0499.動画ニュース
ラクエウス議員とアサコール党首は、ラゾールニクの端末に“真実を探す旅人”からの連絡が来るのを待っていた。
連絡係のラゾールニクが、動画共有サイト「ユアキャスト」に魔哮砲の告発動画を公開したが、それだけでは情報の広がりが遅く不充分だ。
一気に拡散させるには、多数のフォロワーを擁する“真実を探す旅人”のSNSアカウントからの発信が必要だった。
ラゾールニクはただ座して待つことなく、新着のニュース動画を次々とチェックする。
ふと、ページを切替える若い連絡係の手が止まった。石のように動かない若者に老議員と党首が質問する。若者は、画面から目を離さずに答えた。
「アーテル軍が、ツマーンの森で魔哮砲と遭遇したって動画を公開してます」
「何ッ?」
ラゾールニクは応接室の低い卓にタブレット端末を置き、動画を再生した。撮影日時は、表示に嘘がないなら、今朝だ。
木立の間に魔哮砲と、魔獣駆除業者らしき男性が四人居る。
傍らの木々が薙ぎ倒され、林床に大穴が開いていた。爆弾によるものか、強力な術によるものか、ラクエウス議員にはわからない。
四人の背後には濃紺の壁があり、その向こうの様子は窺い知れなかった。
業者の一人が何者かに向け、血相を変えて叫ぶ。
「濃紺の大蛇だ! 刺激するでない!」
だが、警告も空しく、四人と魔哮砲に対して自動小銃による集中砲火が浴びせられた。かなり強力な護りの術を掛けたのか、誰も負傷しない。
四人は青く色付いた半透明の壁の後ろに逃げ込んだ。
「これは【真水の壁】です。赤毛の人は【飛翔する蜂角鷹】学派ですよ」
首から提げた徽章を見て、アサコール党首が説明してくれたが、キルクルス教徒のラクエウス議員には、それがどんな系統の魔法使いかわからなかった。
闇の塊は取り残され、銃弾を浴びて戸惑うが、傷を負う様子はない。四人の内、一人が何か呪文を唱え、弓を引く動作をした場面で動画が終わった。
続けて、青無地の背景に文字が映し出される。
黒い塊が、ネモラリス軍によって兵器化された魔法生物【魔哮砲】です。
魔法生物なので、ご覧頂いたように手榴弾や自動小銃の弾が直撃しても、傷ひとつ負いません。
我が軍に応戦したのは、ネモラリス正規軍の魔装兵です。
民間業者に擬装してラクリマリス領に侵入し、魔哮砲の回収を図りました。
そして、ラクリマリス領内に於いて、我が軍の兵士を殺害しました。
映像は、唯一生き延びた兵士が、勇敢にも命懸けで撮影し、持ち帰りました。
世界市民のみなさん。
三界の魔物の再来を防ぐ為、ネモラリスの邪悪な企みを阻止しましょう。
「嘘臭いなー」
動画が最後まで再生され、自動停止すると、ラゾールニクが半笑いで言った。
「何故、そう思うのだね?」
「ラクエウス先生、【飛翔する蜂角鷹】がどんな学派かご存知ありませんか?」
「いや」
「戦う為の術もありますけど、防禦と索敵の術が中心です。【飛翔する蜂角鷹】が敵兵を見逃すなんてあり得ませんから、ネモラリス軍じゃなくて、見たまんま、魔獣駆除業者かもしれませんよ」
「壁のような物は、濃紺の大蛇だと言っていましたね。この黒いのを未知の魔獣だと思って、調べていたと言うことですか」
アサコール党首が頷く。
ラゾールニクが、二人の国会議員を相手に推測を述べる。
「幾つか考えられます。まず、本当にネモラリス軍だった場合。アーテル兵が生きて帰ったことが嘘になります。動画はメールか何かに添付して、他の兵か基地へ送ったんでしょう」
二人が頷くと、連絡係の若者はタブレット端末に視線を落として続けた。
「次に、民間業者だった場合。さっきのアーテル軍のネモラリス軍がどうのってのが嘘になります」
「ふむ。この後、四人と魔哮砲がどうなったかわからんが」
ラクエウス議員は、タブレット端末をもう一度見たが、関連動画一覧があるだけで、手掛かりは得られなかった。
「アミトスチグマに駐在するラクリマリス大使とネモラリス大使に問合せたところで、答えてもらえる可能性は低いですが、聞くだけ聞いてみましょうか?」
アサコール党首がソファから腰を浮かせたのを、ラゾールニクが片手を上げて呼び止めた。
「アサコール議員、新着ニュース、もうちょっと見てみましょう。この動画が第一報のナマ情報なら、大使館や本国も情報収集に動いたハズです」
「……マスコミも動くだろうな」
ラクエウス議員が呟くと、アサコール党首は腰を降ろし、ラゾールニクの手元を見詰めた。
……まぁ、あれがラクリマリス人の民間業者だろうと我が国の兵だろうと、アーテル兵が、ラクリマリス領内で、殺害の意志を持って、人間相手に発砲した証拠にもなるのだ。
それがわからない筈はないと思うが、現にアーテル共和国側は自分たちの悪事の証拠にもなる動画で、ネモラリス共和国を一方的に批難した。
ラクエウス議員には、国際社会の批判がどちらに向けられるか、現時点では読めなかった。
ラゾールニクが、十分ばかり端末をつつくと、湖南経済新聞のニュース動画が上がってきた。
「ラクリマリス政府の緊急告知 アーテル軍、腥風樹を植える」とのタイトルにアサコール党首が息を呑んだ。
ラクリマリス政府には公式チャンネルがない為、自国に支局を置く大手のマスコミを通じて公開したのだろう。同じ動画が、通信各社の公式チャンネルにも次々と上がってきた。
「ラクエウス先生……ネーニア島に……帰れなくなったかもしれません」
アサコール党首が、喉の奥から声を絞り出した。
☆アーテル軍が、ツマーンの森で魔哮砲と遭遇……「487.森の作戦会議」「488.敵軍との交戦」「498.災厄の種蒔き」参照




