表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日
51/3486

0051.蔓草の植木鉢

 アミエーラと父は、おばさんと分かれた後、無言でバラック小屋の間を歩いた。

 冬の薄日が届かぬ影に形の定かでない雑妖が(うごめ)く。

 雑妖を避けながら細い道を抜ける。雑妖も、アミエーラたちを避けて暗がりの奥へ逃げた。


 道とは言っても、単なるバラックの隙間だ。

 ただでさえ迷路のように入り組むが、住人の死亡や転居、家族の増加などで部屋や小屋が増減する。

 昨日まで通れた道が、今日は通れなくなっていることなど、日常茶飯事だ。

 新しい道や広場ができても、すぐに埋まってしまう。


 リストヴァー自治区東部は、無秩序に増殖する細胞のような街だ。

 住人でさえ、自分の住む区画と、職場などへの通路以外はわからない。

 この街に地図はなく、住人の数さえ定かでなかった。


 キルクルス教徒の為の自治区だが、住人は敬虔な信徒ばかりでもない。

 家人の信仰心の深さは、バラック小屋を見れば(おおむ)ねわかる。


 不潔で、雑妖を発生させるバラックは、住人の信仰心が薄いことが多い。

 近隣住民の信仰が(あつ)ければ、周囲にはそれ程、影響しないが、並程度ならば、その不信心に引っ張られ、辺り一帯が穢れと雑妖に沈むことさえあった。

 東教区の司祭や信者のボランティアが浄化を試みることもあるが、必ずしも上手く行く訳ではない。

 穢れを嗅ぎつけた魔物が夜闇に紛れ、その区画の住人を喰らい尽くすことも、よくある話だ。


 アミエーラの家は、信心深い人々の多い区画だった。

 道は比較的広く、二、三人が通れる所もある。

 小屋も道も、枯れ草などで作った(ほうき)で、常に掃き清められていた。


 アミエーラの家もそうだ。

 床は、飲料水や酒類の瓶を運搬する木箱。その上に板を渡して周囲をトタンで囲む。屋根にもトタンを(かぶ)せ、石などを重しや支えにしていた。一応、雨風は防げるが、嵐の時には屋根や壁を吹き飛ばされる。簡単に壊れるが、修理も簡単だ。

 バラックの奥の壁をずらし、持ち帰った土を置く。

 壁を元に戻し、後は二人で黙々と蔓草(つるくさ)を編んだ。


 蔓草は、籠や敷物などの日用品や建材として、住民の暮らしを支える。

 二人が今せっせと(こしら)えるのは、リンゴの種子を()く鉢だ。アミエーラの方が早くでき上がった。この種の作業は針仕事で慣れっこだ。

 蔓草を密に編んだ小さな籠は、拳ふたつ分くらいの大きさ。中に細い草を敷き詰めて補強する。これだけでも充分、売り物になりそうな出来栄えだ。

 実際、蔓草で作った日用品を売って、生計を立てる者も居る。


 ……戦争、すぐに終わってくれるといいのになぁ。私たちには関係ないんだし。


 そんなことをぼんやり考えながらも、手は休みなく動かす。

 種子は全部で八粒あった。ひとつくらいはちゃんと育つだろう。


 昼過ぎに八つの鉢が完成した。

 再び壁を開け、木片で土を移し替える。丁度一鉢分、土が足りなかった。もう一度、シーニー緑地へ行くには時間が遅い。


 「すまんが明日、仕事の帰りにちょっと取ってきてくれんか?」

 「うん。勿論(もちろん)

 後片付けをしながら、夕飯の用意をする。とは言え、緑地で採って来た食べられる草から、傷んだ部分を取り除くだけだ。取った部分は空の鉢に入れる。

 「これも、肥料になるからな」


 アミエーラは苦い草を噛みしめながら、今日のことを振り返った。

 土を取りに行く途中、新聞配達の少年と出会った。配り終えた号外の内容を伝える為だと言う。

 「戦争が始まった」

 告げられた号外の概要に、頭が真っ白になった。

 土を取った帰途、近所のおばさんと立ち話をした。

 お互い、絶望しか感じられない話をして分かれた。

 戦火が自治区に及べば、力なき民のアミエーラたちはひとたまりもない。


 ……魔法使いが本気出したら、こんな街、あっという間に跡形もなく消されちゃうかもしれないのに。


 本当にそうなった時はなるべく苦しまないよう、即死できることを祈る他ない。

 あの時は否定してしまったが、おばさんの言うように、湖に身投げでもした方がマシなように思えた。

☆土を取りに行く途中、新聞配達の少年と出会った……「0031.自治区民の朝」参照

☆近所のおばさんと立ち話……「0037.母の心配の種」参照


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ