0471.信用できぬ者
クルィーロは何とも言えない気持ちで、メドヴェージと共に三人目の負傷者を病室へ運んだ。六台のベッドは既に半分埋まる。
……こいつらも、目を覚ましたら何しでかすか。
やはり、ゲリラなんか信用できない。複雑な思いで陸の民のゲリラをベッドに横たえた。
先客が誰か気になって、最初から寝ていた一人の枕元へそっと回る。クリューヴの気弱そうな寝顔があった。
少しホッとして、メドヴェージと頷き合う。
「この気ぃ小っさそうな魔法使いと、あの湖の民の警備員は、まだ話が通じる奴でよかったな」
「そうですね」
「隊長とあの坊主も無事らしい。まずまずじゃねぇか」
「……これで、空襲が減ってくれればいいんですけどね」
正規軍の代わりにアーテルの空軍基地を潰しに行った件については、彼らを責める気にはなれない。
クルィーロは、自分のあまりにもムシのいい考えに胃が痛み、クリューヴの寝顔から目を逸らした。
かなり遅れて、葬儀屋アゴーニが入ってきた。片腕を失った男を支えて隣のベッドに座らせる。
緑髪の呪医セプテントリオーが、改めて他の患者の容態を診て回った。最後に、片腕を失くした男の前に立って宣言する。
「欠損部位が大きい為、私の【青き片翼】では復元できません」
「えっ? じゃあ、どうすりゃ」
陸の民のゲリラが、大量の出血で蒼白な顔色を更に悪くして聞く。
「呪医! 店長が大変なんだッ! すぐ来てくれッ!」
少年兵モーフが部屋に飛び込むなり、呪医の手を掴んで引っ張る。呪医セプテントリオーは、ゲリラから目を逸らしてモーフに聞いた。
「店長さんが……? どうされました?」
「朝飯どころじゃねぇ、急いでくれッ!」
モーフはロクに返事もせず、呪医を連れて行く。片腕のゲリラが、呼び止めようと勢いよく立ち上がった。途端に目眩を起こしてベッドに倒れる。湖の民の葬儀屋がゲリラの靴を脱がせ、足を引っ張ってベッドに乗せた。
「あ、そうだ。葬儀屋のおっさん、庭でオリョールさんが呼んでる」
少年兵モーフは、戸口で振り返ってそれだけ言うと、呪医の手を引いて廊下を駆けて行く。クルィーロは思わず、メドヴェージと顔を見合わせた。
さっき、クルィーロとメドヴェージ、葬儀屋アゴーニと警備員オリョールで、治療を終えても意識が戻らない負傷者をここへ運び、一旦、庭へ出のだ。
三人目は気を失ったままだが、片腕を失った男は意識を取り戻した。
「じゃ、俺、もういいよな」
オリョールが軽い調子で言って廊下の奥へ行く。葬儀屋アゴーニが、一人で片腕のゲリラに肩を貸して病室へ連れてきた。
警備員オリョールがその後、いつの間に庭へ出たのか、三人は全く気付かなかった。
「なんだありゃ?」
「庭にゃまだ嬢ちゃんたちが居たろ」
「えっ? あ、あぁ、そうでしたね」
メドヴェージに聞かれ、クルィーロは思わず頷いた。レノの身に何があったか気になるが、呪医セプテントリオーと少年兵モーフが行ったなら、多分、何とかなるだろう。
それより、庭には薬師アウェッラーナと針子のアミエーラだけでなく、アミエーラを襲ったおっさんゲリラが居る。少量とは言え、ゲリラの肺に水を流し込んでまともに動けないようにした。だが、流石に三人だけにしたのはマズい。
クルィーロは自分の迂闊さに歯噛みした。
「イヤな予感がする。行くぞ」
メドヴェージに肩を叩かれ、クルィーロは葬儀屋アゴーニと三人で庭へ走った。
薬師アウェッラーナと針子のアミエーラは無事だ。さっきと同じ花壇の縁で、膝を抱えて俯く。
「葬儀屋さーん、こっち、こっちー」
庭園のまんなかで、警備員オリョールがにこやかに手を振る。葬儀屋は数歩進んで足を止めた。
オリョールの足下に肉色の小山があった。衣服の残骸で辛うじて、アミエーラを襲ったゲリラの成れの果てだと覗えた。
女性二人は無言で俯いて動かない。
「敵は始末したから、もう大丈夫だよ」
「敵って、スパイでも入り込んでやがったのか?」
メドヴェージの問いに警備員オリョールは首を振った。
「そんな上等なモノじゃないよ。タダのケダモノだ」
肉塊は一人分にしては大きい。
オリョールは一体、何人を敵として始末したのか。
クルィーロはぞっとして、それ以上動けなかった。
葬儀屋アゴーニが、気を取り直して歩みを進める。
「あー……嬢ちゃんたち、そろそろ暑いだろ、中へ入ろう」
メドヴェージに声を掛けられ、薬師アウェッラーナが顔を上げた。震える声で呪文を唱え、壺の中身を再沸騰させる。
森からの風が香気を散らし、血腥い庭に行き渡らせた。香気では血の臭いを上書きできず、混じり合って漂う。
薬師アウェッラーナが、警備員オリョールが立つ場所から目を逸らしながら、針子のアミエーラに肩を貸して立ち上がらせた。
「えーっと……取敢えず、寝室へ行こう」
他に安全な場所を思いつかず、クルィーロは二人を促した。
食堂の前を通りかかると、呪医に香草の束を渡された。クルィーロは無言で受け取って中を覗く。
呪医セプテントリオーの他は誰も居ない。
「あの……みんなは……?」
「寝室です」
香草茶の濃密な香気が立ち込めるが、パンの焼ける匂いはなかった。
☆正規軍の代わりにアーテルの空軍基地を潰しに行った件……「0459.基地襲撃開始」~「0466.ゲリラの帰還」参照




