0456.ゲリラの動き
今日は三十人を数組に分け、別行動をとった。
魔法戦士の警備員……オリョール、ウルトール、パーリトルは、夜明けと同時にアーテル本土へ【跳躍】して、まだ戻らない。
湖の民ジャーニトルだけが残り、廃ビルの拠点近くで、ゲリラの魔法使いたちに【操水】の術を戦いでどう使うか教える。
拠点の二階に居る少年兵モーフの耳にも、同じ呪文を唱える幾つもの声と水音が聞こえた。
少年兵モーフは、力なき民の新入りゲリラに銃の使い方と手入れを教える。
先日、老婦人シルヴァが連れて来た八人は、割と手先が器用で、銃の分解と手入れ、組立てを難なくこなした。
ソルニャーク隊長は、この北ザカート市内でまだ原形を留める廃墟を使い、前から居る力なき民のゲリラたちに建物の攻略戦を訓練する。
時々、風に乗って自動小銃の発砲音が届いた。この間、勝手に別の基地を襲撃しに行った連中が弾を補充して来たから、実弾訓練の余裕ができたのだろう。
レノ店長は、呪符職人に「頼めることがなくなったから」と断られ、ランテルナ島の拠点で居残りだ。葬儀屋アゴーニも別行動で、空襲で廃墟と化した北ザカート市の拠点には居ない。
……明後日なんだよな。
アクイロー基地襲撃作戦が目前に迫るが、少年兵モーフには何故か、みんなの空気がぬるいように思えた。
攻撃目標のアクイロー基地は、アーテル本土の北西端、ラングースト半島に位置し、ネーニア島に最も近い空軍基地だ。
ここを陥とせば、ネモラリス共和国の空襲被害を減らせる筈だが、ネモラリスの正規軍は防戦一方で、二月の開戦から一度もアーテル領に攻撃しなかった。
「なぁ、坊や。明後日、どっか大きい基地を潰しに行くんだろ?」
「俺たち、こんな暢気なことしてていいのか?」
「他のみんなと一緒にこいつを実際ぶっぱなす練習……しなくていいのか?」
新入りゲリラの焦りは当然だ。
少年兵モーフは落ち着いて、八人の大人を見回した。
元肉体労働者らしきガタイのいいのが三人、残り五人はそうでもない。年齢はまちまちで、二十代くらいの若者も居れば、五十絡みのおっさんも居た。
老婦人シルヴァや警備員オリョールがどう言い含めたのか、少年兵モーフに大人しく従う。
「一日二日やったって、修行が足ンねぇから、無理して敵を倒そうとしなくていいって隊長が言ってたッス」
「敵を倒さんでいいって……じゃあ、何すりゃいいんだ?」
初老の男が眉を顰める。
「呪文唱える間の援護射撃。今も、それ着てるだけで、重くて動き鈍いだろ?」
「あ……あぁ、まぁ、な」
「少し遅れてついてって、弾とか渡すのも任務の内ッス。魔法使いと訓練積んだ人と、現場の支援と後方支援。役割分担が大事だって隊長たちが言ってたッス」
少年兵モーフの説明に半分くらいは納得したようだが、メドヴェージと同年代くらいのおっさんは、床に拳を叩きつけた。
「俺ぁ女房子供の仇を討ちたくてあの婆さんについて来たんだ! 好きにやらせてもらう!」
「一人で飛び出したら、魔法の援護が受けらんなくて、仇討ちの前に蜂の巣に」
「それがどうした! 何の為に基地攻めに行くんだよッ!」
……このおっさん、最初から死ぬつもりで来たのかよ?
少年兵モーフは、以前の自分を見るようで、腹の底に冷たい何かが澱んだ。努めて静かな声で説明する。
「アクイロー基地を潰せば、空襲を減らせるッス。そうすりゃ、おっちゃんたちみたいに悲しい思いをする人が減るんス。親を亡くす子だって」
「でもよぉ」
「ただいま。状況が変わった。隊長さんたちを呼んで来てくれ」
振り向くと、戸口にオリョールの姿があった。無地のTシャツが汗で貼り付き、引き締まった筋肉がはっきりわかる。
いつの間にか、水音と呪文の声が止んでいた。
「状況が変わったって、何スか?」
「説明の前に、着替えさせてくれ」
少年兵モーフは渋々立ち上がり、みんなに片付けるよう言い置いて、ソルニャーク隊長を呼びに行った。
今朝、オリョールたち魔法使いの警備員三人は、怪しまれないようにアーテル人が着る「普通の服」に着替えて、首都フルスや近郊の都市へ【跳躍】した。
アーテル軍の基地や警察署から盗んだ武器には、ネモラリス人のゲリラ対策に発信機が仕込まれていた。それを外し、市場など不特定多数の人が集まる場所や、移動するバスに紛れこませて撹乱する為だ。
三人はそれぞれ別の街で、複数の発信機をあちこちに仕掛けた。
昼過ぎに作業を終え、情報提供を頼んだ支援者に会う為、ランテルナ島の街で合流した。
「南ヴィエートフィ大橋を戦車部隊が渡ってたんだ」
オリョールが、拠点に戻ったみんなに暗い顔で言った。着替えは防禦の呪文などが縫い込まれた警備会社の制服だ。
一階の一番広い部屋に移動し、レノ店長と葬儀屋アゴーニ以外、基地襲撃作戦の実行部隊と後方支援担当が集まった。
みんなは話の続きを待つ。
警備員オリョールは困った顔でみんなを見回すだけで、なかなか喋らない。後の二人、パーリトルは黒い髭を撫で、ウルトールはソルニャーク隊長に助けを求める目を向けた。隊長がウルトールに目顔で同意を示し、オリョールに質問する。
「規模と進軍の目的地、攻撃目標は何だ? 守備隊の増派か?」
「数は……十輌くらい……今は、もっと増やしてるかもしれませんけど」
「目的までは、わからんか?」
三人は何とも言えない表情で、顔を見合せた。
……何だコイツら? 返事は「わかる」か「わかんねぇ」か、どっちか一個じゃねぇか。
少年兵モーフは、魔法使いの警備員の煮え切らない態度に苛立った。武闘派ゲリラのおっさんたちも、こめかみをひくつかせながら警備員たちを注視する。苛立ちと疑問に尖った視線が三人に刺さった。三人は、互いに何やら牽制しあうだけで、何も言わない。
……わざわざ訓練中止させといてこれかよ。こちとらヒマじゃねぇんだ。
ソルニャーク隊長が別の質問をした。
「発信機の設置は、どうだったのだ?」
「あぁ、それはバレずに置いてこられましたよ」
オリョールが、話題が変わったことにホッとした顔で答えた。隊長がすかさず畳みかける。
「その後、ランテルナ島の支持者に会いに行ったのだろう? その人とは会えたのか?」
「えぇ……まぁ、一応」
「一応? 情報をもらえなかったのか?」
「戦車の件で島民が揉めてて、それどころじゃないって」
……なんだそりゃ?
少年兵モーフは、首を傾げて魔法使いの警備員たちを見る。おっさんゲリラの一人が、とうとう声を上げた。
「何で島の連中がモメるんだ」
「そんなの、俺たちに関係ねぇだろ」
「わざわざ呼び戻しといてだんまりかよ」
「さっさと言え!」
「こちとらヒマじゃねぇんだ!」
「作戦は明後日なんだぞ!」
一人の声からバケツの水のように不満が溢れた。何人かが腰を浮かす。
三人は、ゲリラの罵声には怯まなかった。警備員オリョールが表情を引き締め、ソルニャーク隊長に報告する。
「支援者の話じゃ、アーテル軍の行き先は、ネーニア島南東部、モースト市近郊の森。攻撃目標は、魔哮砲だそうです」
部屋の空気が凍りついた。
一呼吸置いて質問と怒号が飛び交い、誰が何を言うかわからない騒ぎが始まる。少年兵モーフは、ソルニャーク隊長の隣へ移動し、耳元に口を寄せた。
「何か、色々ワケわかんねぇんスけど……?」
ソルニャーク隊長は、ゲリラたちに向けた目を伏せ、小さく首を振った。
☆ゲリラ対策に発信機が仕込まれていた……「0269.失われた拠点」「0367.廃墟の拠点で」「0389.発信機を発見」参照




