0050.ふたつの家族
レノはようやく、鉄鋼公園に辿り着いた。呼吸を整えながら、園内を見渡す。
避難者らしき人々が、グラウンドの清掃や薪運びをする姿が点々と散らばる。児童公園は、東側の木々が焼け焦げていた。
……おいおい、こんなとこまで焼けたのかよ?
震える足を園内に踏み入れた。
グラウンドの真ん中に白っぽい服の男性が居る。胸が高鳴り、歩調が速くなる。顔がわかる距離になると、先程までの疲れを忘れて駆けだした。
「父さん!」
息を弾ませながら叫ぶ。父もレノに気付き、駆け寄る。
「レノ……レノ……!」
その先は、言葉が続かない。
幻でないと確めるように自分より大きい息子を抱きしめる。父子は言葉もなく、互いの存在を確め合った。
少し気持ちが落ち着き、思い出したように聞く。
「母さんとピナとティスとクルィーロは?」
「子供らはみんな居る。今は水汲みに行ってるんだ。アマナちゃんも一緒だ。オルラーンさんご夫婦は、お勤めで市内に居ないそうだから、無事だろう」
レノは父の言葉に引っ掛かり、問い質した。
「母さんは?」
答えない父の両肩を掴む。
「母さんは?」
レノは自分の声に驚き、口を噤んだ。自分でも思ってもみなかった程、語気が荒くなってしまった。
父は目を伏せ、吐息と共に答えを出した。
「……母さんは、まだ、わからん。明日の昼まで、ここで待つつもりだ」
「見捨てるってのかッ!」
「違う」
父は顔を上げ、息子を見上げた。
「湖の近くは今、立入禁止で探しに行けんのだ。役所が手配したバスで、今朝からゾーラタ区や市外の避難所へ、順番に移動してる最中だ。この公園は、明日の昼が最終便になるそうだから、ギリギリまで待つ。お前だって、こうして無事に着いたじゃないか」
「……ごめん。責めるつもりじゃなかったんだ。父さんたちが無事でよかった」
「あぁ、お前も、よく無事で居てくれた」
「あ、そうだ。食べ物」
レノは話題を変えようと、前掛けのポケットから、非常食のパックを引っ張り出した。
「半分ずつに割ったら、みんなに行き渡るよ」
「どこでもらったんだ?」
「ミエーチ区の公民館。昨日、父さんたちとはぐれてから……」
レノは、これまでの経緯を手短に語った。
父は何度も頷き、レノの肩を抱いて苦労を労った。
話し終える頃、水汲みに行った子供たちが戻ってきた。
「お兄ちゃんッ!」
ティスに飛びつかれた。レノは末妹の頭をわしゃわしゃ撫でて無事を喜んだ。
「クルィーロさんが助けてくれたの」
ポリタンクを抱えたピナが目を潤ませる。
「クルィーロ、ありがとう!」
レノはクルィーロの手を握り、激しく振った。
クルィーロも、幼馴染の手をしっかり握り返して応える。
「ウチのチビを迎えに行ったついでだし、そんな気にすんなよ。俺、一応、魔法使いだし」
作業中の避難者が、一斉に顔を上げた。
中年男性が薪の束を放り出して駆け寄る。
「兄ちゃん、今、魔法使いっつったか?」
クルィーロが戸惑いながらも頷くと、男性は縋りつくような目で言った。
「兄ちゃん、今日はもう遅いから、今夜はここに居てくれるんだよな? な? なっ?」
「えぇ、まぁ、一応、明日の昼のバスで移動する予定ですけど……」
男性は安堵の余り泣き出し、涙でくしゃくしゃになりながら、苦境を語った。
グリャージ区の住人で、近くの工場で働いていた。
焼け出され、命からがら逃げ延びたが、家族と同僚の安否はわからない。無一文で、ジェリェーゾ区には知り合いも土地勘もない。
他所へ行くバスは子供の居る人を優先した。
すぐに満員になり、成人男性一人の彼は、今の今まで乗れないでいる。
突然の不幸を涙ながらに語られたが、今、この辺りでは、ありふれた話になってしまった。
クルィーロは遣る瀬ない思いで、男性の話に相槌を打った。
遠方に避難しても、その先の未来が見えない。
テロリストが短期間で一掃される保証もない。
……大体、何であんなに火の回りが早かったんだ? って言うか、何で魔法で消さなかったんだ?
クルィーロはふと「消せなかった」可能性に気付き、腹の底が冷えた。
テロリストは、自分たちが牙を剥く相手が魔法使いだと承知の上で決行した。
半世紀の内乱当時、戦闘に加わった者はまだ存命だ。
呪文を唱えるより、引き金を引く方が早いが、普通の銃では魔装兵の【鎧】を突破できない。
通常兵器で闇雲に突っ込んでも、力なき民には勝ち目がない。
逆に考えれば、勝算があるからこそ、武装蜂起を実行したとも言える。
……火を「消せなかった」んなら、何か、術を無効化する手段を手に入れたってコトなのか?
クルィーロは、泣きながら話す男性の肩越しにリストヴァー自治区の方角を見たが、ジェリェーゾ区からはあまりに遠く、何もわからなかった。
☆ミエーチ区の公民館……「0047.公園での一夜」参照
☆これまでの経緯……「0021.パン屋の息子」「0022.湖の畔を走る」「0028.運河沿いの道」参照




