0492.後悔と復讐と
ロークたち、移動販売店プラエテルミッサの一行は、運び屋フィアールカの案内で、ランテルナ島唯一で最大の街カルダフストヴォー市を歩く。
平和な時代なら、団体旅行だと思われるだろう。
先日、星の標のテロがあり、アーテル軍の地上部隊が通過したばかりで、地元民は神経を尖らせる。怪訝な顔で一行をちらりと見遣り、すぐ自分の用事に戻った。
キルクルス教原理主義団体「星の標」は、ネモラリス共和国を含む多くの国では国際テロ組織に指定されるが、アーテル共和国とラニスタ共和国では、合法的に存在する。
ロークはあの拠点で見た新聞の切抜きや、ファーキルに見せてもらったインターネットのニュースで、星の標がランテルナ島に仕掛けたテロが全くお咎めなしだと知って背筋が凍った。
ソルニャーク隊長は、リストヴァー自治区が結界で守られることを知っていて、ゼルノー市襲撃作戦では、魔法に対抗する為の呪符や魔法の道具を使った。
ロークは少し歩調を緩め、ソルニャーク隊長の背中を見詰めて歩く。
隊長は、薬師アウェッラーナと工員クルィーロとも普通に話をして、穢れた存在扱いしない。少年兵モーフと運転手メドヴェージもそうだ。
針子のアミエーラも、ニェフリート河の畔で出逢った時は、こちらを警戒して、魔法使いの二人を怖がったが、今ではすっかり慣れ、湖の民アウェッラーナとも仲良くなった。
ロークの祖父は、リストヴァー自治区の東部を不法占拠して形成されたバラック地帯には、貧しく信仰心の薄い人が多いと言っていた。
星の道義勇軍の構成員はバラック街の住人だ。実際、ソルニャーク隊長たち実動部隊は、呪符などを使う作戦をすんなり受け容れ、実行した。
自治区中央部の団地地区と西部の農村地帯は、比較的裕福な人が多く、こちらは星の標に加わる者が居る。
ロークは、彼らが撮った写真などで自治区の様子を教えられた。
密かにバラック地帯の写真や映像を撮影し、お涙頂戴路線で編集した資料を外国のキルクルス教団体に送りつけて、水面下で資金や食糧、武器などを調達した。
キルクルス教原理主義者の彼らは、信仰の緩いバラック街の住人や星の道義勇軍を快く思わない。
ロークの祖父たちは、バラック地帯の住人を「信仰心が薄い」と見下しながら、資金調達の為に利用することには躊躇しなかった。
バラック地帯の区画整理をしたい自治区の有力者たちは、以前から「バラック街には力ある民が隠れ住んでいる」との噂を少しずつ流し、星の標の下っ端構成員を煽っていた。そして、テロへの報復に見せかけて放火させた。
空気が乾燥していたことと、バラックが建て込んでいたせいで、新聞の号外で見た限り、火の回りは相当、速かったようだ。
放火の実行犯は助からなかっただろう。
拠点で読んだ新聞のスクラップでは、星の標は魔法使いへの自爆攻撃を名誉ある行為だと讃えていた。
……無差別に人を殺しまくっといて、何が名誉だ。自治区の人はみんな、同じ信仰を持つキルクルス教徒じゃないか。
信仰心の篤さで、命の軽重を決めていいものなのか。
ロークは、テロと放火を唆した祖父と両親、それを知りつつ何もしなかった自分を許せなかった。
……せめて、ヴィユノークたちにだけでも教えてれば、助かったかもしれないのに。
ロークの目は、カルダフストヴォー市の整然とした古い街並を映すが、頭の中には、ゼルノー市のまだ新しい街並が空襲で焼け落ちる様と、簡素で小さな家と暮らしが跡形もなく消えた焼跡が広がっていた。
せめて仇を討とうと、ネモラリス人有志の武闘派ゲリラに加わり、アクイロー基地襲撃作戦に参加したが、全く罪滅ぼしできた気がしない。
手榴弾でアーテル兵を爆殺して、却って罪を重ねただけだ。
……呪医の言う通りだ。復讐なんかしても、ダメなんだ。
では、どうすればいいのか。
呪医セプテントリオーは何と言ったか、ロークは記憶に霧が掛かったように思い出せなかった。
「おい、地下街に行くんじゃなかったのかよ?」
ロークは、少年兵モーフの棘のある声で、堂々巡りする暗い思考の澱みから現実に引き上げられた。
運び屋フィアールカは、一棟の古ぼけたビルの玄関ホールで立ち止まり、少年兵モーフに笑いを含んだ目を向ける。
「この建物の奥に、地下街へ降りる階段があるのよ」
「こんなとこに?」
自治区のバラック街出身の少年兵が、湖の民フィアールカを疑わしそうに見る。ソルニャーク隊長がモーフの肩に片手を置いて、首を横に振った。
「行けばわかる」
運び屋フィアールカはくるりと背を向け、廊下の奥へ向かう。
ビルの表面は色とりどりの呪文のタイルに覆われ、力ある言葉が殆どわからないロークの眼には、繊細な装飾に見えた。色にも意味があるのか、ビル全体で何かの図形を描くように見えるが、よくわからない。
ロークはみんなから少し遅れてビルに入った。
「あのコと運転手さん、それとそっちのお兄さんは、私やクロエーニィエさんの客分だって知れ渡ってるから、多分、大丈夫だけど、他のみんなはそうじゃないから、はぐれちゃダメよ」
フィアールカは狭い階段を降りながら、振り向きもせずに言った。後ろ暗い商売の人々にも、何やら掟のようなものがあるらしい。
アマナがクルィーロと繋いだ手に力を入れる。
初めて嗅ぐキツイ香辛料のような匂いに、ロークは思わず顔を顰めた。階段の両側は、呪文を刻んだ石材に挟まれ、圧迫感がある。
「今ならまだ、定食屋さんがどこか開いてると思うけど、お昼どうする?」
「宿屋さんでは、食事出ないんですか?」
レノ店長の質問にフィアールカは前を向いたまま頷いた。
「なるべく大勢泊まれて、安いとこ押さえたから」
「えーっと、じゃあ、先にお昼ご飯、お願いできますか?」
「いいわよー」
フィアールカは、レノ店長に気軽に応じた。
☆あの拠点で見た新聞の切抜き……「0261.身を守る魔法」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦……「0459.基地襲撃開始」~「0466.ゲリラの帰還」参照
☆クロエーニィエさん……「0446.職人とマント」→「0454.力の循環効率」参照




