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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

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0461.管制塔の攻略

 力ある民のゲリラが、ロークの肩を掴んで【跳躍】する。

 移動先は、赤い警告灯が明滅する管制塔の足下だ。サイレンが耳を(ろう)する。

 力ある民のゲリラが、タクティカルベストのポケットから小瓶を出した。【無尽の瓶】だ。見た目の容量を遙かに上回る大量の水が、【操水】の声に応じて流れ出る。


 ロークは手榴弾を右手に握り、左手をピンに掛けた。

 別のゲリラが正面扉脇の壁に貼り付き、片手を鉄扉に添えて、ロークが聞いたことのない呪文を小声で唱える。カチリと鍵が外れる音に続いて、扉がゆっくり開いた。


 ……いち、に……ッ!


 ロークはそのゲリラと場所を代わり、通路に手榴弾を投げ込んだ。

 轟音と同時に振動が背を震わす。

 湖の民の警備員ジャーニトルが、水壁で通路を埋めた。爆風が遮られ、硝煙の匂いが水に溶けて消える。電灯の破片が水に混じり、奥の灯に輝いた。

 アーテル兵は、奥の部屋に身を隠しながら自動小銃を撃つが、激しく渦巻く水壁に遮られ、こちら側には届かなかった。


 水壁が前進する。


 ソルニャーク隊長率いる北部隊は、前方を警備員ジャーニトル、後方を力ある陸の民が建てた水壁に守られ、アクイロー基地管制塔の通路を進んだ。

 開いたままの扉には手榴弾を投げ込み、閉じた扉には力ある民のゲリラが【鍵】を掛けた。中のアーテル兵がどうなろうと、知ったことではない。


 日没後だからか、思った以上に管制塔のアーテル兵は少なかった。それも、魔法で次々と水に呑まれる。


 ……俺、別に要らないんじゃないか?


 ロークのように未熟な素人は、足手纏いになるだけだ。力ある民さえいれば、守る対象が少なくて済む分、楽なのではないかとさえ思える。


 階段に出た。

 アーテル軍の増援が来る前に駆け上がりたいが、【操水】するジャーニトルたちは足下が危うく、ゆっくりとしか昇れない。

 ロークは、アサルトライフルを握る手の汗をズボンで拭い、慎重について行く。


 案の定、二階と三階の間で挟み撃ちにされた。

 ネモラリス人の武闘派ゲリラは、踊り場で迎え撃つ。


 アーテル兵は、仲間の死体が流れる水壁に怯みながらも、発砲した。軽機関銃の弾は死体に食い込み、武闘派ゲリラには一発も当たらない。

 緑髪のジャーニトルが小さく舌打ちした。

 水が赤く濁って視界が利かない。千切れた死体が水壁の中を循環する様は、あまりにも非現実的で、悪い夢のようだ。

 警備員ジャーニトルの手の中で【魔力の水晶】が輝きを失った。ソルニャーク隊長の指示で、力なき民のゲリラが、ジャーニトルの手から魔力を放出し終えた【水晶】を取り、代わりを渡す。


 後ろの水壁は攻撃を受けておらず、水に濁りがない。死体が流れ漂う清水の向こうに恐怖と嫌悪に凍りついたアーテル兵が見えた。


 ……前に進むしかないんだよな。


 水壁自体は攻防一体だが、支える魔法使いたちの負担が大きい。


 「行くぞ」

 ソルニャーク隊長の声で、水壁が前進する。階段上に身を隠したアーテル兵が、後退しながら発砲する。

 銃で応戦しようにも、水壁に遮られるのはゲリラ側も同様だ。階段をゆっくり昇る。軍靴の音が階段を駆け上がる。赤く濁った水の先から人の気配がなくなった。


 ロークは、少しホッとして後ろを見た。

 階段下の兵は、曲がり角に身を隠しながら、発砲せずについて来る。ロークはタクティカルベストのポケットに詰めた手榴弾の重みで、自然と前屈みに姿勢を低くし、階段の壁際を昇った。



 もう少しで三階と言うところで、ソルニャーク隊長が振り向かず、無言で引き戸を開けるような動作をした。

 誰への合図なのか、とロークが肩越しに下を見る。

 後ろの水壁が、僅かに開いた。力なき民のゲリラが、その隙間にピンを抜いた手榴弾を投げ込む。数秒後、階段の上下から轟音と震動が起こった。

 ロークが驚いて見上げる。

 赤く濁った水壁が、こちら側へ大きく(たわ)んだ。水中の死体が更に損壊し、細かな肉片などが濁流を循環する。

 バランスを崩し、ロークの身体が大きく傾いた。

 思わず手を伸ばしたが、手すりには全く届かない。


 ……落ちる……!


 一瞬のことが引き延ばされ、妙にゆっくり見える。背中に何かがぶつかり、ロークは階段の上段に叩きつけられた。段にしがみつくように手をつき、振り向く。

 後ろの水壁から一条の水が伸びていた。水がしなり、鞭のようにロークの頭を叩いて水壁に戻った。


 「す……すみません」


 後ろの水壁を支えるゲリラは、さっさと行けとばかりに顎をしゃくった。上の水壁はもうずっと先へ進んだ。ロークは階段に手を突き、猫のように駆け上がった。


 緑髪のゲリラが【無尽の瓶】を開け、【操水】を唱える。湖の民の警備員ジャーニトルが頷いて、濁った水壁の左上の隅を開けた。ゲリラが操る水は、その穴から三階の廊下へするりと出て行く。

 清水が透明な蛇のように右側へ行くのを見届けると、ジャーニトルは、濁った水壁に力ある言葉で何事か命じた。

 濁流が激しく渦巻き、肉片が掻き乱される。竜巻のような水流が通路の左側へ突進した。


 ソルニャーク隊長が、濁流の影に隠れながら通路へ出る。片手に銃を構え、もう一方の手で前進の合図を送った。

 ロークは訓練通り、姿勢を低くして階段を昇り切り、廊下へ出た。ちらりと背後を見る。水壁の向こうにアーテル兵の姿は見えなかった。



 廊下の左側はエレベーターホールだ。ソルニャーク隊長が、壁の案内板を見て右を指差す。これより上の階へ行く階段やエレベーターは、建物の右側にあった。


 警備員ジャーニトルの操る濁流が、廊下の窓を叩き割った。肉片の一部を外へ捨て、残りの一部をエレベーターの前にばら撒く。

 ロークは、感覚が麻痺してしまったのか、恐怖を感じなかった。水流に翻弄されるアーテル兵だったものの残骸を見ても、全く心が動かない。


 湖の民が廊下の右側に展開した水壁を少し開け、ジャーニトルの濁流を通した。

 水流がドアノブを揺すり、廊下に金属音が響く。血と脂で濁る水が、鍵の掛かったドアの隙間から室内に侵入した。取り残された肉片が、ドアの前に降り積もる。

 アーテル兵は廊下に姿を見せないが、水壁を支えるゲリラ二人は動かない。


 微かにガラスの割れる音が聞こえた。


 ジャーニトルが小さく拳を握り、水を呼び戻す。ドアの上部を抜けて来た水は、濁りを全て捨てて透き通る。水塊はするりと【無尽の瓶】に戻った。

 湖の民の支える水が九十度旋回し、ドアが並ぶ壁面と平行になった。ジャーニトルが水を盾に奥の扉へ次々と【鍵】を掛けて行く。


 「走れ!」

 ソルニャーク隊長が片手を挙げて軽く振る。ロークたちは姿勢を低く保ち、水壁の端へ走った。通り過ぎ様、室内から悲鳴と銃声が聞こえる。


 ……来た……ッ!


 陽動部隊の召喚した魔獣が、血の臭いを嗅ぎつけて移動して来たのだ。

 ジャーニトルが【鍵】を掛けずに素通りした一番手前の扉が開いた。飛び出したアーテル兵が、湖の民が操る水塊に呑まれ、室内へ投げ込まれる。


 ロークたちは、奥のエレベーターと階段の前に着いた。

 後ろの水壁を支えるゲリラが【無尽の瓶】に水を収め、こちらへ走る。湖の民の水塊がドアを閉めた。ゲリラが駆け寄り、早口に呪文を唱えて【鍵】を掛ける。

 鉄扉が内側から激しく叩かれ、ドアノブを動かす音が虚しく響いた。


 湖の民と力ある民のゲリラは、水塊を盾にしてみんなの所へ走ってきた。力なき民のゲリラが、魔法使い三人に新しい【魔道士の涙】を渡す。

 ソルニャーク隊長の部隊は、水壁で身を守りながら、管制塔の最上階を目指し、階段を昇った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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