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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

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0450.帰らない二人

 「これ、お嬢ちゃんたちが(こしら)えたのかい。ホントに上手(うめ)ぇなぁ。一端(いっぱし)の職人じゃねぇか」

 「失礼だけれど、こんなに腕がいいとは思わなかったわ。若いのに凄いのねぇ」

 葬儀屋アゴーニと老婦人シルヴァが、ワンピースの出来栄えに目を丸くして感心する。

 シルヴァにもらった型紙で、アミエーラが縫製したものだ。(えり)にはピナティフィダが花の刺繍を入れてくれた。


 久し振りに顔を合わせたシルヴァは、少しやつれたようだ。新調の服に少し頬を染めたが、顔色がよくなかった。

 「後で(そで)(すそ)に呪文を入れてもらって完成ね。土台が凄くしっかりしてるから、いい服になるわ。ありがとね」

 老婦人シルヴァは、ワンピースを受け取るとそそくさ出て行った。



 「お婆ちゃん、すごく疲れてるね」

 「忙しいのかな?」

 エランティスとアマナが顔を見合わせる。

 ピナティフィダが、受け取った【無尽袋(むじんぶくろ)】を手に沈んだ声を漏らした。

 「最近、小麦が値上がりして、食べ物を集めるの大変みたいだし、お婆さんが来てくれる回数は減ってても、その間ずっと忙しいのよ」


 ……じゃあ、みんなが作ってくれた布の袋、堅パンには換わらないかもね。


 アミエーラは口に出さなかったが、魔法なしの品が高く売れるとは思えない。

 たった今、シルヴァも、仕上げに呪文を入れてもらうと言った。

 作ったアミエーラたちが「完成品」だと思う布製品は、魔法の品を作る為の「素材」にしかならないのだと痛感した。


 薬師(くすし)アウェッラーナが、講師のお礼と餞別(せんべつ)に、とドーシチ市の薬師候補生からもらった布は、残り僅かだ。端切(はぎ)ればかりでもう服は作れない。手袋や帽子、ポーチや袋、ベルトやリボンくらいにしかならないだろう。



 「食べ物……次のお野菜、まだ育ってないのにね」

 エランティスが窓の外へ目を向ける。

 茄子(ナス)は先日、収穫したばかりだ。また次々と黄色い花を咲かせるが、食べられる大きさの実はなかった。トマトの収穫は終わり、茎が残るばかりで、幾つか蕾は付いたが、この人数では全く足りない。

 この隠された別荘に着いたばかりの頃は、食べられる野草と薬草が、足の踏み場もないくらい庭園に生い茂っていたが、採り尽くしてしまった。すぐ傍の森もだ。

 乾燥させた野草なら少し貯えてあるが、これだけでは心許ない。



 「お兄ちゃんたち、遅いね」

 アマナが、もう何度目になるかわからない溜め息を()く。


 今朝、魔法使いの工員クルィーロとトラック運転手のメドヴェージは、もう少し離れた所へ採りに行くと言って、護身用に呪符と魔法の短剣を持って出掛けた。

 あんまり遠くに行かないし、昼には帰るから、と水だけ持って行ったが、もう三時だ。流石に待てないので、みんなは二時過ぎに遅い昼食を摂ったが、別荘の門に二人の姿は現れない。

 久し振りにシルヴァが【跳躍】してきて、アマナの表情は少し和らいだが、また硬くなった。


 「木の実とか探して、思ってたより、ちょっと遠くまで行ってるんじゃない? 手ぶらで帰るの悪いと思って」

 ピナティフィダが何度も繰り返した慰めを口にする。

 「でも、おなかすくでしょ?」

 アマナは、とうとうそれを否定した。ピナティフィダが小さく息を呑んで言葉を探す。エランティスは泣きそうな顔で姉と親友を見守った。


 「ここに……電話があればいいのにね」

 「あったって、アーテルのおカネ持ってないもん。公衆電話、使えないよ」

 アマナは間髪入れず、否定して(うつむ)いた。


 クルィーロの妹を安心させようと、アミエーラも努めて明るい声で言う。

 「メドヴェージさん強いし、呪符とか……えっと、魔法の剣とマントもあるし、きっと大丈夫よ」

 「じゃあ、どうして帰って来てくれないの?」

 「いいのがみつからなくて、遠くまで行って……ほら、今日、カンカン照りじゃない。車道を歩いて帰ったら暑さで倒れるかもしれないから、影が伸びるの待ってるんじゃないかな?」

 自分の不安を誤魔化す為にも、早口で(まく)し立てる。アマナは、これにも納得できないようだが、何も言わなかった。



 葬儀屋アゴーニが、テーブルに置いた巾着袋を撫でて眉を下げる。

 普通の袋の中身は、レサルーブの森で採って来てくれた木の実だ。事情を察し、小さなアマナにやさしい声で話し掛ける。

 「アーテルじゃ、ここしばらく、食いモンが値上がりして大変らしいからな。島の連中も、食える草や木の実を採ってるかも知れん。それで手間取ってんじゃねぇか?」

 「でも、おじちゃんは、こんなにいっぱい」

 「俺はネーニア島で採って来たんだよ」

 湖の民の葬儀屋は、クルィーロよりずっとたくさんの魔法が使える。【跳躍】の術でレサルーブの森の研究所へ行って、その近くで食べ物を採るのだろう。



 「あ、誰か来た」

 重苦しい沈黙をエランティスが破った。みんなが窓に駆け寄る。



 庭園に現れたのは、クルィーロたちではなく、ラゾールニクだ。何をする人かよくわからない。あまり信用できない雰囲気の魔法使いだ。

 顔を見合わせ、無言で相談する。

 用があるのは大抵、呪医のようだが、今はファーキルと共に街へ行って留守だ。


 「帰ってもらおうよ。呪医(せんせい)、お留守だし」

 アミエーラは、返事も待たず廊下へ出た。


 丁度、ラゾールニクが玄関を開けて入ってきたところだ。駆け寄って、呪医の不在を告げる。

 「あぁ、いや、今日はファーキル君に用があって来たんだけど」

 「ファーキルさんと一緒に街へ行ったんです」

 「街って、チェルノクニージニク?」

 「街の名前は覚えてないんですけど、橋の近くって言ってました」

 「ふーん、じゃ、街へ行ってみるよ」

 「えっ? 街のどこに居るかわからないのに……ですか?」

 驚くアミエーラに、ラゾールニクが首を(ひね)る。


 ややあって、何やら納得した顔で言った。

 「街なら電波届くから、メールで連絡できるんだ」

 アミエーラには半分以上何のことやらわからないが、連絡がつく、という一点に思わず食い付いた。

 「あの、お手数なんですけど、ついでにクルィーロさんとメドヴェージさんが、まだ戻らないって伝えていただけませんか?」

 「その二人、どうしたんだい?」

 アミエーラが早口に事情を説明すると、ラゾールニクはやわらかな笑みを浮かべた。


 「この島は、魔法使いの自警団が巡回してて、あんまり強い魔獣は居ないから、そんな心配しなくても大丈夫だよ」

 それでも、伝言を引き受けてくれた。

 アミエーラが礼を言うより先に、いつの間にか傍に来たアマナが、泣きそうな声で何度も礼を言う。パン屋の姉妹も、声を揃えて「お願いします」と頭を下げた。

 「いいよ、いいよ。そんな(かしこ)まらなくて。用事のついでだし、ファーキル君に伝言するだけで、俺は捜しに行かないんだから」

 ラゾールニクは片手を振って笑った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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