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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

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0466.ゲリラの帰還

 一瞬の浮遊感の後、目の前の景色が一変した。


 サイレンも、爆音もない。

 周囲の森で鳴く虫の音の他は静かだ。

 風に乗って木々の青臭い息吹が届く。


 警備員オリョールが、少年兵モーフを連れて【跳躍】した先は、ランテルナ島の拠点の庭園だ。窓から【灯】の青白い光が漏れ、まだ、誰か起きているらしい。


 「お……おいっ! 何で……ッ?」

 「しーッ。おっきい声出したら、みんな起きちゃうだろ」


 ここには電気がない。

 移動販売店プラエテルミッサのみんなは、夜明けと共に起き、日没後はすぐ寝る暮らしだ。

 オリョールの他は退却しなかったのか、ネーニア島の拠点に戻ったのか、少年兵モーフには確める(すべ)がない。


 「取敢えず、体洗うから、装備外して」

 「……パーリトルさんたちの部隊は?」

 「君は心配しなくていい」


 少年兵モーフが抑えた声で質問を重ねるが、魔法使いの警備員オリョールは、取りつく島もない。

 どの(みち)、力なき民のモーフ一人では、アーテル本土のアクイロー基地には行けなかった。諦めて、手榴弾の残った防弾仕様のタクティカルベストを脱ぐ。

 「持っててあげるよ」

 言われるまま、ずっしり重い装備を渡した。もう一方の手を出され、自動小銃も手渡す。


 オリョールは井戸の(かたわ)らに立ち、魔法で井戸水を起ち上げてモーフを洗う。汗と埃、硝煙と血臭が洗い流された。

 水が宙を漂い、門の外へ伸びて汚れを捨てる。モーフの装備を持ったまま水の後を追い、井戸から離れた。小声で何か呟きながら、門へ走る。


 「えっ? あッ! ちょ……ッ!」


 少年兵モーフが慌てて井戸と花壇を迂回して後を追うが、オリョールは走りながら呪文と唱えたのか、門の手前で姿を消した。

 どこへ【跳躍】したかわからない。


 ……俺が力なき民で、足手纏(あしでまと)いだから、置いてったのか?


 善意に解釈すれば、武闘派ゲリラではない子供のモーフを移動販売店の「仲間」の(もと)へ届けてくれたのだろう。

 さっきの質問は、きっとそう言うことだったのだ。

 オリョールは力ある民……それも、【急降下する(ワシ)】学派の術を修めた魔法戦士で、元々魔獣と戦う仕事をしていた。魔獣が暴れる敵軍の基地で戦うなら、モーフを足手纏いに思うのも無理はない。



 少年兵モーフは背伸びして【灯】が漏れる窓を覗いた。カーテンの隙間から辛うじて緑の頭が見える。

 市民病院の呪医と葬儀屋だ。湖の民のおっさん二人は深刻な顔で何か話し合い、庭の声には気付かなかったらしい。


 ……あ、そっか。職人の奴らが作戦、前倒しになったって知らせたからだ。


 死傷者の対応の為に起きているのだろう。

 手ぶらになった少年兵モーフは、うすら寒いくらい身軽な身体で玄関に回る。

 不意に、背後から荒い息と乱れた足音が聞えた。モーフは身構え、勢いよく振り向く。


 陽動部隊のクリューヴだ。片手で脇腹を押さえ、声もなくその場に崩れた。

 他にゲリラの姿はない。

 少年兵モーフは玄関の扉に手を掛けた。鍵は掛かっていない。玄関を入ってすぐの部屋は、戸が開けっ放しだ。


 「呪医(せんせい)! クリューヴさん、治してくれッ!」


 部屋に飛び込んだモーフの叫びで、湖の民二人が椅子を蹴って立ち上がる。三人は無言で庭に走り出た。



 市民病院の呪医が【灯】を(とも)した置物を手にしてクリューヴに駆け寄り、葬儀屋が井戸へ走った。呪医が傷の具合を確かめる間、葬儀屋のおっさんは井戸水を【操水】の術で起ち上げて、怪我人の傍へ駆け戻る。


 魔法の光に照らされたクリューヴの顔は蒼白だ。

 少年兵モーフが抱き起こし、ポケットが空になった血染めの防弾ベストを脱がす。脇腹が一掴み分くらい食い千切られていた。ベストの裏に取れた肉片が残る。


 呪医が水を受け取り、傷を洗いながら別の呪文を唱える。血染めの水がクリューヴから離れると、何事もなかったかのように傷が拭い去られた。服の破れだけが、負傷の痕跡を留める。

 水が血の汚れを吐き捨てた。葬儀屋が素早く呪文を唱え、それを焼き払う。


 「モーフ君たちだけですか?」

 「いや、俺はオリョールさんに連れて来てもらったんだけど、また、どっか跳んじまって……クリューヴさんは後から一人で」

 「ペアの人が、食われて……それで」

 クリューヴが、地面を見詰めて細い嗚咽を漏らした。


 「あぁ、いいから、いいから黙ってろ。坊主は大丈夫か?」

 葬儀屋がクリューヴの肩を叩き、少年兵モーフに顔を向ける。モーフは無言で頷き、クリューヴを立ち上がらせるのを手伝った。


 「三番目の部屋だ」

 移動販売店のトラックが逃げ込むまで、負傷したゲリラの病室にした部屋のひとつだ。クリューヴが(しき)りに「すみません」と繰り返す。その度に葬儀屋のおっさんが「いいってことよ」と笑顔で応えた。

 出血が酷く、足下が覚束(おぼつか)ない成人男性を二人掛かりでベッドに横たえ、庭へ戻った。



 「あっ! 隊長ッ!」

 少年兵モーフは、魔法の光の中にソルニャーク隊長の姿をみつけて駆け寄った。隊長も笑みを(こぼ)す。

 高校生のロークと湖の民の警備員ジャーニトル、別の湖の民と、力ある陸の民と力なき民……ソルニャーク隊長とローク、ジャーニトルは無傷だが、管制塔を破壊しに行った部隊は二人足りなかった。


 怪我人がへたり込み、無傷の者が彼らを気遣う。

 市民病院の呪医が重傷者から順に治療を始めた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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