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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

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0469.救助の是非は

 クルィーロが、合言葉で【鍵】を解除する。

 ひとりでに開いた扉の前で、少年兵モーフが待ち構えていた。


 「えっ、あ、お、おはよう。無事だったのか」

 半分寝惚(ねぼ)けた頭で何とか言うと、少年兵モーフは硬い表情で頷いて玄関の方へ顔を向けた。

 クルィーロがアマナと手を繋いで廊下に出る。扉が閉まって庭の様子はわからなかった。


 「他の連中も、何人か戻った。薬師(くすし)のねーちゃんに呪医(せんせい)たちを手伝ってくれって言ってくれ」

 「坊主、無事だったのか!」

 クルィーロを押し退()け、メドヴェージが満面の笑みでモーフを捕まえた。ごつい(てのひら)で、わしゃわしゃ頭を撫で回す。おっさんの目に涙が滲んだ。


 「隊長さんとローク君は?」

 レノたち兄妹(きょうだい)も出てきて、緊張した面持(おもも)ちで聞く。

 「隊長はまだ寝てるっス。ローク兄ちゃんは起きたけど、まだボーっとしてて」

 「そっか。じゃあ、取敢えず、朝ごはんにしよう」


 レノがホッとした顔でトイレへ向かう。他のみんなもぞろぞろついて行った。

 ゲリラが戻ったなら、一人で行動しない方がいい。クルィーロは、アマナと繋いだ手に力が入った。

 順番に用を足し、数人ずつ連れ立って食堂へ向かう。


 「私は治療の後で食べます」

 「ん? じゃあ、俺が用心棒しよう」

 薬師(くすし)アウェッラーナとメドヴェージが魔法の傷薬を取りに部屋へ戻る。

 クルィーロは女の子たちに順番を譲り、最後に入った。用を足し終え、【操水】で手を洗う。


 廊下に悲鳴が響き渡った。


 手に水を這わせたまま飛び出す。

 先に出た針子のアミエーラが、壁に押し付けられていた。


 「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇし、何も最後までヤろうってんじゃねぇ」

 ゲリラのおっさんは言いながら、アミエーラのTシャツの裾をめくり上げた。アミエーラが悲鳴を上げ、身を(よじ)るが、振り(ほど)けない。


 「俺の女に手を出すな!」

 クルィーロは頭に血が昇り、思わず口走った。力ある言葉で水塊に命じ、腕を大きく振る。コップ一杯分の水がゲリラの顔に貼り付き、鼻と口を塞いだ。おっさんの顔から下卑た笑いが消え、アミエーラから手が離れた。クルィーロに向き直って何か言おうとした口に水を流し込むと、ゲリラは膝をついて激しく咳込んだ。


 クルィーロはアミエーラに駆け寄り、手首を掴んで玄関へ走った。針子は足をもつれさせながらも、何とか転ばずに駆ける。

 食堂から少年兵モーフの叫びが聞こえたが、構う余裕はなかった。



 二人が庭へ飛び出した瞬間、警備員オリョールが【跳躍】で帰還した。


 皆が同時に息を呑む。

 香草茶の香気が、一気に頭を冷やした。


 オリョールは肩に一人乗せ、脇に警備員パーリトルを抱えるが、髭面のおっさんは腰から下がなかった。オリョールの手からパーリトルの死体が滑り落ちる。空いた手で、肩に担いだ警備員を支え、地面に横たえた。


 「ウルトールだ」

 確かに見覚えのある制服姿だが、頭がないので本当にウルトールかどうかわからない。


 香草茶の効力で頭は妙に冷静だ。

 状況は正確に理解できたが、クルィーロは動けなかった。


 商売柄か、最初に動いたのは、葬儀屋アゴーニだ。

 パーリトルの傍に座って湖の女神パニセア・ユニ・フローラに祈りを捧げ、呪文を唱える。青白い炎が遺体を包み、骨も残さず灰にする。

 警備員オリョールが、灰の中からドングリ程の大きさの結晶を拾い上げた。

 アゴーニは構わず、ウルトールらしき遺体も同様に処理し、【操水】で灰と地面に染み込んだ血を回収する。


 「二人とも、何かあったのですか?」

 呪医セプテントリオーに声を掛けられたが、クルィーロには何も言えなかった。


 花壇の縁に壺が置いてあり、香草の束が見える。

 その(かたわ)らに湖の民の警備員ジャーニトル、湖の民と魔力の有無が不明な陸の民が横たわる。治療を終えたばかりで意識がないらしい。

 腹の動きで呼吸を確め、クルィーロは苦々しい思いで呪医セプテントリオーを見た。


 ……何でこんな奴らを助けるんだよ?


 呪医はクルィーロとアミエーラの視線から何事か察したのか、伏し目がちに背を向け、オリョールの具合を診た。


 「えぇっと、あのー……患者さん、運ぶの、手伝ってもらっても、大丈夫……ですか?」

 薬師(くすし)アウェッラーナが申し訳なさそうに聞く。


 ……癒し手の人たちにとっちゃ、悪者でも何でも、怪我してりゃ患者なんだな。


 クルィーロは、割と話が通じる人物だったのを思い出し、湖の民ジャーニトルを抱き起こした。


 「メドヴェージさん、足の方をお願いします。二人で運んで下さい」

 薬師アウェッラーナが、ホッとした顔で指示を出す。

 灰と血液の処理を終え、アゴーニが戻ってきた。オリョールと二人で陸の民のゲリラを運ぶ。


 針子のアミエーラは、蒼白な顔で香草の壺の傍にしゃがんで膝を抱えた。


 さっきのおっさんゲリラが、咳込みながら玄関まで歩いてきた。身体をふたつ折りにして、激しく咳込む度に水が飛び出すが、クルィーロの命令を受けた水は、すぐに鼻と口の奥へ戻る。足に力が入らなくなってきたのか、今にも倒れそうだ。


 「どうされました?」

 呪医と薬師(くすし)が同時に声を掛け、玄関へ向かう。

 クルィーロは、ジャーニトルの身体で二人の進路を塞いだ。癒し手たちが怪訝な顔で立ち止まる。足を持つメドヴェージも、何事かとクルィーロと咳込むゲリラを交互に見た。


 「……悲鳴、聞こえなかったんですか?」

 「いえ」

 「あんなの、助けなくていいです」

 玄関からよろめき出たゲリラが、水と痰の絡んだイヤな音の咳をしながら、花壇に倒れ込んだ。


 「あー……まぁ、あれだ。怪我人、寝かせようや」

 メドヴェージが取り成すように言う。呪医の先導で、負傷者を玄関から三番目の部屋に運んだ。

☆何も最後までヤろうってんじゃねぇ……「108.癒し手の資格」「349.呪歌癒しの風」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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