0457.問題点と影響
大柄な武器職人が立ち上がる。何人かが気付いて口を噤んだ。
「静まれ」
三十人近い男たちの騒ぐ声を圧して、武器職人の声が部屋の空気を揺るがした。大声ではない。なのに、何故か身体の芯を殴られたように声を出せなかった。
水を打ったように静まり返った部屋に武器職人の声が響く。
「隊長さん、喋ってくれ」
「問題点と我々の作戦への影響を整理し、順に言う」
ソルニャーク隊長がみんなを見回す。武闘派ゲリラのおっさんたちは、口を閉じて隊長に注目した。立ち上がっていた数人も、そっと腰を降ろす。
「まず、問題点。アーテル軍がランテルナ島と北ヴィエートフィ大橋を経由し、ラクリマリス領へ進軍しつつある」
……ネモラリスだけじゃなくて、ラクリマリスにも喧嘩売んのかよ?
そんなことをすれば、この近くのフラクシヌス教国も黙っていないことくらい、モーフにもわかる。文字通りの意味で「アブナイ橋」を何故、敢えて渡るのか。
ゲリラのおっさんたちは何か言いたそうだが、誰も口を開かない。高校生のロークが、武器職人とソルニャーク隊長を不安そうに見た。
「アーテル政府は、国連の査察後も一貫して“魔哮砲は兵器化した魔法生物だ”と主張している。キルクルス教への狂信による主張か、何か証拠を掴んだのか、現時点では不明だ」
……証拠があるんなら、さっさと国連のエライ奴に見せるんじゃねぇか?
少年兵モーフには、ソルニャーク隊長が何故、その判断を保留するのかわからなかった。同じ信仰を持つ者のアタマが国ぐるみでおかしいと思いたくない……などと言う気分的な理由は、この隊長に限ってはあり得ない。
少年兵モーフは質問したかったが、ソルニャーク隊長の次の言葉を待った。
「アーテル軍は、遺跡などから休眠状態の魔法生物が出土した場合、大深度地下への埋設や、軍用機で運搬し、湖西地方付近の湖に投棄する他、破壊処理も行う」
……魔法じゃなきゃ、殺せねぇんじゃねぇのか?
少年兵モーフは驚いた。そもそも、ソルニャーク隊長はどうやってそんなことを知ったのか。隊長はみんなの心を読んだように説明した。
「呪医と共に整理した新聞などが情報源だが、まず、銀の武器で破壊を試み、それで殺せなかった魔法生物は、投棄や埋設処理を行うらしい」
……ん? じゃあ、戦車に銀の砲弾積んでんのか?
わざわざアーテル軍が行かなくても、ラクリマリス王国に「そこに居る」と教えてやれば、魔法使いたちが何とかしてくれそうなものだ。
少年兵モーフは、首を傾げてソルニャーク隊長の横顔を見た。隊長は、みんなの疑問符だらけの顔を見回して、話を続ける。
「ラクリマリスに処理を委ねれば、回収して使役するのではないかと懸念したのだろう。ラキュス地方全土を巻き込む全面戦争の引鉄を引いてでも、キルクルス教国の手で始末せねばならんと思ったのだろうな」
誰も、隊長の話に口を挟まない。
……武器職人のおっさんって、そんなエライ奴だったのか。
少年兵モーフは、警備員オリョールが武闘派ゲリラのリーダーだと思っていた。
後から参加したらしい大男は、今は隊長のすぐ傍の床に座り直して、話の腰を折る奴が居ないか睨みを利かす。モーフは、余程スゴイ奴なのだろうと改めて武器職人を見た。
「ランテルナ島民が揉めるのは、その全面戦争を阻止する為にアーテルの戦車を止めたい者と、波風を立てたくない者に分かれたからだろう」
……えっ? そんなモン、全面戦争なんて、全力で止めるだろ。フツー。
少年兵モーフは、高校生のロークと目が合った。同感なのか、互いに頷く。事勿れ主義では、事態を悪化させるだけだ。
武器職人が苦笑する。
「時間ねぇのにンなコトで揉めてんのか」
「アーテル軍に抵抗しても、島民の力だけでは防ぎ切れんのだろう」
ランテルナ島民は、勝ち目のない戦いに挑むことに怖気付いたのか。ソルニャーク隊長の言葉にオリョールとパーリトルが頷き、ウルトールは歯を食いしばった。
……平和ボケした腰抜けかよ。ヤル気ある奴の足、引っ張んなよな。
「恐らく、抗えば両国から攻撃対象とされ、島民が挟み撃ちにされる」
「挟み撃ち? ラクリマリス軍に加勢しても、ランテルナ島民を味方扱いしないのか?」
武器職人が、呆れた声でソルニャーク隊長に聞いた。
隊長は、にこりともせず答える。
「ネモラリスのリストヴァー自治区には、キルクルス教徒しか居ないが、アーテルのランテルナ自治区には、フラクシヌス教徒の魔法使いだけでなく、力なき民が居て、キルクルス教会もあるのだろう?」
「あっ」
「島民は一枚岩ではない。現に、陸軍への対応で揉めている。信用せよと言うのが無理な話だ」
……あの島って、そんな面倒臭ぇとこなのかよ? キルクルス教徒を本土のイイとこに移して、フラクシヌス教徒や魔法使いを強制移住させたんじゃなかったのか?
少年兵モーフは、ランテルナ島の森に隠された拠点で、呪医か他の誰かからそんな感じの話を聞いた気がしたが、だんだんわからなくなってきた。
「で、作戦への影響は?」
「早期ならば、ない」
「ぐずぐずしてたら、どんな影響が出るんだ?」
「ラクリマリス軍にも、アーテル本土に土地勘のある長命人種が居る。直接、基地を叩きに行くかも知れん」
「鉢合わせしたら、厄介だな」
武器職人は唸るように呟いて、黙った。
少年兵モーフは、ソルニャーク隊長に質問しようと口を開いた。
「……」
……喋れねぇ……!
舌が上顎にくっついて動かない。
少年兵モーフは、ゲリラたちを見回した。みんな何か言いたそうな顔でそわそわするが、何も言わない。無言で顔を見合わせ、目配せするだけだ。武器職人に一喝され、恐れをなして大人しくなったのではない。何かの魔法で、黙らされたのだ。
ソルニャーク隊長は気付いているのか、いないのか、話し続ける。
「作戦まで後二日あるが、待っていては事態が動く。そちらの準備はどうだ?」
「できていると言えばできているが、数に余裕がない。かなり厳しい作戦になるな……お前は?」
武器職人に促され、呪符職人が解き放たれたような顔で答える。
「僕の方も一応できてなくはないけど、枚数はギリギリだし、書けただけで、まだ魔力を籠められてないのがあるし」
「ラクリマリス軍が動いた後になるなら、我々は何もしない方がいい」
ソルニャーク隊長の静かな声にみんなが息を呑んだ。
……なんでだよ?
「静観して情勢を読み、作戦を練り直す」
ソルニャーク隊長の言葉で殺気が漲り、部屋の空気が肌に刺さる。武器職人は、次々と立ち上がるゲリラたちの鋭い目に頷いてみせ、宣言した。
「もう、好きに喋っていいぞ」
解放された瞬間、全てを失った男たちの声が爆発した。
「そんなに待てるかッ!」
「今すぐ行くぞッ!」
「俺の手で仇を討つんだッ!」
「邪魔する奴ぁぶっ殺してでも行くッ!」
廃ビルの一室が怒号と殺気の坩堝と化す。隊長と武器職人は、そんなゲリラたちを感情の見えない顔で眺める。
高校生のロークが、人垣を縫ってモーフの傍に来た。蒼白な顔で引き結んだ唇も白い。
……この兄ちゃん、大丈夫かよ?
殺気立ったゲリラの中に居るだけでこんなに怯える。森での訓練でも全く使い物にならなかった。
少年兵モーフの眼には、作戦に参加したところで足手纏いになるだけに見える。だが、ソルニャーク隊長は今日も、ロークを建物の攻略訓練に加えた。
鋭いホイッスルの音が、男たちの叫びを切り裂く。ゲリラたちが振り向いた。警備員オリョールが、制服の肩に紐で繋がったホイッスルを口から離す。
「決行は、今夜だ」
短く放たれた言葉で、ネモラリス人有志武闘派ゲリラの心がひとつになった。
☆ランテルナ自治区には(中略)キルクルス教会もある……「0314.ランテルナ島」参照
☆森での訓練でも全く使い物にならなかった……「0407.森の歩行訓練」参照




