「えぇ、私は全然、構いませんよ」

 「レノ、有難う。頼む」

 「いいよいいよ、このくらい」

 明日のことが決まらないのは、ロークだけになった。


 レノが店長として聞く。

 ロークは注目を浴びて少しドギマギしたが、何とか用事を(ひね)り出した。

 「じゃあ、あの……二人に勉強、教える……とか……で、いいですか?」

 「頼むよ。現役高校生の家庭教師」

 ロークは、レノの言葉に複雑な表情を浮かべたが、すぐ笑顔で頷いた。


 ……二月に焼け出されてから一日も学校行ってないし、現役って言うのもなぁ。


 クルィーロは、レノの失言に苦い思いがしたが、口に出すのは(こら)えた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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