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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日
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0047.公園での一夜

 レノは、四時間並んでやっと、食糧の配給を受けられた。

 それも、非常用の備蓄食料一パック。堅パン一食一枚で三枚だけだ。


 ……父さんと母さんと、ピナとティス、俺。半分に割れば、みんなに行き渡るよな。


 食糧のパックを抱え、鉄鋼公園を目指す。

 配給を受けたのはミエーチ区の公民館だ。

 避難者は配給を受けた後、バスでセリェブロー区やゼルノー市外の避難所へ送られた。児童公園で一夜を明かした人々は、先に乗り込んだ。

 レノも、役人にバスで避難するよう言われたが、家族と待ち合わせているから、と断った。


 鉄鋼公園はジェリェーゾ区にある。

 レノは昨日、運河沿いを走って、ミエーチ区とゾーラタ区の区境近くまで来てしまった。ニェフリート運河は、北西で天然のニェフリート河と合流する。合流地点は、ゾーラタ、セリェブロー、ミエーチ三地区の区境だ。


 児童公園の避難者に土地勘のある人物が居た。

 その人の案内で、迷わずミエーチ区の公民館へ行けたのだ。公民館はミエーチ区の中部にあり、ジェリェーゾ区よりもスカラー区やピスチャーニク区に近い。

 すっかり遠ざかった待ち合わせ場所へ走った。


 走りながら、昨夜の恐怖を思い出す。

 居合わせた魔法使いが【簡易結界】を張ってくれた。レノは安心し、また、疲れ切っていた為、座るなり眠りに落ちた。



 どのくらい眠ったのか、ふと目が覚めた。

 誰かが小声で話すのが聞こえた。

 大気はしんしんと冷え、吐く息が月明かりに白く(こご)った。両肩と背中は他人の体温であたたかい。固く冷たい地面に直接、座り続けたせいか、腰が痛む。


 呟きに耳を傾けた。「力ある言葉」だ。内容はわからないが、レノも身近でよく耳にする響きなのでそれとわかった。

 混乱の中ではぐれた親友を思い出す。

 クルィーロは修行をサボってばかりいたが、それでも一応、魔法使いだ。


 ……あいつならきっと、逃げ切ってる。


 それより、両親と妹たちが心配だ。

 レノは今、ビニール紐で作った粗末な【簡易結界】で守られている。


 結界の外には雑妖が(ひし)めく。

 自然の陰の気や、人の負の感情などが(こご)って生じる雑多な妖魔。一匹として同じ姿のモノはなく、定まった形も成さないので、個体の境界も曖昧だ。

 この世の穢れを喰らって育つが、日の光に触れれば消えてしまう。

 儚く弱い存在だが、魔力を持たない人間にとっては、充分、脅威となり得る。


 レノは、声のする方を向いた。【簡易結界】を用意してくれた魔法使いが一心に呪文を唱える。

 その視線の先、斜め前には、雑妖とは明らかに異なるモノが揺らめき漂う。


 ……魔物だ。


 異界から迷い込んだこの世ならざるモノ。

 今、そこに居るのは存在が希薄だ。まだ、迷い出たばかりらしい。

 魔物は、この世の生物を喰らう度にこの世での存在の密度が増す。薄いモノはまだ弱いが、魔法でなければ倒せない。密度を増したモノなら、普通の武器でも倒せるようになるが、強い。


 魔法使いが、呪文の結びの言葉を唱えた。

 一瞬の閃光。

 闇に慣れた目が(くら)む。

 静寂の中、息を殺して待つ。

 再び戻った視界からは、魔物とその周囲に群がる雑妖が、最初から居なかったかのように消えていた。

 術者がホッと、息を吐く。

 周囲にも安堵が広がった。


 雑妖の群が、空いた場所をじわじわ埋める。人々の恐怖心や不安を求めて集まるのだ。

 わかっていても、なかなか平常心を保てるものではない。

 魔法使いのお蔭で、弱い魔物や雑妖からは守られても、テロリストが相手では、そうも行くまい。離れ離れになった家族や友人が心配でもある。

 他の人々も同じなのか、寝息はひとつも聞こえなかった。

 レノは夜明け前に少しまどろんだ。



 冬の朝は遅い。

 レノが寒さと雀の声で目を覚ましても、空はまだ薄暗かった。

 朝日が完全に昇るのを待つ。

 空の明るさが増すにつれ、雑妖の姿が薄くなり、光に溶けて消えた。

 「公民館へ行ってみよう。役所が避難所にしているかもしれん」

 年配の男性の発言で、人々は腰を上げた。

 移動に一時間半掛かり、配給の行列で四時間。レノが待ち合わせ場所へ向かったのは、昼を少し過ぎてからだ。


 一人になって走る道は、本当にレノ一人だった。

 人っ子一人居ない。

 昨日、どこの家にも灯が(とも)らなかったのは、停電ではなく、避難を終えたからだと改めて気付く。


 ……道理で、呼んだって誰も応えないワケだ。


 レノは誰か親切な人が泊めてくれないかと、何軒か訪ねてみたが、無駄だったのを思い返した。

 不審者として通報されて警察が来たら、それで警察署の建物に入れてもらえるとさえ思った。


 今の車道には違法駐車さえ一台もなく、時折すれ違うのは軍用車とパトカーだけだ。一台のパトカーが、すれ違い様に速度を落とし、レノを呼び止めて停車した。

 「君、早くゾーラタ区かセリェブロー区……できれば、市外に避難しなさい」

 「家族が、鉄鋼公園に避難してるんです。それで、今から合流しに……」

 「そうか。なら、気を付けて行きなさい。避難で留守になった家に、テロリストが侵入しているとの情報がある。家族と会えたら、すぐに市外へ行きなさい」

 「……わかりました。ありがとうございます」

 レノは走った。無人の街を。


 挿絵(By みてみん)

☆待ち合わせ場所/混乱の中ではぐれた親友……「0021.パン屋の息子」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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