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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十章 衝突

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0484.我慢の終わり

 若い女性の一人が、抑えた声で努めて冷静に言う。

 「アシーナはお祭りの練習の休憩中、ずーっと誰かの悪口を楽しそうに喋ってるわよね」

 「こっちは聞きたくもないのにベラベラベラベラ」

 「明るい口調で、楽しそうな雰囲気で言っても、悪口は悪口よ」

 「みんな、場の雰囲気を悪くしたくないから、あんまり強く言わなかったけど」


 他の娘たちが次々続き、アシーナの孤立が浮き彫りになる。

 「あれは悪口じゃなくて、こう言うことがあったって言う、世間話的なアレで」


 「嘘ばっかり! そこに居ない人の悪口言って、それが本人に伝わらないとでも思ってんの?」

 「私だけじゃなくて練習に参加した子みんな、司祭様も御寮人(おりょうにん)様も、店長さんもサロートカも、他のお店の人たちもみ~んな、あんたに悪口言われてンだけど?」

 「あれが悪口じゃなくて、普通の世間話だと思ってんの、あんただけよ」

 「ホントに悪口のつもりじゃなかったって言うんなら、あなた、魂が魔物に近い根っからの悪人よ」


 司祭は、これまで積み重ねられた小さな我慢のタガが外れ、一気に不満をぶちまける女性たちを黙って見守った。

 雨は降り止まず、植えられたばかりの街路樹が、強い風に葉を散らす。時折、薄暗い礼拝堂に稲光が射し、雷鳴が腹の底に響いた。


 「みんな、魔女よりお前さんの方が、性質(タチ)悪ぃって言ってんだよ」

 アシーナは、元呑み屋の亭主を凄まじい形相で睨みつけたが、見間違いかと思う程の一瞬で、元の悲しげで誠実な表情に戻った。


 スカーフで頭部の火傷痕を隠した女性が、一息に(まく)し立てる。

 「さっきだってそうじゃない。店長さんに頼まれた仕事サボって、私たちには看病しに来たって嘘吐(ウソつ)いて、手ぶらで来たのに、ウィオラから取り上げた物を『みんなから預かったお見舞いの品です』って、言ってるコト無茶苦茶じゃないの!」

 「お見舞いを預けた人って誰と誰? その人に聞けば、あんたの言ったコトがホントかどうか証明できるし、この際ハッキリさせましょうよ」

 「みんな忙しい人ばかりだから、私に預けたのに、そんなコトで余計な手間を取らせるなんて」

 アシーナは尚も言い繕い、か弱い善人の仮面を外さない。


 クフシーンカは、杖で礼拝堂の床を打って声を張り上げた。

 「アシーナ、もう家に帰りなさい」

 「でも、こんな大雨なのに」

 「あなたがくすねた糸と端切れとボタンと、折れたと偽って売り飛ばした針も、作業をサロートカに押し付けてどこかへ行ったことも、みんな、あなたの中ではなかったことになっているのね?」

 「私、そんなコトしてません」

 アシーナは、強い口調できっぱりと否定する。その言葉も雑妖となり、一瞬、空気を濁らせて消えた。


 「私はあなたの行き先も知っているけれど、どこで何をしていたか、みんなの前で言ってもいいの?」

 「どこにも行ってません。ちゃんと仕事してました」

 「私が出した食事の不平不満から、何から何まで、私には伝わっているし、私自身、この目と耳で確かめたこともあるのよ?」

 「店長さんは、隠れてコソコソ盗み聞きするような人なんですか? 違いますよね? 根も葉もない陰口を信じちゃう人なんですか?」

 アシーナは、キツイことを言った罪悪感を煽ろうと、有りもしないクフシーンカの非をあげつらっては否定し、殊更に怯えた目で周囲に助けを求め、雇い主の発言を理不尽な言い掛かりに仕立て上げようとする。


 「私は今まで何度も、あなたの思い違いを正そうと忠告してきたつもりなのだけれど、あちこちで私の陰口を叩くだけで、ちっとも自分を省みないのね。もういいわ」

 許されたとでも思ったのか、アシーナの頬が緩む。


 司祭が小さく首を横に振った。

 静まり返り、窓を打つ雨の音に満たされた礼拝堂にクフシーンカの声が響いた。


 「アシーナ、あなたとの契約を今を限りに解除します。二度と店に来ないでちょうだい」

 「私をクビにするって言うんですか? 嘘ですよね? 証拠もないのに、泥棒呼ばわりして、根も葉もない噂や陰口を信じてクビにするんですか?」

 「証拠を出せば、あなたを警察に突き出さなければならないのよ?」

 「私、(やま)しいことなんて何もしてません。証拠があるって言うんなら、喜んで警察へ行きますよ」

 クフシーンカは、言葉の通じなさに頭が痛くなってきた。


 堂々とした物言いに、礼拝堂に居合わせた人々の何人かが、自信を失った目で司祭とクフシーンカを見る。

 何も知らなければ、アシーナが「無実の罪を着せられ、職を奪われようとしているか弱い少女」に見えてしまうのも仕方のない演技力だ。


 作業のリーダー格のおばさんが、大袈裟に溜め息を()いてみせる。

 「アシーナ、もうすぐみんなが山から降りてくるし、そんな風に雑妖を吐かれたんじゃ、おっかなくって困るんだよ。出てってくんないかい?」

 「酷い……こんな大雨の中、出てけって言うんですか?」

 アシーナが、罪もないのに教会から追い出される被害者の(てい)で、傷付いた顔をしてみせる。


 菓子屋のおかみさんがぴしゃりと言った。

 「山で作業を頑張ったみんなだってそうだよ」

 「でも、山の作業した人たちは、身体が洗えて丁度いいじゃありませんか」

 「丁度いいだって? 自分は酷い大雨だから出たくないなんて言っときながら、よくそんなコトが言えたもんだね?」

 アシーナは、菓子屋のおかみさんの厳しい視線に怯えたように顔を逸らし、か弱い自分を守ってくれとばかりに司祭に縋るような目を向けた。


 司祭が問う。

 「アシーナ、自分の口から雑妖が出てくる件について、どう思いますか?」

 「司祭様までみんなの嘘を信じるんですか? みんなの方がよっぽど酷い言葉で私を罵ってるのに」

 アシーナは本当にショックを受けたのか、稲光の中で鮮明に浮かびあがった顔は蒼白だ。


 クフシーンカは、慎重に言葉を選んで質問した。

 「アシーナ、今までどこかで雑妖を視たことがあるかしら?」

 「いいえ? ここは魔法使いが一人も居ない清浄地ですよ? そんなの居るワケないじゃないですか」

 「ホントに一回も? そんな嘘吐(ウソつ)いてどうするの?」

 「こんなコトまで疑うんですか? 時々おうちで亡くなった方の遺体から涌きますけど、星の道義勇軍のみなさんが、人目に触れる前に何とかして下さいますし」

 アシーナの声にうっすらと侮蔑が滲む。


 「あなたが言ってるのは、魔物や魔獣のことだし、魔法使いが居ても居なくても関係ないわ」

 アシーナは、クフシーンカの言葉に首を傾げた。

 司祭が説明を重ねる。

 「私の仕事のひとつは、雑妖の溜まり場を清めることです。雑妖は、不潔な場所や暗がり、死体や人の悪想念などから生じる穢れた存在で、この自治区でも毎日大量に発生しているのですよ」


 居合わせた者たちは、ひとつの答えを得てアシーナを見た。

 思い当たる節のある者たちが、あぁそう言えば、と顔を見合わせて頷き合う。


 戸惑うアシーナに司祭が告げた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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