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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十一章 急変

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513/3502

0502.懐かしい日々

 アマナが驚いた目で巨漢のクロエーニィエを見て、兄のクルィーロに何か言いたげな顔を向ける。

 「この地下街にある“郭公(カッコウ)の巣”って言う魔法の道具屋の店長さんだよ。さっきのお姐さんが都合付かなかったから、代わりに来てくれるって言ってた人」

 「ふぅん……魔法の道具屋さん」

 「お昼のお店のおねーさんたちと同じ服なの」

 アマナは兄の説明を確認しただけだが、エランティスは口を滑らせてしまった。レノが視線で(たしな)めるが、小学生の妹は気付かない。


 クロエーニィエがふわりと振り向き、にっこり笑った。

 「よく気が付いたわねー。獅子屋さんの制服、私が作ったのよ」

 「すごーい」

 小学生二人が声を揃える。

 クロエーニィエは気を良くしたのか、スカート部分をちょっとつまんで言った。

 「これも私が作ったの。こんなの作れますよって言う見本で着て歩いてるのよ」

 「すごーい」


 「魔法の服、いっぱい売ってるんですか?」

 小学生のアマナの質問にも、クロエーニィエは誠実に答える。

 「服はサイズ測ってから作るから、在庫がないけど、リボンや手袋、帽子とかの小物は作り置きしてるわよ」

 「蔓草(つるくさ)細工をリボンと交換してもらって、そのリボンを別のお店で呪符と交換してもらったんだ」

 ファーキルも歩調を緩めて話に加わる。

 魔法の服作りだけでなく、魔法の短剣や偽造ナンバーの調達までこなす辺り、やはりフィアールカの裏稼業仲間と言ったところか。


 ……でも、元騎士で、呪医(せんせい)の知り合いでもあるんだよなぁ。


 騎士団から共和国軍へ移行する際に辞めたと言うのは、何となく想像がつくが、それがどうしてこんな所で職人になり、裏稼業にまで手を出すことになったのか理解し(がた)かった。

 四人が服の話で盛り上がる。

 クルィーロはふと、針子のアミエーラを見た。今朝、あんな目に遭ったばかりだからだろう。浮かない表情(かお)でとぼとぼ歩き、話に加わらない。


 ……何もなきゃ、きっと一番、話に食いついたんだろうにな。


 クルィーロは、男の自分が下手な慰めを口にすれば、却って傷を(えぐ)ってしまうと思い、通路の先に目を向けた。

 雑多な商店が並ぶ通りに差し掛かり、お喋りが途切れる。

 少年兵モーフが物珍しそうに見回すのをメドヴェージがからかった。二人のじゃれあいをソルニャーク隊長が目を細めて見守る。


 「レノ、保存食の件ってもう決まったんだっけ?」

 「あぁ。フィアールカさんが出発の日までにまとめて持って来てくれるってさ」

 「至れり尽くせりだなぁ」

 それだけ、あのキノコの価値が高いのだ。


 ……たった一本でそんなになるなら、二、三本もありゃ、レノの店だって建て直せるんじゃないか?


 クルィーロは、自分や他のみんなの家が、元の場所に再建される様子を思い描いた。自治区民の四人だって、元のバラック小屋ではなく、ちゃんとした家に住めるだろう。


 だが、何もかも戦争が終わってからの話だ。


 さっきの動画ニュースの前半が何だったのかも気になる。

 日が射さない地下街は、時計がなければ時間がわからない。だが、見るまでもなく夜らしく、酔客が通路で濁声(だみごえ)を上げた。

 クルィーロが見たところ、酔客の服には呪文がなく、徽章(きしょう)もない。ここでも、酒を呑むのは力なき民だけだ。

 物販はシャッターを降ろした店が多いが、昼間閉まっていた所が開いて、営業中の総数はあまり変わらない。

 アマナが酔っ払いに怯え、兄の手を強く握った。クルィーロは小さな手を握り返して、妹をマントの中に入れる。アマナはもう一方の手でマントの端を握った。



 昼と同じ食堂「獅子屋」に案内され、みんなホッとした顔で腰を落ち着ける。

 店内はそれ程、混んでいなかった。

 テーブルの間を行き交うのは昼間の女の子たちではない。ベテランのおばさんたちで、エプロンドレスは呪文以外に装飾のない簡素なものだ。


 「クロエーニィエさん、こんばんは。珍しいね、こんな大勢で」

 「私の知り合いも居るけど、半分くらいはフィアールカに頼まれたのよ」

 給仕のおばさんは一頻(ひとしき)り感心して、てきぱき注文を取る。少年兵モーフは、メドヴェージのアドバイス通り、目を(つぶ)って迷わずメニューを指差した。

 料理を待つ間、クルィーロはあのニュースの前半を教えてもらいたかったが、何となく聞けなかった。


 ……何か、メシが不味くなりそうな気がするしなぁ。


 代わりの話題を探すが、生活絡みや呪医たちの心配など、ロクなことを思いつかない。

 クルィーロは、食事が楽しくなる話題のない自分に愕然とした。


 いつからこうなのか、思い出せない。


 家に居た頃、家族四人で食卓を囲んで何を話したか、思い出せなかった。記憶にも残らない他愛ない話で家族みんなが笑った日々が、いつの間にか、“懐かしい”と感じる程に遠い。


 不幸ではないが、特筆すべき幸福もない。

 家族揃って囲む食卓でごはんがおいしい。


 ただそれだけの「普通の日々」が失われたのは、今年の二月で、まだ一年も経たない。それなのに、クルィーロの手の届かない所へ行ってしまった。


 不安と狼狽、悲しみに息苦しくなる。

 料理の匂いに清冽な香りが混じった。


 目の前にティーカップが置かれ、クルィーロが顔を上げる。

 給仕のおばさんが、にっこり笑って説明した。

 「フィアールカさんからの注文で、夜はみなさんに香草茶を出すように言われてるんですよ。お(ひや)がよかったら、言って下さいな」

 「あ……あぁ、そうだったんですか。有難うございます」


 クルィーロは、よく眠れるようにとの運び屋フィアールカの配慮に胸が詰まり、鼻の奥がツンとした。

 カップを手に取り、そっと香りを味わう。胸の(つか)えが取れ、思わずホッと丸い息を吐く。隣のアマナと顔を見合わせ、互いに頬を緩めた。


 ……アマナが笑っててくれるんなら、別にムリして喋んなくてもいいか。


 何の話をしても、二月からの辛い記憶や、ネモラリス島に居る父に会えないもどかしさに結びつきそうで、クルィーロは何も言いたくなかった。

☆あんな目に遭った……「0469.救助の是非は」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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