0464.仲間を守る為
少年兵モーフは、初めて向けられた問いに頭が真っ白になった。
……何の為って?
武闘派ゲリラの活動に参加しなければ、タダでは済まさないとピナたちを人質にして脅したのは、オリョールの仲間たちだ。あの時、オリョールは部屋に居なかったが、あんな連中を束ねるのだから、きっと同類なのだろう。
戦うように仕向けたのはお前らのクセに、とモーフの目が尖る。
警備員オリョールは、少年兵の視線をまっすぐ受け止め、静かに言った。
「あいつらの恫喝を止められなかったのは悪かったよ。俺が聞きたいのは、そう言うのじゃないんだ」
「じゃあ、何だよ?」
窓の外では断続的に閃光が走り、腹の底に砲撃の音が轟く。
アーテル空軍のアクイロー基地では、まだ、ネモラリス人のゲリラと魔獣、アーテル軍の三つ巴の戦いが続く。
ソルニャーク隊長たちの部隊は半分が魔法使いだが、パーリトルの隊は十人中九人が力なき民で、その半分は訓練が不十分な新入りだ。
戦力の偏りが酷い。
陽動部隊が加勢しなければ、パーリトルの部隊が全滅するのは目に見えていた。
「君とあの隊長さんは、キルクルス教徒なんだろ?」
少年兵モーフは返事に詰まった。
移動販売店の誰かが、口を滑らせたとは思えない。キルクルス教徒の仲間だと知られたら、復讐心に燃える武闘派ゲリラに何をされるか、知れたものではなった。
モーフの沈黙に、魔法使いの警備員は小さく溜め息を吐いた。
「君みたいな子供が銃の扱いに詳しいのって、自治区の自警団か何かやってたからだろ? あの隊長さんは、君の部隊の隊長さんで」
「うん、まぁ、そんなようなモンだ」
少年兵モーフは諦めて肯定した。下手な言い訳をして、ピナたちまで疑われても困る。
力ある陸の民のオリョールは座り直し、背筋を伸ばして聞いた。
「キルクルス教徒の君たちが、フラクシヌス教徒や湖の民、魔法使いと行動を共にして、戦う理由は何だ?」
「……」
「あいつらに脅されたって、フラクシヌス教徒の女の子がどうなろうと、知ったこっちゃないハズだろ?」
「そんなコトねぇよ」
思わず反論し、モーフは自分の声にしまったと息を飲んだ。
魔法使いの警備員オリョールは、少年兵モーフの傍らの窓から外へ視線を向け、相変わらず穏やかな声で言う。
「咎めてるワケじゃないんだよ……俺たちは、呪医に何度も止められてたけど、復讐の為にゲリラ活動をやめなかった……その内、キルクルス教徒を殺すのを楽しむような輩も現れた」
「ピナたちを人質に取った奴らか」
「うん。これまでは、武器の扱いに失敗したフリで、そう言う……祖国に帰らせちゃダメな感じの人たちを、ついでに始末してたんだけど」
少年兵モーフは耳を疑った。
顔に出てしまったのだろう。警備員オリョールは苦い笑いに口許を歪めた。
「人殺しを楽しむようになっちゃ、人として終わりだよ。魔獣と変わらない」
「兄ちゃん、あんたは違うってのか?」
「どうだろうな? 俺にもその内、罰が当たると思うけど、今のところは……生きてる限り、この活動はやめないよ」
……この活動?
アーテル軍への襲撃だけを指すのではなさそうだ。
少年兵モーフが質問するより先に、魔法使いの警備員オリョールが答えを口にした。
「個人でアーテルへ復讐しに行く人……人殺しを楽しんでる連中を集めて、アーテル軍にぶつけて潰し合わせてるんだ」
老婦人シルヴァが、力ある民は勿論、力なき民でも、ネモラリス共和国の焼け跡で治安を乱す者に声を掛け、ゲリラとして拠点へ連れて来る。
アーテル軍に一矢報いてくれるなら重畳。返り討ちで死んでも、その分、祖国の治安はよくなる。
「ジャーニトルは、復讐はもうヤだって言ってるけど、正規軍が動かない分、自分の手でアーテルの戦力を削ってネモラリスを守りたいから戦ってるんだ」
……でも、やってるコトは……一緒だよな?
戦う目的が違うからと言って、それがなんだと言うのだ。
空襲に遭った街から連れて来た暴漢と行動を共にして、アーテル領内を荒らし回る。アーテル人からしてみれば、湖の民ジャーニトルと他の武闘派ゲリラには、何の違いもないだろう。
少年兵モーフの頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「君は、何の為に戦ってるんだ?」
「ピ……な、仲間を守る為だ」
「仲間? 魔法使いやフラクシヌス教徒も?」
フラクシヌス教徒の魔法使いオリョールが、面白そうに身を乗り出した。口許は微笑のままだが、目には今にもこぼれ落ちそうな涙が揺れる。
力なき民のキルクルス教徒モーフは、若い魔法戦士の涙を訝りながらも、きっぱり答えた。
「仲間だ」
「仲間なんだ?」
「みんなが俺をどう思ってるか知らねぇけど、俺の方は、そう思ってる」
オリョールが次々と質問を浴びせる。
「どうして?」
「空襲からこっち、ずっとみんなで助け合って生きてきたんだ。あん中の一人でも欠けてたら、今まで生き延びらんなかったろうな」
「小学生の女の子たちも?」
オリョールの吐息が揺れる。モーフは力強く頷いた。
「チビ二人が中心になって作った歌がなきゃ、客が来なかった。クッキーとか売りモン並のが作れるし、食える草も色々知ってた」
モーフは、移動販売店見落とされた者の一人一人が、どんな役割で、どんな風に助け合ってきたか語った。
「ピナが居なきゃ、客が寄りつかなくて商売あがったりだ。
店長が居なきゃ、まともな食いモンにありつけなかった。
メドヴェージのおっさんが居なきゃトラック動かせねぇ。
隊長が居なきゃ、運河で悪い奴らに殺されてた。
針子のねーちゃんが居なきゃ、着るモンに困ったし、薬草とか運ぶ袋もなかったし、あの橋を通れなかったかも知んねぇ」
魔法使いの警備員オリョールは、口を挟まず、一人一人の役割に頷きながら耳を傾ける。
「薬師のねーちゃんが居なきゃ、焼魚食えねぇし、怪我した奴らは死んでた。
ローク兄ちゃんが居なきゃ、缶詰食えなかったし迷子ンなって野垂れ死にだ。
工員の兄ちゃんが居なきゃ、ピナたちはもしかしたら死んでたかも知ンねぇ。
ラクリマリス人のあいつの情報がなきゃ、この作戦もっと不利だっただろ?」
モーフが、自分を除く移動販売店見落とされた者の十一人について語り終えた。力ある陸の民の警備員オリョールが、少年兵モーフが語った仲間の説明に首を傾げる。
「呪医と葬儀屋さんは、君の仲間じゃないんだ?」
「う~ん……色々助けてくれるけど、一緒に旅してねぇからかな? 仲間って感じじゃねぇな」
「二人が湖の民だから……じゃなくて?」
「ん? その理屈でいったら、薬師のねーちゃんが除けモンになるじゃねぇか」
薬師アウェッラーナは湖の民だ。見た目はピナより少し年上で、近所のねーちゃんアミエーラより年下に見えるが、半世紀の内乱中に生まれた長命人種でもある。
「あのねーちゃんは仲間だよ……俺が、ねーちゃんにどう思われてるか知ンねぇけどよ」
「本人に確かめてないんだ?」
「別にいちいち聞くこっちゃねぇだろ?」
「そうかな?」
「あのねーちゃんは、俺がキルクルス教徒だからって、除けモンにしねぇで焼魚分けてくれたんだ」
「薬師さんは、君がキルクルス教徒ってコト、知ってるんだ?」
少年兵モーフはこくりと頷いた。
……知ってるどころか……空襲じゃなくて、俺たち星の道義勇軍がねーちゃん家焼いて身内を殺したのも、全部知ってて……それでも、助けてくれたんだ。
改めて言われ、あの冬の日のことが少年兵モーフの身を刺す。苦い問いが薄い胸に込み上げた。
……何でだよ?
「わかった。じゃあ、行こう」
警備員オリョールは、腕時計に目を遣り、立ち上がった。
☆ピナたちを人質にして脅した……「0360.ゲリラと難民」「0361.ゲリラと職人」参照
☆あの橋を通れなかった……「0307.聖なる星の旗」「0308.祈りの言葉を」「0312.アーテルの門」「0313.南の門番たち」「0314.ランテルナ島」参照
☆チビ二人が中心になって作った歌……モーフは言わなかったが、その歌の動画で莫大な広告収入が入り、運び屋にラクリマリスへの【跳躍】代を払えた。「0324.助けを求める」「0325.情報を集める」「0412.運び屋と契約」参照
☆全部知ってて……それでも、助けてくれたんだ……「0011.街の被害状況」「0012.真名での遺言」「0013.星の道義勇軍」「0038.ついでに治療」「0045.美味しい焼魚」「0046.人心が荒れる」参照




