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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

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0451.聖歌アレンジ

 ラゾールニクが【跳躍】で去った後、少し空気が軽くなった。

 強い魔獣が居ないとはいえ、メドヴェージは力なき民で、クルィーロには戦いの心得がない。アミエーラたちの不安が完全になくなる訳ではなかった。


 ……伝わったら、呪医(せんせい)たち、少し早めに切り上げて帰り途で捜してくれるかもしれない。



 「あれっ? みんな、どうしたんだ?」

 レノ店長が、魔法薬作りに使う部屋から出て来た。エランティスが説明すると、店長も少し表情を緩めた。

 「で、お兄ちゃん、お薬できたの?」

 「材料がなくなったから、俺の作業は終わり。アウェッラーナさんは、まだ続きの作業してるよ」

 「ふーん」

 エランティスは、兄のレノ店長にそれだけ聞いて黙った。


 クルィーロとメドヴェージが薬草を持ち帰らなければ、明日からアウェッラーナはすることがなくなってしまう。


 ……ここのところずーっと働き詰めだし、休んでもらえてイイよね。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、日中はずっと部屋に籠って魔法薬を作る。別の部屋でそれぞれ作業して、食事時以外は顔を合わさない。アウェッラーナは随分疲れたらしく、最近は食事時もぼんやりして、夜はすぐ寝てしまう。もう何日も(ほとん)ど会話がなかった。

 クルィーロも魔法使いだが、使える術の系統が違うとかで、素材の下拵(したごしら)えしか手伝えないらしい。それで薬草採りに出掛けて、まだ戻らないのだ。


 パン屋の兄妹(きょうだい)は、さっき受け取った食料を仕分けに台所へ行った。

 「お嬢ちゃん、ラジオでも聴いとこうや」

 「……うん」

 葬儀屋アゴーニに促され、アマナがラジオを置いてある部屋へついて行く。アミエーラも二人に続いた。



 「何か楽しそうな歌番組でもやってねぇかな?」

 葬儀屋アゴーニが、先月の新聞でラジオ欄を見ながら電源を入れた。


 ネモラリス軍は防戦一方で、アーテル本土を攻撃しないとは言え、戦争中だ。土地勘のある者を中心に、痺れを切らしたネモラリス国民が【跳躍】でアーテル領に乗り込み、個人単位で都市部にゲリラ戦を仕掛ける。

 そんな暢気(のんき)な番組を放送するとは思えなかったが、アミエーラはこれ以上、アマナを不安にさせない為に何も言わないでおいた。


 アゴーニが選局のツマミを回し、少し聴いては局を変える。やっと歌番組らしきものを探し当て、アマナに笑顔を向けた。

 軽快なイントロに続いて女の子数人の歌声が流れる。アマナは、葬儀屋アゴーニの気遣いに弱々しい笑みを返した。


 ……あれっ? これって……聖歌?


 ポップ調のアレンジだが、歌詞と旋律は、聖者キルクルスの叡智を讃えるキルクルス教の聖歌のままだ。歌詞で気付いたのか、アゴーニとアマナが微妙な表情で顔を見合わせた。

 アミエーラも、リストヴァー自治区の教会で歌ったことがある。

 原曲の荘厳な雰囲気が台無しだ。

 所々聞き取れない部分は多分、共通語だろう。


 「アーテルじゃ、こう言うのが流行ってるんですね」

 「これって、キルクルス教のお歌?」

 アマナが、思わず呟いたアミエーラに何とも言えない顔で聞く。

 「そうみたいね。元はこんなお歌じゃないんだけど……随分、変えてあるわ」

 「いいの? 魔法のお歌は、変えたら効き目なくなっちゃうのに」

 「う~ん、わかんない。アーテルではいいのかもしれないけど、自治区ではこんな歌い方してなかったから、私もちょっとびっくりしたわ」


 葬儀屋アゴーニが苦笑する。

 「若いコは、こう言うのの方が好きそうだと思ったが、そうでもないのか? 教会のおエライさんや年寄り連中には怒られそうだけどよ」

 アミエーラは、葬儀屋アゴーニの言葉に苦笑する他なかった。


 開戦から……いや、自分が力ある民だと知ってから、聖者キルクルス・ラクテウスの無力を思い知ってから、キルクルス教への信仰心は枯れたと思っていた。

 それでも信仰を捨てきれないのは、これまでの人生をすべて否定してしまうからだ、と思っていた。


 ……なんて世俗的で下品なアレンジなの。


 ラジオから流れる少女たちの歌声を不快に思う。媚びた甘ったるい歌い方だ。舌足らずで幼く聞こえ、煽情的で男性は喜びそうだが、聖歌の歌詞にもキルクルス教が説く「知性」からも程遠い。キルクルス教国のアーテルで、公共の電波にこんな曲を乗せられることに嫌悪感さえ覚えた。


 ……私、まだ聖者様を信心してるの? どんなにお祈りしたって、ちっとも助けて下さらなかったのに?


 アマナとアゴーニの会話が右から左へ抜けてゆく。

 アミエーラは耳を塞ぎたくなったが、辛うじて(こら)えた。こんなことで二人を心配させたくない。

 小さなアマナは、まだ戻らない兄クルィーロを案じる。アゴーニは、そんな小学生の女の子を元気付けようと、ラジオを()けてくれたのだ。



 「次の曲は、ルフス在住の星っ()命さん他、たくさんのみなさんからのリクエストで“聖なる星の(しるべ)の導く先に”です。星っ娘命さんのメッセージ『僕の信仰心で、アルキオーネちゃんの迷いを晴らして、聖なる星の道のまんなかに戻してあげたいです』だそうです。ホントそうですよねー。私も祈っています。曲は(またた)く星っ()で、聖歌アレンジ“聖なる星の標の導く先に”……アルキオーネちゃんたちに届くように祈りを籠めてお聞き下さい」

 DJが前奏に乗せ、やや芝居掛かった調子でリクエストを読み上げた。その声に続いて、先程と同じ少女たちの歌声が流れる。この曲も先程同様、眉を(ひそ)めたくなるようなアレンジが施されていた。



 「あっ! ラゾールニクさん!」

 アマナが窓に駆け寄る。アミエーラも窓辺に近付いた。葬儀屋アゴーニが窓を開け、庭園に声を掛ける。

 「よぉ、兄ちゃん、早かったな。なんかあったのか?」

 「連絡ついたよ。クルィーロさんとメドヴェージさんは、街に来てて、呪医(せんせい)たちと会ったって」

 「えぇッ?」

 三人の声が揃う。


 「魔獣に追いかけられて車道に出たら、偶然通りかかったバスに拾われたんだってさ」

 「お兄ちゃん、大丈夫? 怪我は?」

 アマナの震える声に、ラゾールニクは笑顔で応えた。

 「大丈夫だって。今、みんなお店で用事してて、終わったら、呪医(せんせい)が連れて帰ってくれるってさ」

 「お兄ちゃ……よかっ」

 アマナの声が安堵と喜びの涙で途切れる。アミエーラはアマナを抱きしめ、背中を軽く叩いてあやした。アマナはアミエーラの胸に顔を(うず)め、声を殺して泣く。


 「兄ちゃん、何回もすまんな」

 「ははっ。泣く程喜んでくれて、俺も嬉しいよ。じゃ、改めて行って来るから」

 呪文を唱えたラゾールニクの姿が、隠された別荘の庭園から掻き消えた。


 「嬢ちゃん、よかったな。呪医(せんせい)と一緒なら安心だ」

 葬儀屋アゴーニの大きな手が、アマナの兄と同じ金髪をやさしく撫でた。

☆瞬く星っ娘……「0424.旧知との再会」「0430.大混乱の動画」参照

☆呪医たちと会った……「0447.元騎士の身体」参照

☆魔獣に追いかけられて車道に出た……「0444.森に舞う魔獣」「0445.予期せぬ訪問」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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