0469.救助の是非は
クルィーロが、合言葉で【鍵】を解除する。
ひとりでに開いた扉の前で、少年兵モーフが待ち構えていた。
「えっ、あ、お、おはよう。無事だったのか」
半分寝惚けた頭で何とか言うと、少年兵モーフは硬い表情で頷いて玄関の方へ顔を向けた。
クルィーロがアマナと手を繋いで廊下に出る。扉が閉まって庭の様子はわからなかった。
「他の連中も、何人か戻った。薬師のねーちゃんに呪医たちを手伝ってくれって言ってくれ」
「坊主、無事だったのか!」
クルィーロを押し退け、メドヴェージが満面の笑みでモーフを捕まえた。ごつい掌で、わしゃわしゃ頭を撫で回す。おっさんの目に涙が滲んだ。
「隊長さんとローク君は?」
レノたち兄妹も出てきて、緊張した面持ちで聞く。
「隊長はまだ寝てるっス。ローク兄ちゃんは起きたけど、まだボーっとしてて」
「そっか。じゃあ、取敢えず、朝ごはんにしよう」
レノがホッとした顔でトイレへ向かう。他のみんなもぞろぞろついて行った。
ゲリラが戻ったなら、一人で行動しない方がいい。クルィーロは、アマナと繋いだ手に力が入った。
順番に用を足し、数人ずつ連れ立って食堂へ向かう。
「私は治療の後で食べます」
「ん? じゃあ、俺が用心棒しよう」
薬師アウェッラーナとメドヴェージが魔法の傷薬を取りに部屋へ戻る。
クルィーロは女の子たちに順番を譲り、最後に入った。用を足し終え、【操水】で手を洗う。
廊下に悲鳴が響き渡った。
手に水を這わせたまま飛び出す。
先に出た針子のアミエーラが、壁に押し付けられていた。
「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇし、何も最後までヤろうってんじゃねぇ」
ゲリラのおっさんは言いながら、アミエーラのTシャツの裾をめくり上げた。アミエーラが悲鳴を上げ、身を捩るが、振り解けない。
「俺の女に手を出すな!」
クルィーロは頭に血が昇り、思わず口走った。力ある言葉で水塊に命じ、腕を大きく振る。コップ一杯分の水がゲリラの顔に貼り付き、鼻と口を塞いだ。おっさんの顔から下卑た笑いが消え、アミエーラから手が離れた。クルィーロに向き直って何か言おうとした口に水を流し込むと、ゲリラは膝をついて激しく咳込んだ。
クルィーロはアミエーラに駆け寄り、手首を掴んで玄関へ走った。針子は足をもつれさせながらも、何とか転ばずに駆ける。
食堂から少年兵モーフの叫びが聞こえたが、構う余裕はなかった。
二人が庭へ飛び出した瞬間、警備員オリョールが【跳躍】で帰還した。
皆が同時に息を呑む。
香草茶の香気が、一気に頭を冷やした。
オリョールは肩に一人乗せ、脇に警備員パーリトルを抱えるが、髭面のおっさんは腰から下がなかった。オリョールの手からパーリトルの死体が滑り落ちる。空いた手で、肩に担いだ警備員を支え、地面に横たえた。
「ウルトールだ」
確かに見覚えのある制服姿だが、頭がないので本当にウルトールかどうかわからない。
香草茶の効力で頭は妙に冷静だ。
状況は正確に理解できたが、クルィーロは動けなかった。
商売柄か、最初に動いたのは、葬儀屋アゴーニだ。
パーリトルの傍に座って湖の女神パニセア・ユニ・フローラに祈りを捧げ、呪文を唱える。青白い炎が遺体を包み、骨も残さず灰にする。
警備員オリョールが、灰の中からドングリ程の大きさの結晶を拾い上げた。
アゴーニは構わず、ウルトールらしき遺体も同様に処理し、【操水】で灰と地面に染み込んだ血を回収する。
「二人とも、何かあったのですか?」
呪医セプテントリオーに声を掛けられたが、クルィーロには何も言えなかった。
花壇の縁に壺が置いてあり、香草の束が見える。
その傍らに湖の民の警備員ジャーニトル、湖の民と魔力の有無が不明な陸の民が横たわる。治療を終えたばかりで意識がないらしい。
腹の動きで呼吸を確め、クルィーロは苦々しい思いで呪医セプテントリオーを見た。
……何でこんな奴らを助けるんだよ?
呪医はクルィーロとアミエーラの視線から何事か察したのか、伏し目がちに背を向け、オリョールの具合を診た。
「えぇっと、あのー……患者さん、運ぶの、手伝ってもらっても、大丈夫……ですか?」
薬師アウェッラーナが申し訳なさそうに聞く。
……癒し手の人たちにとっちゃ、悪者でも何でも、怪我してりゃ患者なんだな。
クルィーロは、割と話が通じる人物だったのを思い出し、湖の民ジャーニトルを抱き起こした。
「メドヴェージさん、足の方をお願いします。二人で運んで下さい」
薬師アウェッラーナが、ホッとした顔で指示を出す。
灰と血液の処理を終え、アゴーニが戻ってきた。オリョールと二人で陸の民のゲリラを運ぶ。
針子のアミエーラは、蒼白な顔で香草の壺の傍にしゃがんで膝を抱えた。
さっきのおっさんゲリラが、咳込みながら玄関まで歩いてきた。身体をふたつ折りにして、激しく咳込む度に水が飛び出すが、クルィーロの命令を受けた水は、すぐに鼻と口の奥へ戻る。足に力が入らなくなってきたのか、今にも倒れそうだ。
「どうされました?」
呪医と薬師が同時に声を掛け、玄関へ向かう。
クルィーロは、ジャーニトルの身体で二人の進路を塞いだ。癒し手たちが怪訝な顔で立ち止まる。足を持つメドヴェージも、何事かとクルィーロと咳込むゲリラを交互に見た。
「……悲鳴、聞こえなかったんですか?」
「いえ」
「あんなの、助けなくていいです」
玄関からよろめき出たゲリラが、水と痰の絡んだイヤな音の咳をしながら、花壇に倒れ込んだ。
「あー……まぁ、あれだ。怪我人、寝かせようや」
メドヴェージが取り成すように言う。呪医の先導で、負傷者を玄関から三番目の部屋に運んだ。
☆何も最後までヤろうってんじゃねぇ……「108.癒し手の資格」「349.呪歌癒しの風」参照




