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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日

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0050.ふたつの家族

 レノはようやく、鉄鋼公園に辿り着いた。呼吸を整えながら、園内を見渡す。

 避難者らしき人々が、グラウンドの清掃や(たきぎ)運びをする姿が点々と散らばる。児童公園は、東側の木々が焼け焦げていた。


 ……おいおい、こんなとこまで焼けたのかよ?


 震える足を園内に踏み入れた。

 グラウンドの真ん中に白っぽい服の男性が居る。胸が高鳴り、歩調が速くなる。顔がわかる距離になると、先程までの疲れを忘れて駆けだした。

 「父さん!」

 息を弾ませながら叫ぶ。父もレノに気付き、駆け寄る。

 「レノ……レノ……!」

 その先は、言葉が続かない。

 幻でないと確めるように自分より大きい息子を抱きしめる。父子は言葉もなく、互いの存在を確め合った。



 少し気持ちが落ち着き、思い出したように聞く。

 「母さんとピナとティスとクルィーロは?」

 「子供らはみんな居る。今は水汲みに行ってるんだ。アマナちゃんも一緒だ。オルラーンさんご夫婦は、お勤めで市内に居ないそうだから、無事だろう」

 レノは父の言葉に引っ掛かり、()(ただ)した。

 「母さんは?」

 答えない父の両肩を掴む。


 「母さんは?」

 レノは自分の声に驚き、口を(つぐ)んだ。自分でも思ってもみなかった程、語気が荒くなってしまった。


 父は目を伏せ、吐息と共に答えを出した。

 「……母さんは、まだ、わからん。明日の昼まで、ここで待つつもりだ」

 「見捨てるってのかッ!」

 「違う」

 父は顔を上げ、息子を見上げた。

 「湖の近くは今、立入禁止で探しに行けんのだ。役所が手配したバスで、今朝からゾーラタ区や市外の避難所へ、順番に移動してる最中だ。この公園は、明日の昼が最終便になるそうだから、ギリギリまで待つ。お前だって、こうして無事に着いたじゃないか」

 「……ごめん。責めるつもりじゃなかったんだ。父さんたちが無事でよかった」

 「あぁ、お前も、よく無事で居てくれた」


 「あ、そうだ。食べ物」

 レノは話題を変えようと、前掛けのポケットから、非常食のパックを引っ張り出した。

 「半分ずつに割ったら、みんなに行き渡るよ」

 「どこでもらったんだ?」

 「ミエーチ区の公民館。昨日、父さんたちとはぐれてから……」

 レノは、これまでの経緯を手短に語った。

 父は何度も頷き、レノの肩を抱いて苦労を(ねぎら)った。



 話し終える頃、水汲みに行った子供たちが戻ってきた。

 「お兄ちゃんッ!」

 ティスに飛びつかれた。レノは末妹の頭をわしゃわしゃ撫でて無事を喜んだ。

 「クルィーロさんが助けてくれたの」

 ポリタンクを抱えたピナが目を潤ませる。


 「クルィーロ、ありがとう!」

 レノはクルィーロの手を握り、激しく振った。

 クルィーロも、幼馴染の手をしっかり握り返して応える。

 「ウチのチビを迎えに行ったついでだし、そんな気にすんなよ。俺、一応、魔法使いだし」

 作業中の避難者が、一斉に顔を上げた。


 中年男性が(たきぎ)の束を放り出して駆け寄る。

 「兄ちゃん、今、魔法使いっつったか?」

 クルィーロが戸惑いながらも頷くと、男性は(すが)りつくような目で言った。

 「兄ちゃん、今日はもう遅いから、今夜はここに居てくれるんだよな? な? なっ?」

 「えぇ、まぁ、一応、明日の昼のバスで移動する予定ですけど……」

 男性は安堵(あんど)の余り泣き出し、涙でくしゃくしゃになりながら、苦境を語った。



 グリャージ区の住人で、近くの工場で働いていた。

 焼け出され、命からがら逃げ延びたが、家族と同僚の安否はわからない。無一文で、ジェリェーゾ区には知り合いも土地勘もない。

 他所へ行くバスは子供の居る人を優先した。

 すぐに満員になり、成人男性一人の彼は、今の今まで乗れないでいる。

 突然の不幸を涙ながらに語られたが、今、この辺りでは、ありふれた話になってしまった。



 クルィーロは()()ない思いで、男性の話に相槌を打った。

 遠方に避難しても、その先の未来が見えない。

 テロリストが短期間で一掃される保証もない。


 ……大体、何であんなに火の回りが早かったんだ? って言うか、何で魔法で消さなかったんだ?


 クルィーロはふと「消せなかった」可能性に気付き、腹の底が冷えた。

 テロリストは、自分たちが牙を剥く相手が魔法使いだと承知の上で決行した。

 半世紀の内乱当時、戦闘に加わった者はまだ存命だ。


 呪文を唱えるより、引き金を引く方が早いが、普通の銃では魔装兵の【鎧】を突破できない。

 通常兵器で闇雲に突っ込んでも、力なき民には勝ち目がない。

 逆に考えれば、勝算があるからこそ、武装蜂起を実行したとも言える。


 ……火を「消せなかった」んなら、何か、術を無効化する手段を手に入れたってコトなのか?


 クルィーロは、泣きながら話す男性の肩越しにリストヴァー自治区の方角を見たが、ジェリェーゾ区からはあまりに遠く、何もわからなかった。


 挿絵(By みてみん)

☆ミエーチ区の公民館……「0047.公園での一夜」参照

☆これまでの経緯……「0021.パン屋の息子」「0022.湖の畔を走る」「0028.運河沿いの道」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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