0051.蔓草の植木鉢
アミエーラと父は、おばさんと分かれた後、無言でバラック小屋の間を歩いた。
冬の薄日が届かぬ影に形の定かでない雑妖が蠢く。
雑妖を避けながら細い道を抜ける。雑妖も、アミエーラたちを避けて暗がりの奥へ逃げた。
道とは言っても、単なるバラックの隙間だ。
ただでさえ迷路のように入り組むが、住人の死亡や転居、家族の増加などで部屋や小屋が増減する。
昨日まで通れた道が、今日は通れなくなっていることなど、日常茶飯事だ。
新しい道や広場ができても、すぐに埋まってしまう。
リストヴァー自治区東部は、無秩序に増殖する細胞のような街だ。
住人でさえ、自分の住む区画と、職場などへの通路以外はわからない。
この街に地図はなく、住人の数さえ定かでなかった。
キルクルス教徒の為の自治区だが、住人は敬虔な信徒ばかりでもない。
家人の信仰心の深さは、バラック小屋を見れば概ねわかる。
不潔で、雑妖を発生させるバラックは、住人の信仰心が薄いことが多い。
近隣住民の信仰が篤ければ、周囲にはそれ程、影響しないが、並程度ならば、その不信心に引っ張られ、辺り一帯が穢れと雑妖に沈むことさえあった。
東教区の司祭や信者のボランティアが浄化を試みることもあるが、必ずしも上手く行く訳ではない。
穢れを嗅ぎつけた魔物が夜闇に紛れ、その区画の住人を喰らい尽くすことも、よくある話だ。
アミエーラの家は、信心深い人々の多い区画だった。
道は比較的広く、二、三人が通れる所もある。
小屋も道も、枯れ草などで作った箒で、常に掃き清められていた。
アミエーラの家もそうだ。
床は、飲料水や酒類の瓶を運搬する木箱。その上に板を渡して周囲をトタンで囲む。屋根にもトタンを被せ、石などを重しや支えにしていた。一応、雨風は防げるが、嵐の時には屋根や壁を吹き飛ばされる。簡単に壊れるが、修理も簡単だ。
バラックの奥の壁をずらし、持ち帰った土を置く。
壁を元に戻し、後は二人で黙々と蔓草を編んだ。
蔓草は、籠や敷物などの日用品や建材として、住民の暮らしを支える。
二人が今せっせと拵えるのは、リンゴの種子を撒く鉢だ。アミエーラの方が早くでき上がった。この種の作業は針仕事で慣れっこだ。
蔓草を密に編んだ小さな籠は、拳ふたつ分くらいの大きさ。中に細い草を敷き詰めて補強する。これだけでも充分、売り物になりそうな出来栄えだ。
実際、蔓草で作った日用品を売って、生計を立てる者も居る。
……戦争、すぐに終わってくれるといいのになぁ。私たちには関係ないんだし。
そんなことをぼんやり考えながらも、手は休みなく動かす。
種子は全部で八粒あった。ひとつくらいはちゃんと育つだろう。
昼過ぎに八つの鉢が完成した。
再び壁を開け、木片で土を移し替える。丁度一鉢分、土が足りなかった。もう一度、シーニー緑地へ行くには時間が遅い。
「すまんが明日、仕事の帰りにちょっと取ってきてくれんか?」
「うん。勿論」
後片付けをしながら、夕飯の用意をする。とは言え、緑地で採って来た食べられる草から、傷んだ部分を取り除くだけだ。取った部分は空の鉢に入れる。
「これも、肥料になるからな」
アミエーラは苦い草を噛みしめながら、今日のことを振り返った。
土を取りに行く途中、新聞配達の少年と出会った。配り終えた号外の内容を伝える為だと言う。
「戦争が始まった」
告げられた号外の概要に、頭が真っ白になった。
土を取った帰途、近所のおばさんと立ち話をした。
お互い、絶望しか感じられない話をして分かれた。
戦火が自治区に及べば、力なき民のアミエーラたちはひとたまりもない。
……魔法使いが本気出したら、こんな街、あっという間に跡形もなく消されちゃうかもしれないのに。
本当にそうなった時はなるべく苦しまないよう、即死できることを祈る他ない。
あの時は否定してしまったが、おばさんの言うように、湖に身投げでもした方がマシなように思えた。




