0497.協力の呼掛け
「この【魔哮砲】は、七百年余り前に作られた魔法生物です」
告発するアサコール党首の声は静かだ。
ファーキルは端末を持つ手が震えた。
ソルニャーク隊長に促され、一時停止してベッドの中央に置く。他の四人も靴を脱いでベッドに上がり、五人で小さなタブレット端末を囲んだ。
ファーキルの震える指が、動画の一時停止を解除する。
アサコール党首が、落ち着いた声で【魔哮砲】の来歴と性能を語る。
当時の研究資料には、兵器ではなく、雑妖を回収し、場を浄化する為に開発された魔法生物「清めの闇」――と、記される。
雑妖が涌きやすい闇に同化し、狭い隙間にも入れる柔軟な身体。しかも、取り込んだ雑妖を魔力に変換し、活動エネルギーにする為、使い魔の契約を結ぶ者に大きな負担が掛からない。
通常の魔法生物は、存在を維持する為、膨大な魔力を必要とする。使い魔の契約を結んで制御できる術者は、魔法使いの中でもほんの一握りだ。
画期的な発明と思われたが、大きな欠点があった。
「雑妖を食べ過ぎると、過剰に蓄積された魔力を吐き出してしまうのです」
それは【光の槍】などの攻撃魔法よりずっと強力な破壊力を持ち、広範囲を一瞬で焼払った。
ファーキルは、森の拠点で見た新聞の切抜きを思い出した。
これまで何度も、魔哮砲の迎撃でアーテル空軍の編隊が一撃の下に撃墜された。
……そう言うコトだったのか。
「ネモラリス軍は半世紀の内乱の終結直後、ネモラリス島ウーガリ山脈の遺跡から、封印されて休眠状態の魔法生物を発掘、研究し、魔力の放出を拡散から収斂まで四段階になるよう、調教しました」
「何でぇ、コイツ、兵器じゃねぇからいいじゃねぇかってのか?」
メドヴェージが口を曲げて画面を睨んだ。
動画の中では、ネモラリスの国会議員アサコールの説明が続く。
「勿論、極秘裏にです。そして、今回の戦争で初めて実戦投入されました」
「湖南経済新聞に『ネモラリス軍が兵器化した魔法生物を使役』との情報が入った未明、クレーヴェルに居た国会議員が集められ、非公式に臨時の対策会議が開かれた」
ラクエウス議員も説明に加わる。
歳がわからないくらい皺深く枯れた容貌だが、その声には張りがあり、眼には力があった。
「魔哮砲について、我々少数派が知らされたのは、この時が初めてだった。使用継続の可否を採決し、反対した議員は軍に拘束され、議員宿舎に軟禁された」
「与党の多数派も一枚岩ではなく、若手を中心に反対の声が上がりましたが、武力で鎮圧されました」
ソルニャーク隊長の視線が、画面を貫きそうな程、鋭さを増す。
ファーキルは、ラゾールニクがどんなつもりでこれの拡散を指示したのか、意図が読めなかった。
これを公開すれば、ネモラリス共和国は国際的に孤立してしまう。
……あ、でも、今、見てるってコトは、もうUPされてるってコトで、ラゾールニクさんはとっくに別ルートで拡散しに動いてるよな。
「首都クレーヴェルの議員宿舎襲撃事件は、外部のテロリストの犯行ではなく、脱出を試みた私たち魔哮砲の使用に反対した議員と、ネモラリス正規軍の武力衝突です」
「命懸けで脱出した反対派は、党派を越えて団結し、現在は国外に居る。魔哮砲が兵器ではないのは事実だが、兵器として利用しているのも、また事実だ」
アサコール党首は魔哮砲の写真を持つ手を降ろし、画面のこちら側を見詰めた。
「魔哮砲が何であるか、ネモラリスの国民は未だに知らされておりません。軍と一部の国会議員による暴挙です」
「アーテルの宣戦布告は、リストヴァー自治区の救済を建前上の理由としておったが、真の狙いはネモラリス軍に魔哮砲を実戦投入させ、魔法生物の兵器利用を白日の下に晒すことだったのだろう」
ファーキルは、国会議員の説明に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「アーテル軍は、何らかの手段で魔哮砲の存在を知り、破壊する為にミサイルまで使用しましたが、魔法生物ですから無傷で残り、使い魔の契約者が失われただけに終わりました」
「研究資料によれば、あれは基本的に大人しく、食べ過ぎた魔力を吐き出す以外に破壊の手段を持たぬ。他の魔物や魔獣に捕食されても、本体は消化されず、魔力だけが奪われるらしい」
「なんだそりゃ?」
少年兵モーフとメドヴェージが同時に首を傾げた。
端末の小さな画面で、その問いに答えるようにアサコール党首が続きを語る。
「魔力を吸収した化け物は、とてつもなく強大な魔獣になります。マスリーナ市で確認された巨大な魔獣、ラクリマリス軍の北ヴィエートフィ大橋守備隊を全滅させた魔獣は、いずれも魔哮砲を捕食した個体であると推測されます」
「今は人間同士で争っておる場合ではない」
ラクエウス議員が、画面の外側から手渡された竪琴を掻き鳴らした。
澄んだ音色にファーキルは思わず背筋が伸びた。
「共に手を取り合い、主を失い暴走中の魔哮砲を再び封じなければなりません」
アサコール党首の宣言に続いて、ラクエウス議員の竪琴が旋律を奏でた。
……あれっ? この曲……!
「なんでこの爺さん、この曲、知ってんだ?」
メドヴェージが、竪琴を奏でる老議員を食い入るように見詰める。
老議員が奏でる曲は、「すべて ひとしい ひとつの花」だった。
竪琴の余韻が消えるのを待って、動画が停止する。
……これは確かにタイトルなしで拡散しなきゃ、タイトルだけが独り歩きして、ヤバいよな。
ファーキルは、ラゾールニクがメールにタイトルと詳細を書かなかった理由がようやくわかった。
☆ミサイルまで使用……「0272.宿舎での活動」「0274.失われた兵器」「0279.悲しい誓いに」参照
☆非公式に臨時の対策会議……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照
☆議員宿舎に軟禁……「0253.中庭の独奏会」参照
☆議員宿舎襲撃事件……「0273.調理に紛れて」「0277.深夜の脱出行」参照




