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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十章 衝突

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0488.敵軍との交戦

 放物線を描いて落ちたそれが爆発し、薮と若木が吹き飛ぶ。

 アシューグが歌を中断し、忌々しげに振り返った。


 視線の先には、ガスマスクを着けた森林迷彩の者が五人。いずれも自動小銃を構える。

 今の一撃でムラークの【(さえ)の壁】は消し飛んだが、爆風を防ぎ、濃紺の大蛇(おろち)を刺激せずに済んだようだ。

 ムラーク本人は、魔法の鎧に守られて無事だが、ルベルの【索敵】の効果が切れたせいで木立を見通せず、険しい表情で視線を巡らせる。


 ……何だってこんな森の奥にアーテル兵が?


 魔物や魔獣を恐れ、アーテル兵は徒歩で森に侵入しないだろうとタカを括り、見張りを立てなかったことを悔やむ。


 「待て! これが見えぬのか! 濃紺の大蛇(おろち)だ! 刺激するでない!」

 アシューグがよく通る声で叫んだが、アーテル兵は、爆風で拓けた空間に無言で引鉄(ひきがね)を引いた。

 魔哮砲には物理攻撃が効かない。一部が虹色に染まった闇の塊は不快そうに身を揺すり、めり込んだ銃弾が、柔軟な身体に押し返されて落ち葉の上にこぼれた。


 弾がルベルたちに当たる直前で不自然に向きを変え、逸れてゆく。私服に偽装した【鎧】に施された術の効果だ。

 四人は【鎧】に守られ、爆風で青く色付いた【真水(さみず)の壁】へ向かった。散々術を使って疲労が蓄積した為、【鎧】の効力を維持できなくなった場合に備えて【壁】の後ろへ回るのだ。


 魔装兵ルベルは改めて【索敵】を唱えた。

 「十一人です」

 先程掛けた【刮目】は七日間持続する。ルベルの【索敵】の眼が薮に潜むアーテル兵の位置を三人に知らせた。残る六人は防護服姿だ。アシューグも剣を抜き、森の中を睨む。

 魔哮砲が身じろぎした。痛くはないのだろうが、不快ではあるらしい。

 弾幕を張るアーテル兵は、全員ガスマスクを被り、表情を窺い知れなかった。


 ……毒ガスを持ってるのか? いや、でも、装備がバラバラだし、何なんだ?


 「あんまり人間相手にこう言う術、使いたくないんだけどな」

 魔装兵ムラークが呪文を唱えながら、何も持たない手で弓を引く動作をする。


 「風束(かぜつか)ね 空を弓とし 矢と(つが)え 狙い(たが)わず 敵を撃つ」


 ムラークの手の中で風が収束する。引き絞られた魔力の弓から、不可視の矢が唸りを上げて放たれた。同時に三本放たれた【風の矢】が別方向へ飛び、木の幹を避けてアーテル兵の喉に突き立って消える。

 三人の兵は、倒れながらも自動小銃から手を離さず、木々の間を銃弾がでたらめに飛び交った。少し離れた場所に潜んでいた兵が、肩を押さえて(うずくま)る。跳弾が当たったらしい。


 魔装兵ムラークは、続けざまに【風の矢】を放つ。

 ものの数秒で戦力が半減したアーテル兵の生き残りは、手振りでしきりに合図を送り、ムラークに牽制射撃しながら樹木を盾に後退する。魔法の【鎧】に守られ、自動小銃の弾はムラークを避けてあらぬ方へ飛んでゆく。


 ルベルたちネモラリスの魔装兵は、今のところ無傷だ。

 四対十一でルベルたちは包囲されたが、どれだけ撃とうと、弾が当たらなければ銃などないも同然だ。


 ……これが、魔装兵と力なき民の兵の戦力差なのか。


 魔装兵ルベルは相棒ムラークの呟きの意味がわかり、何とも言えない気持ちで、薮に身を隠し木立を盾に逃げようとするアーテル兵を目で追った。

 ルベルの【索敵】を【刮目】が中継し、射手ムラークに敵兵の居場所を正確に教える。ムラークの意思と魔力で向きを変える【風の矢】の前では、太い幹も盾には成り得なかった。


 アシューグ先輩と衛生兵セカーチの剣が出るまでもない。

 最後の一人、倒木と岩の間に身を滑り込ませた防護服姿の兵が、せめてもの抵抗に手榴弾を投げた。【真水(さみず)の壁】のない場所に落下し、爆発する。その程度の爆風では、魔装兵の【鎧】はびくともせず、森に穴が穿(うが)たれただけに終わった。


 ムラークが、最後の一人に狙いを定めたまま聞く。

 「ガスマスクが、どうにも気になります。生け捕って尋問しますか?」

 「司令本部で【(ただ)しき燭台】を使うなら、死体の一部でも構わぬ」

 アシューグ先輩の一言で、アーテル兵の運命は決まった。


 彼は樹間を移動しながら、更に手榴弾を投げつけ、抵抗を試みる。ムラークの詠唱が終わると同時に木立から飛び出し、自動小銃を構える。引鉄を引く前に【風の矢】が貫き、最後の一兵は倒れた。


 「指一本とかでもいいんですよね?」

 衛生兵セカーチが抜き身を手に聞きながら、倒れたアーテル兵に近付く。

 魔哮砲は攻撃に怯えたのか、一回り小さくなって視えた。同じ場所で固まって全く動かない。


 ルベルは、何かが動く気配を感じ、振り返った。

 盾並の大きさの濃紺の鱗が、こすれ合いながら連なり動く。濃紺の大蛇(おろち)の身じろぎひとつで、森の木々が悲鳴のような軋みを上げて次々と倒れた。

 枝がへし折れ木の葉が舞い、生木の匂いが鼻を突く。隣り合う木々と絡まって倒れた木が、爆風で傷付いた木に触れた。辛うじて身を支えていた木が限界を越え、イヤな音を立てながら呆気なく(かし)ぐ。


 その先にアーテル兵と衛生兵セカーチが居た。

 危ないと声を掛ける間もなく、下敷きになる。


 「お、おいッ! 大丈夫か?」

 ルベルが駆け寄ると、生い茂った葉の下から呪文を唱える声が聞こえた。【重力遮断】だ。

 「危ないから、どいてくれ」

 「わかった」

 魔装兵ルベルが離れると、大木が辺りに葉を撒き散らしながら、一回転した。片手で木をどけたセカーチが、申し訳なさそうに言う。


 「今ので右肩と右足が折れたみたいだ」

 鎧の【耐衝撃】を越える重量だったらしい。

 アシューグ先輩が、衛生兵セカーチが切り取った中身入りの手袋を拾い上げて宣言する。


 「一旦、本部に引き揚げよう」

 縮こまっていた魔哮砲は、いつの間にか姿を消した。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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