0467.死地へ赴く者
モーフが何も言わない内から、隊長は首を横に振って質問を封じ、先に聞いた。
「陽動部隊は……全員、無事か?」
「わかんねぇっス。俺はオリョールさんが運んでくれて、クリューヴさんは大怪我して一人で戻って来て、今。手当て終わって部屋で寝てるっス」
「オリョールさんは?」
「俺を運んだ後、またどっか跳んだっス」
「……そうか」
ソルニャーク隊長は、険しい表情で虚空を睨んだ。
「すんません」
「いや、いい。よくぞ無事で戻った」
少なくとも、陽動部隊の力なき民が一人、魔獣に食われたらしい。
管制塔の方も、ここに戻れなかった二人は戦死したのだろう。
ソルニャーク隊長は、ゲリラの魔法使い三人に向き直った。
緑髪の警備員ジャーニトルが、言われる前から宣言する。
「パーリトルの部隊の援護に行きます。手榴弾の残りを下さい」
ソルニャーク隊長は何も言わず、湖の民ジャーニトルの空になったポケットに手榴弾を詰め、自動小銃のカートリッジを新品に替えた。
市民病院の呪医は治療に集中し、こちらにはチラリとも眼を向けない。詠唱が進むにつれ、片腕を失ったゲリラの傷から出血が止む。
力なき民のゲリラが、魔獣に食い千切られた腕を現場に置いて来てしまった、と悔やむ。
呪医は、【青き片翼】学派の術では欠損部位を生やすことはできない、と返事をして、更に別の呪文を唱える。剥き出しだった骨が肉に包まれ、上腕より先を欠いたまま傷が塞がった。
葬儀屋のおっさんが他の負傷者の傷を術で洗い、排出した水の濁りを焼き払う。
もう一人の湖の民が、傷が浅い力なき民に掌を差し出した。
「残ってたら、【魔力の水晶】もくれ。俺はもう、一人で跳ぶのがやっとだ」
「武器はもう無理だろうが、まだ、運べるぞ。まぁ、帰りはムリだろうがな」
隻腕となった力ある陸の民のゲリラが、自力で立ち上がって話の輪に加わり、疲れた声でニヤリと笑う。顔色が悪い。
力なき民のゲリラが口許を歪める。
「俺は別に片道でも構わんがな」
「私は行って欲しくありません」
湖の民の呪医が、おっさんゲリラの手首を掴んだ。
力なき民のおっさんは、呪医の手を振り解き、少年兵モーフに聞いた。
「陽動の方はどうだった? 上手く行ったのか?」
「まあまあだな。兵舎は封鎖して、アーテル兵の死体を置いてきたから、今頃、涌いてんじゃねぇか?」
「他は?」
「戦車が、東の建物に主砲ぶっ放してた」
少年兵モーフは、兵舎の最上階の窓から見たことを端的に説明した。
湖の民のゲリラが納得顔で頷く。
「あぁ、建物を守るより、魔獣の始末を優先したいんだろうな」
「よし、じゃあ、俺も行く」
おっさんゲリラが湖の民の肩を叩いて、よろしくなと笑う。魔法使い三人は頷いてみせた。
緑髪の呪医が立ち上がり、力なき民のおっさんゲリラの両肩を掴んだ。
「待って下さい。まだ、傷を塞いだだけで、失血は」
「よく知ってるよ。呪医」
「今まで何回も治してもらったからな」
ゲリラたちが口々に言い、湖の民の呪医が困惑した顔で、彼らを見回す。
「邪魔するってんなら、呪医を殺してでも行く」
おっさんゲリラが呪医の手を肩から外し、自動小銃を構える。湖の民の呪医が息を呑み、ネモラリス人有志の武闘派ゲリラを見詰める。
ゲリラたちの目は、少年兵モーフが驚く程、静かだ。
先日、ピナたちを人質にとって移動販売店のみんなを脅したゲリラの一人が鼻で笑う。
「俺たちにゃ、何にも残ってねぇんだ」
「もうちょっとで、あの基地を完全に潰せる」
「今、引き返しちまったら、すぐに体勢を立て直して空襲するぞ」
「中途半端が一番ダメなんだ」
「ですが、もう疲れ切って……今頃はもう、アーテル兵の遺体からも、別の魔獣が涌いているのでしょう?」
口々に言うゲリラに、湖の民の呪医は首を横に振り、ソルニャーク隊長に縋るような目を向けた。
隊長がクリューヴの自動小銃を拾い、無言で傍に居たゲリラに手渡す。弾丸の残数は不明だ。ゲリラは両肩に自動小銃を掛け、薄く笑って頷いた。
湖の民の呪医が何か言おうとするのを、同族のゲリラが遮る。魔法の光を受けた緑の髪が青みを帯びて輝いた。
「呪医、動けるようにしてくれてありがとよ」
「いや……でもよ、今聞いた感じじゃ、もう魔獣に任せてほっといても」
「俺はな、あいつらを一人でも多く、この手で殺してやりたいんだ」
葬儀屋のおっさんに皆まで言わせず、湖の民のゲリラが憎々しげに口を歪め、銃を持つ手に力を籠めた。緑の瞳に憎悪の炎が揺れる。
高校生のロークは狼狽し、おろおろするばかりで口もきけない。
ゲリラたちが、その手からアサルトライフルを取り、タクティカルベストから手榴弾の残り二発と弾丸カートリッジを抜き取る。
「もう充分でしょう。考え直して下さい」
市民病院の呪医がゲリラたちを見回して懇願する。腕を食い千切られたゲリラが唾を吐き捨てた。
「生きて呪文を唱えられる限り、俺は戦うのをやめねぇ」
「復讐は何も生まねぇ……なんてキレイごとで頭押さえ付けたって、憎しみも悔しさも悲しみも消えねぇンだ」
「そんなコト言って止められりゃ、余計にあいつらが憎くなるってもんよ」
「そんな」
半世紀の内乱で身内を全て失った長命人種の呪医が絶句する。彼は、一族の血の贖いを陸の民に求めなかったのか、求めたが果たせず、諦めたのか。身内の死に心が痛まない薄情者なのか。
少年兵モーフには、長命人種の魔法使いの気持ちは微塵もわからなかった。
ゲリラたちの気持ちなら、痛い程よくわかる。彼らを止める気にはなれないが、今は疲れ切って、何もする気が起きなかった。
少年兵モーフたちの陽動部隊には、魔法使いのゲリラが五人居る。
クリューヴは負傷して離脱、魔法戦士のオリョールは恐らく、アクイロー基地に戻っただろう。
オリョールと同じ【急降下する鷲】学派の術を修めた魔法戦士のウルトールと、湖の民、力ある民の三人は、少なくともこのランテルナ島の治療拠点には戻っていない。
アーテル兵か魔獣の攻撃でやられてしまったのか、作戦終了時刻を過ぎてもまだ戦っているのか、ネーニア島の拠点へ戻ったのか。
三人一緒に居るのか、別行動なのか。それすらもモーフには……いや、ここに居る誰にも確認できなかった。
「どうしても、死にに行くってのか?」
葬儀屋の悲痛な声を振り切り、少年兵モーフとソルニャーク隊長、高校生のローク、寝込んだクリューヴを置いて、武闘派ゲリラたちは再びアクイロー基地へ【跳躍】した。
置き去りにされた少年兵モーフは、ソルニャーク隊長を見たが、何も言ってくれない。彼らがアクイロー基地に戻るのを止めることもなかった。
☆ピナたちを人質にとって移動販売店のみんなを脅したゲリラ……「0360.ゲリラと難民」参照
☆半世紀の内乱で身内を全て失った長命人種の呪医……「0359.歴史の教科書」参照




