0465.管制室の戦い
窓から突き出た魔獣の胴に戦車砲が火を吹いた。
魔獣が建物の窓に半身を突っ込んだままもがく。
アーテル軍は、基地を襲う戦車並の巨大な魔獣への攻撃に、微塵も躊躇がなかった。自軍の建物が損壊しようとお構いなしだ。
蜘蛛に似た魔獣の腹部は、金属光沢のある鱗に守られ、戦車砲の直撃に何の痛痒も感じないらしい。
管制塔の下層階の窓が内側から破られ、魔獣はそこに何かみつけたのか、滑走路の戦車や軍用車からの攻撃を完全に無視して、侵入を試みる。
巨体が仇になり、窓を壁ごともぎ取って侵入した部屋で天井と床の間に詰まったらしい。それ以上は奥へ入らず、鉤爪の付いた脚でしきりにもがいた。
アクイロー基地に残った戦車が、管制塔に詰まった魔獣に集中砲火を浴びせる。
夜の闇に砲の火が赤く焼きついた。
同型の一回り小さい魔獣は兵舎に進入し、蛇と百足を足したような長い魔獣と、四ツ眼で狼に似た灰色の魔獣も、それぞれ別の建物に入り込んでしまった。
魔法使いを含むネモラリス人ゲリラも侵入している。
アーテル軍の兵士は、魔獣とゲリラの夜襲を退ける方法を聖者キルクルスに祈った。
……魔物が飛んでて、夜間飛行なんて絶対ムリだし、管制室は誰も居ないよな?
ロークは手榴弾の残数を気にしつつ、湖の民ジャーニトルとソルニャーク隊長の後に続いて階段を駆け上がる。
二十個近く身に着けた手榴弾も残り僅かだ。その分、軽くなったが、疲れ切ったロークは汗だくで息切れが激しい。
水を飲みたかったが、そんな暇はなかった。
後ろからフル装備の武闘派ゲリラも駆け上がる。高校生のロークは、半ば追い立てられるようにふらつく足を前に出した。
轟音。
建物が揺れる度に身が竦む。踊り場の窓から、アーテル軍が自軍の管制塔に戦車砲を撃ち込むのが見えた。
「着いた」
ソルニャーク隊長が、後続のゲリラを手振りで停止させる。
管制塔の最上階は、静まり返っていた。
正面の扉は閉まっているが、フロアの灯は魔物や雑妖への対策で煌々と点る。エレベーターホールに人の姿はない。
ゲリラの半分は後方、ロークたち残りの半分は前方を警戒する。
緑髪の警備員ジャーニトルが、おっさんゲリラから新たな【魔道士の涙】を受け取り、【無尽の瓶】から水を出した。解放された水が【操水】の術で生き物のように床を這い、扉に接近する。
水が扉を這い上がり、ドアノブを揺する。扉には金属製の電卓のようなものがついていた。
「当たり前だけど、鍵が掛かってるな」
「水を入れて手探りするより【解錠】した方が早ぇ。ちょっと行ってくらぁ」
力ある民のゲリラがジャーニトルの横をすり抜け、扉に近付く。警備員ジャーニトルの操る水が彼の両脇を守った。
……電気点いてると、人が居るのか居ないのかわかんなくてヤだな。
夜は、空でも魔物や魔獣の活動が活発になる。
大抵の国の空軍や航空会社は、夜間飛行しない。それでも戦時だから、何か他の理由で管制室に兵士が詰める懸念があった。
ゲリラの詠唱が終わる。
扉が開くと同時に非常ベルが鳴り響いた。
「援護する」
ソルニャーク隊長に肩を叩かれ、ロークは硬直が解けた。ポケットから手榴弾を取り出して後に続く。
扉を開けたゲリラが逸早く部屋に手榴弾を投げ込み、エレベーターホールの壁伝いに走って扉から離れる。
一呼吸後、室内で轟音が起こった。
ソルニャーク隊長が、水に左右を守られながら管制室に飛び込み、自動小銃を乱射した。他のゲリラも後に続く。
ロークは腕時計を見た。
もうすぐ、みんなが持つ【魔除け】の呪符の効果が切れる。
そろそろ、ジャーニトルが下の階にバラ撒いたアーテル兵の死体から、魔物が湧いて受肉する頃合いだ。ぐずぐずしていては、増えた魔獣に背後から襲われてしまう。
管制室は、高校の教室みっつ分くらいの広さだ。
新聞で偶に見る民間空港の管制室とは全く様子が違う。たくさんの机が並び、その全てに航空機の操縦席のような設備があった。手前の机が吹き飛び、機器の基盤がめちゃくちゃになって煙を上げる。
続いて飛び込んだゲリラも自動小銃を撃ち、幾つも並んだ画面に弾痕が穿たれた。
人の気配はない。
どの機械を壊せば、戦闘機を飛ばせなくなるかわからないが、ロークは残りの手榴弾を次々と部屋の奥へ投げた。
力ある民のゲリラの一人が、扉の前で水の壁を広げ、警戒する。
無人とわかり、他のゲリラは発砲をやめ、手榴弾に持ち替えた。
鳴り止まない非常ベル。
同時に轟く複数の爆音。
機器の破片が飛び散る。
窓ガラスが割れ、熱風が吹き込む。
煙が流れ込み、窓際を白く染める。
吹き飛ばされた机が落下地点の機器を破壊する。
天井の照明が破壊され、室内の灯が減ってゆく。
ジャーニトルともう一人の湖の民が、手榴弾で生じた機械の破片を水に含ませ、他の機械に叩きつけた。
「あっ!……あそこ……き……! ……だ!」
鳴動する非常ベルでゲリラの声が途切れ途切れに聞こえた。
彼の指差す方を見る。ロークは、愕然として動きを停めた。
……さっき、別の建物に入ってくの見たのに?
割れた窓から、蛇と百足を混ぜたような魔獣が煙を押し分け這い込んできた。
恐らく、血の臭いと魔力を嗅ぎつけたのだろう。
「こっちもだ!」
ロークのすぐ後ろでゲリラの悲鳴が上がった。
狼に似た灰色の獣が、六本の足で管制室を素早く駆け、自動小銃の攻撃を躱す。ふたつの頭部のひとつが咆哮し、もう一方が力ある民のゲリラに喰らいついた。
双頭で六本足……狼型の魔獣は、蛇の尾で背後のゲリラを牽制する。蛇の口で毒牙がぬらりと輝いた。
軍服の切れ端を引っ掛けた別の魔獣が、何頭も水壁を突破する。水壁を作るゲリラも魔獣に襲われ、制御を失った水が床に広がった。
【急降下する鷲】学派の警備員ジャーニトルが、早口に呪文を唱え、何も持たない手で弓を引く。
その手の中に光の弓と矢が現れ、ゲリラを襲う魔獣に放たれる。光が尾を引いて飛び、狼に似た魔獣の背に突き立った。背から血が噴き出し、光の矢が消える。魔獣のふたつの頭が、食い千切った腕を吐き捨てた。ジャーニトルに向き直り、牙を剥いて低く唸る。
毛の生えた巨大な蛇が、破壊された機器と机の間で百足の脚を蠢かせ、悪夢のような速度で這い寄る。
ロークは全く動けなかった。
「撤退だ」
ソルニャーク隊長の声が、非常ベルを圧して管制室に響いた。
ゲリラたちは、残った手榴弾を魔獣に投げ、自動小銃で牽制しながら、予め決めた相棒に近付く。
手榴弾の爆風に巻かれても、蛇型の魔獣はびくともしない。破壊された操縦席群の間を縫い、負傷したゲリラに這い寄る。
緑髪のゲリラが狼型の魔獣に水で破片を叩きつけ、ロークの手首を掴んだ。魔獣が怯んだ隙を突き、早口で【跳躍】を唱える。
ジャーニトルも、ソルニャーク隊長と手を繋ぎ、同じ呪文を詠唱した。
力ある民のゲリラがエレベーターホールに走り出る。力なき民のゲリラが追い付き、【跳躍】を唱えた彼の腕にしがみつくのが見えた。




