0450.帰らない二人
「これ、お嬢ちゃんたちが拵えたのかい。ホントに上手ぇなぁ。一端の職人じゃねぇか」
「失礼だけれど、こんなに腕がいいとは思わなかったわ。若いのに凄いのねぇ」
葬儀屋アゴーニと老婦人シルヴァが、ワンピースの出来栄えに目を丸くして感心する。
シルヴァにもらった型紙で、アミエーラが縫製したものだ。襟にはピナティフィダが花の刺繍を入れてくれた。
久し振りに顔を合わせたシルヴァは、少しやつれたようだ。新調の服に少し頬を染めたが、顔色がよくなかった。
「後で袖と裾に呪文を入れてもらって完成ね。土台が凄くしっかりしてるから、いい服になるわ。ありがとね」
老婦人シルヴァは、ワンピースを受け取るとそそくさ出て行った。
「お婆ちゃん、すごく疲れてるね」
「忙しいのかな?」
エランティスとアマナが顔を見合わせる。
ピナティフィダが、受け取った【無尽袋】を手に沈んだ声を漏らした。
「最近、小麦が値上がりして、食べ物を集めるの大変みたいだし、お婆さんが来てくれる回数は減ってても、その間ずっと忙しいのよ」
……じゃあ、みんなが作ってくれた布の袋、堅パンには換わらないかもね。
アミエーラは口に出さなかったが、魔法なしの品が高く売れるとは思えない。
たった今、シルヴァも、仕上げに呪文を入れてもらうと言った。
作ったアミエーラたちが「完成品」だと思う布製品は、魔法の品を作る為の「素材」にしかならないのだと痛感した。
薬師アウェッラーナが、講師のお礼と餞別に、とドーシチ市の薬師候補生からもらった布は、残り僅かだ。端切ればかりでもう服は作れない。手袋や帽子、ポーチや袋、ベルトやリボンくらいにしかならないだろう。
「食べ物……次のお野菜、まだ育ってないのにね」
エランティスが窓の外へ目を向ける。
茄子は先日、収穫したばかりだ。また次々と黄色い花を咲かせるが、食べられる大きさの実はなかった。トマトの収穫は終わり、茎が残るばかりで、幾つか蕾は付いたが、この人数では全く足りない。
この隠された別荘に着いたばかりの頃は、食べられる野草と薬草が、足の踏み場もないくらい庭園に生い茂っていたが、採り尽くしてしまった。すぐ傍の森もだ。
乾燥させた野草なら少し貯えてあるが、これだけでは心許ない。
「お兄ちゃんたち、遅いね」
アマナが、もう何度目になるかわからない溜め息を吐く。
今朝、魔法使いの工員クルィーロとトラック運転手のメドヴェージは、もう少し離れた所へ採りに行くと言って、護身用に呪符と魔法の短剣を持って出掛けた。
あんまり遠くに行かないし、昼には帰るから、と水だけ持って行ったが、もう三時だ。流石に待てないので、みんなは二時過ぎに遅い昼食を摂ったが、別荘の門に二人の姿は現れない。
久し振りにシルヴァが【跳躍】してきて、アマナの表情は少し和らいだが、また硬くなった。
「木の実とか探して、思ってたより、ちょっと遠くまで行ってるんじゃない? 手ぶらで帰るの悪いと思って」
ピナティフィダが何度も繰り返した慰めを口にする。
「でも、おなかすくでしょ?」
アマナは、とうとうそれを否定した。ピナティフィダが小さく息を呑んで言葉を探す。エランティスは泣きそうな顔で姉と親友を見守った。
「ここに……電話があればいいのにね」
「あったって、アーテルのおカネ持ってないもん。公衆電話、使えないよ」
アマナは間髪入れず、否定して俯いた。
クルィーロの妹を安心させようと、アミエーラも努めて明るい声で言う。
「メドヴェージさん強いし、呪符とか……えっと、魔法の剣とマントもあるし、きっと大丈夫よ」
「じゃあ、どうして帰って来てくれないの?」
「いいのがみつからなくて、遠くまで行って……ほら、今日、カンカン照りじゃない。車道を歩いて帰ったら暑さで倒れるかもしれないから、影が伸びるの待ってるんじゃないかな?」
自分の不安を誤魔化す為にも、早口で捲し立てる。アマナは、これにも納得できないようだが、何も言わなかった。
葬儀屋アゴーニが、テーブルに置いた巾着袋を撫でて眉を下げる。
普通の袋の中身は、レサルーブの森で採って来てくれた木の実だ。事情を察し、小さなアマナにやさしい声で話し掛ける。
「アーテルじゃ、ここしばらく、食いモンが値上がりして大変らしいからな。島の連中も、食える草や木の実を採ってるかも知れん。それで手間取ってんじゃねぇか?」
「でも、おじちゃんは、こんなにいっぱい」
「俺はネーニア島で採って来たんだよ」
湖の民の葬儀屋は、クルィーロよりずっとたくさんの魔法が使える。【跳躍】の術でレサルーブの森の研究所へ行って、その近くで食べ物を採るのだろう。
「あ、誰か来た」
重苦しい沈黙をエランティスが破った。みんなが窓に駆け寄る。
庭園に現れたのは、クルィーロたちではなく、ラゾールニクだ。何をする人かよくわからない。あまり信用できない雰囲気の魔法使いだ。
顔を見合わせ、無言で相談する。
用があるのは大抵、呪医のようだが、今はファーキルと共に街へ行って留守だ。
「帰ってもらおうよ。呪医、お留守だし」
アミエーラは、返事も待たず廊下へ出た。
丁度、ラゾールニクが玄関を開けて入ってきたところだ。駆け寄って、呪医の不在を告げる。
「あぁ、いや、今日はファーキル君に用があって来たんだけど」
「ファーキルさんと一緒に街へ行ったんです」
「街って、チェルノクニージニク?」
「街の名前は覚えてないんですけど、橋の近くって言ってました」
「ふーん、じゃ、街へ行ってみるよ」
「えっ? 街のどこに居るかわからないのに……ですか?」
驚くアミエーラに、ラゾールニクが首を捻る。
ややあって、何やら納得した顔で言った。
「街なら電波届くから、メールで連絡できるんだ」
アミエーラには半分以上何のことやらわからないが、連絡がつく、という一点に思わず食い付いた。
「あの、お手数なんですけど、ついでにクルィーロさんとメドヴェージさんが、まだ戻らないって伝えていただけませんか?」
「その二人、どうしたんだい?」
アミエーラが早口に事情を説明すると、ラゾールニクはやわらかな笑みを浮かべた。
「この島は、魔法使いの自警団が巡回してて、あんまり強い魔獣は居ないから、そんな心配しなくても大丈夫だよ」
それでも、伝言を引き受けてくれた。
アミエーラが礼を言うより先に、いつの間にか傍に来たアマナが、泣きそうな声で何度も礼を言う。パン屋の姉妹も、声を揃えて「お願いします」と頭を下げた。
「いいよ、いいよ。そんな畏まらなくて。用事のついでだし、ファーキル君に伝言するだけで、俺は捜しに行かないんだから」
ラゾールニクは片手を振って笑った。




