表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

464/3505

0455.正規軍の動き

 「遅くなってすみませーん」

 ファーキルの声と同時に魔法の道具屋“郭公(カッコウ)の巣”の扉が開いた。

 中学生の少年に続いて、呪医セプテントリオーも入って来る。さっきの店に居た湖の民の女性とラゾールニクも入り、狭い店内が人でいっぱいになる。


 「俺のコトは気にしないでいいから」

 ラゾールニクは扉を閉めると、その横の壁に背を預けた。後の三人が会釈して、空いた椅子に腰を降ろす。

 中央の席に座った湖の民の女性が、ファーキルのものと似たようなタブレット端末をカウンターに置いた。


 「あ、そうだ。クルィーロ君」

 女性が喋ろうとした直前、ラゾールニクが割り込んだ。彼女はちょっとムッとしたが、緑の髪を掻き上げると、何も言わずに端末を操作した。

 突然、名指しされて気マズいクルィーロは、何の用か(いぶか)りながら、ラゾールニクに顔を向け、首を傾げてみせた。

 「妹さんたちに『二人共無事で、用が済んだら呪医(せんせい)たちと一緒に帰る』って伝えといたから、心配しなくていいよ」

 クルィーロは、思いもよらない親切にぎこちなく礼を言った。


 湖の民の女性が、タブレット端末をクロエーニィエ店長に向ける。

 「アーテルの陸軍が動いたわ。目標はネーニア島。モースト市近郊、ツマーンの森の中」

 「何ですって?」

 クロエーニィエが野太い声を裏返らせ、カウンターに身を乗り出す。


 女性の端末で、戦車部隊が南ヴィエートフィ大橋を渡る映像が流れる。大橋の向こうに島影が霞んで見えた。アーテル本土側から撮影されたものだ。警察官らしき制服姿の人々が、一般車両を規制して戦車を優先させる。

 クルィーロは画面右上の表示に気付いた。赤い太字で共通語の「LIVE」とある。他のみんなも身を乗り出し、女性の端末に釘付けだ。

 壁際に立つラゾールニクだけが動かず、そんなみんなを眺める。


 「魔哮砲をみつけたんですって」

 「何で……そんなとこに……?」

 クルィーロは絶句した。

 ネモラリス軍の新兵器……空襲後、ネーニア島西部の湖上に配備され、アーテル軍の戦闘機を(ことごと)く撃墜した。その威力と正確性のせいか、「魔法生物の兵器利用だ」といちゃもんを付けられ、国連の査察まで入った。曰くつきの兵器だ。


 そんな物が何故、ネーニア島のラクリマリス王国領にあるのか。


 クルィーロには全くワケがわからず、隣に座る湖の民の女性を見た。

 「郭公(カッコウ)の店長さん、島のみんなを集めたって戦車なんて止められないし、このまま通すけど、いいわよね」

 質問ではなく、単なる確認だ。

 魔法の道具屋“郭公の巣”の店内に重苦しい沈黙が降りる。


 店主クロエーニィエは太い眉を寄せ、歯を食いしばって目を閉じた。苦悩に歪む面に脂汗が滲む。

 長命人種の店主は、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代は騎士だった。戦車部隊の「通過」か「阻止」の選択の結果が、クルィーロよりずっと具体的に想像できるのだろう。


 「……確かに、どっちに転んでも、ロクなコトになんないわね」

 「でしょ? 島のみんなを守るには、黙って通すしかないのよ」

 「でも、やっぱり……ランテルナ自治区が、星の(しるべ)から反乱分子呼ばわりされてテロ攻撃受けるのなんて、いつものコトじゃない。だから、いつも通りに」

 「今回は、爆弾を手作りしてるテロ組織じゃなくて、アーテルの正規軍が来るのよ」

 湖の民の女性が、渋るクロエーニィエに言い聞かせる。元騎士は、元軍医のセプテントリオーに助けを求める目を向けた。


 一番奥の席に座った呪医セプテントリオーは、緑の瞳で元騎士を見詰め、静かな声で事実を述べる。

 「フィアールカさんの言う通りです。アーテル軍は、この三十年で飛躍的に軍事力を拡大しています。数カ月前には、ネモラリス軍の防空艦を一撃で沈めました。半世紀の内乱のようにはゆきません」

 「ウソでしょ? 呪医(せんせい)……防空艦には何重も魔法防禦が」

 「ミサイルと言う兵器を使ったそうです。同じ物を街に撃ち込まれれば、ひとたまりもないでしょう」

 湖の民の女性フィアールカが、クルィーロの隣で何度も頷く。


 「ラクリマリス領に戦車で乗り込んだら、戦争になりますよね? そしたら、近所の国は、ラクリマリスに加勢しますよね?」

 クルィーロは、夜の河を徒歩で渡るような思いで聞いた。

 ラクリマリス軍や周辺諸国の魔装兵なら、魔法で隠された別荘にも容易く侵入できる。戦争中、アーテル領内に居る者が見逃してもらえるとは思えなかった。


 ……こんなコトなら、もっと早くに【跳躍】を練習しときゃよかった。


 練習したところで、帰る場所はどうせ焼け跡だと思い、後回しにしてしまった。胸の奥を後悔が焼き焦がす。


 「アーテル軍がどんだけスゲー兵器持ってても、魔法じゃねぇんだ。戦車の連中が森のバケモンに食われて、戦争になる前に終わるんじゃねぇのか?」

 「戦車でラクリマリス領に乗り込んだ事実は消えないでしょ」

 「ホントにミサイルとか言うので防空艦を沈めたんなら、ラクリマリスの街だって危ないじゃない」

 フィアールカとクロエーニィエは、メドヴェージの楽観的な言葉を理路整然と否定した。


 クルィーロは、アーテル軍のミサイル所持に驚いた。

 ネモラリス共和国には、まだ復興途上の地域が残る。アーテルが短期間で、最新鋭の兵器に予算を()ぎ込める水準まで復興したのがよくわからなかった。


 ミサイルの射程は不明だが、北ザカート市沖に投錨した防空艦に届くなら、その手前のモールニヤ市やドーシチ市にも届く。親切にしてくれたラクリマリス人たちの顔が次々と浮かび、クルィーロは歯を食いしばった。



 「ねぇ、坊やたち」

 緑髪のフィアールカが、左右に座るファーキルとクルィーロを交互に見る。二人は何を言われるのかと身構えた。


 「トラックを諦めるんなら、すぐにでもラクリマリスに【跳躍】してあげられるけど、どうする?」

 「おいおい、それじゃ、その後すぐに野垂れ死ぬかもしんねぇんだぞ?」

 トラック運転手のメドヴェージが、真っ先に反対する。それに、あのイベントトラックは借り物だ。ネモラリス国営放送に返さなければ、一生、火事場泥棒として後悔するだろう。


 湖の民の女性フィアールカは鼻で笑った。

 「そんなの、アーテルとラクリマリスの戦争に巻き込まれたら、一緒じゃない。今ならまだ、王都からネモラリス島行きの船便があるのよ」

 「あ、あの……フィアールカさん」

 湖の民の女性が、左隣のファーキルに顔を向ける。


 「俺たちだけじゃ決められないんで、一回帰って、みんなと相談させて下さい」

 「私は別にいいけど、ぐずぐずしてたら、船がなくなるかもしれないから、さっさと決めるのよ。ゲンティウスには私から言っとくから」

 湖の民の魔女フィアールカとファーキルが同時に席を立つ。壁にもたれたラゾールニクが扉を開け、クルィーロたちも腰を上げた。


 「どの(みち)、今からじゃ間に合わないのよね」

 クロエーニィエが両手で顔を覆ったが、クルィーロには掛ける言葉がみつからなかった。

☆ネーニア島西部の湖上に配備……「0154.【遠望】の術」「0157.新兵器の外観」参照

☆「魔法生物の兵器利用だ」といちゃもん……「0203.外国の報道は」「0241.未明の議場で」参照

☆国連の査察……「0248.継続か廃止か」「0269.失われた拠点」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ