0488.敵軍との交戦
放物線を描いて落ちたそれが爆発し、薮と若木が吹き飛ぶ。
アシューグが歌を中断し、忌々しげに振り返った。
視線の先には、ガスマスクを着けた森林迷彩の者が五人。いずれも自動小銃を構える。
今の一撃でムラークの【障の壁】は消し飛んだが、爆風を防ぎ、濃紺の大蛇を刺激せずに済んだようだ。
ムラーク本人は、魔法の鎧に守られて無事だが、ルベルの【索敵】の効果が切れたせいで木立を見通せず、険しい表情で視線を巡らせる。
……何だってこんな森の奥にアーテル兵が?
魔物や魔獣を恐れ、アーテル兵は徒歩で森に侵入しないだろうとタカを括り、見張りを立てなかったことを悔やむ。
「待て! これが見えぬのか! 濃紺の大蛇だ! 刺激するでない!」
アシューグがよく通る声で叫んだが、アーテル兵は、爆風で拓けた空間に無言で引鉄を引いた。
魔哮砲には物理攻撃が効かない。一部が虹色に染まった闇の塊は不快そうに身を揺すり、めり込んだ銃弾が、柔軟な身体に押し返されて落ち葉の上にこぼれた。
弾がルベルたちに当たる直前で不自然に向きを変え、逸れてゆく。私服に偽装した【鎧】に施された術の効果だ。
四人は【鎧】に守られ、爆風で青く色付いた【真水の壁】へ向かった。散々術を使って疲労が蓄積した為、【鎧】の効力を維持できなくなった場合に備えて【壁】の後ろへ回るのだ。
魔装兵ルベルは改めて【索敵】を唱えた。
「十一人です」
先程掛けた【刮目】は七日間持続する。ルベルの【索敵】の眼が薮に潜むアーテル兵の位置を三人に知らせた。残る六人は防護服姿だ。アシューグも剣を抜き、森の中を睨む。
魔哮砲が身じろぎした。痛くはないのだろうが、不快ではあるらしい。
弾幕を張るアーテル兵は、全員ガスマスクを被り、表情を窺い知れなかった。
……毒ガスを持ってるのか? いや、でも、装備がバラバラだし、何なんだ?
「あんまり人間相手にこう言う術、使いたくないんだけどな」
魔装兵ムラークが呪文を唱えながら、何も持たない手で弓を引く動作をする。
「風束ね 空を弓とし 矢と番え 狙い違わず 敵を撃つ」
ムラークの手の中で風が収束する。引き絞られた魔力の弓から、不可視の矢が唸りを上げて放たれた。同時に三本放たれた【風の矢】が別方向へ飛び、木の幹を避けてアーテル兵の喉に突き立って消える。
三人の兵は、倒れながらも自動小銃から手を離さず、木々の間を銃弾がでたらめに飛び交った。少し離れた場所に潜んでいた兵が、肩を押さえて蹲る。跳弾が当たったらしい。
魔装兵ムラークは、続けざまに【風の矢】を放つ。
ものの数秒で戦力が半減したアーテル兵の生き残りは、手振りでしきりに合図を送り、ムラークに牽制射撃しながら樹木を盾に後退する。魔法の【鎧】に守られ、自動小銃の弾はムラークを避けてあらぬ方へ飛んでゆく。
ルベルたちネモラリスの魔装兵は、今のところ無傷だ。
四対十一でルベルたちは包囲されたが、どれだけ撃とうと、弾が当たらなければ銃などないも同然だ。
……これが、魔装兵と力なき民の兵の戦力差なのか。
魔装兵ルベルは相棒ムラークの呟きの意味がわかり、何とも言えない気持ちで、薮に身を隠し木立を盾に逃げようとするアーテル兵を目で追った。
ルベルの【索敵】を【刮目】が中継し、射手ムラークに敵兵の居場所を正確に教える。ムラークの意思と魔力で向きを変える【風の矢】の前では、太い幹も盾には成り得なかった。
アシューグ先輩と衛生兵セカーチの剣が出るまでもない。
最後の一人、倒木と岩の間に身を滑り込ませた防護服姿の兵が、せめてもの抵抗に手榴弾を投げた。【真水の壁】のない場所に落下し、爆発する。その程度の爆風では、魔装兵の【鎧】はびくともせず、森に穴が穿たれただけに終わった。
ムラークが、最後の一人に狙いを定めたまま聞く。
「ガスマスクが、どうにも気になります。生け捕って尋問しますか?」
「司令本部で【鵠しき燭台】を使うなら、死体の一部でも構わぬ」
アシューグ先輩の一言で、アーテル兵の運命は決まった。
彼は樹間を移動しながら、更に手榴弾を投げつけ、抵抗を試みる。ムラークの詠唱が終わると同時に木立から飛び出し、自動小銃を構える。引鉄を引く前に【風の矢】が貫き、最後の一兵は倒れた。
「指一本とかでもいいんですよね?」
衛生兵セカーチが抜き身を手に聞きながら、倒れたアーテル兵に近付く。
魔哮砲は攻撃に怯えたのか、一回り小さくなって視えた。同じ場所で固まって全く動かない。
ルベルは、何かが動く気配を感じ、振り返った。
盾並の大きさの濃紺の鱗が、こすれ合いながら連なり動く。濃紺の大蛇の身じろぎひとつで、森の木々が悲鳴のような軋みを上げて次々と倒れた。
枝がへし折れ木の葉が舞い、生木の匂いが鼻を突く。隣り合う木々と絡まって倒れた木が、爆風で傷付いた木に触れた。辛うじて身を支えていた木が限界を越え、イヤな音を立てながら呆気なく傾ぐ。
その先にアーテル兵と衛生兵セカーチが居た。
危ないと声を掛ける間もなく、下敷きになる。
「お、おいッ! 大丈夫か?」
ルベルが駆け寄ると、生い茂った葉の下から呪文を唱える声が聞こえた。【重力遮断】だ。
「危ないから、どいてくれ」
「わかった」
魔装兵ルベルが離れると、大木が辺りに葉を撒き散らしながら、一回転した。片手で木をどけたセカーチが、申し訳なさそうに言う。
「今ので右肩と右足が折れたみたいだ」
鎧の【耐衝撃】を越える重量だったらしい。
アシューグ先輩が、衛生兵セカーチが切り取った中身入りの手袋を拾い上げて宣言する。
「一旦、本部に引き揚げよう」
縮こまっていた魔哮砲は、いつの間にか姿を消した。




