0448.サイトの構築
ファーキルは呪符屋のカウンターに座り、今日得られた糧を苦い思いで見た。
女の子たちが作った布製の買物袋七枚は、緑青飴十粒と一袋分のドライフルーツにしかならなかった。その一袋は、小さく軽く片手に乗る。
……手作業で何時間も頑張って、たったこれだけなんて。
それでも、交換してもらえただけマシだ。
今日は朝から食料品店を何軒も回って、さっきやっと、人の良さそうなおばさんの店で取引が成立した。
どんなに頑張って作っても、魔法の掛かっていない単なる布袋には、その程度の価値しかないのだ。
……そうだよな。
イグニカーンス市のスーパーでは時々、販促キャンペーンの一環で、一定額以上の購入者に布製の買物袋を無料配布した。
タダでもらえる物に高値がつく訳がない。
ファーキルは鞄に仕舞った僅かな食糧を思い、こっそり溜め息を吐いてタブレット端末に視線を戻した。
湖南地方の歴史……旧ラキュス・ラクリマリス共和国の「半世紀の内乱」を中立の視点で捉えたサイトの内、二カ所の管理者から翻訳の許可を得られた。
SNSで翻訳者を募集すると、すぐに様々な国から応募があった。アミトスチグマ人二人とラクリマリス人一人に決め、手付金をウェブマネーで支払う。
ファーキルは、宗教上の制約がないと聞いた日之本帝国のレンタルサーバにサイトを構築。翻訳が終わった部分を順次、掲載する。
サイト名は単純に「旅の記録」とし、メタタグに国名や半世紀の内乱、歴史などの検索ワードを仕込んだ。
サイト「旅の記録」には、これまでに録った動画と写真のコーナー、ファーキルが直接見聞きしてSNSに掲載した出来事の詳細も載せた。無料のレンタルサーバなので広告が目障りだが、贅沢を言える場合ではない。
サイトのアドレスはSNSで拡散されたが、チヌカルクル・ノチウ大陸西部のラキュス湖地方は、共通語圏ではマイナーだからか、ファーキルが思った程にはアクセスが伸びなかった。
翻訳元のサイトは、ファーキルがSNSで紹介して以来、大幅にアクセスが伸びたらしい。翻訳を許可してくれた管理者から、お礼のメッセージが届いた。
……湖南語圏の人たちに伝わっただけでも、よしとしなきゃなぁ。
今は翻訳の続き待ちだ。
その間に、呪医セプテントリオーから聞き取ったアルトン・ガザ大陸史と、キルクルス教伝来以降のチヌカルクル・ノチウ大陸西部史のページを作る。
また、まとめや翻訳が自由に許可された掲示板から、キルクルス教徒の若者たちの声を拾い上げてまとめた。
掲示板のまとめは、ファーキルがわざわざ作らなくても、既にたくさんのまとめサイトが乱立する。ラゾールニクに頼まれ、ファーキルの視点でまとめ直したブログを作った。
まとめサイトに相互リンクを依頼し、RSSに更新情報が表示されるように手配した。
閲覧者の気が散るといけないので、ファーキルのまとめには、他のまとめサイトのようなアフィリエイト広告は貼らない。レンタルサーバが自動表示する広告だけだ。
ラゾールニクに提供された動画を埋め込んだページも作った。
瞬く星っ娘のコンサートの引退騒動や、ネモラリス共和国の市民楽団が行った平和コンサート、アミトスチグマ王国に避難したネモラリス難民の様子などだ。
……武力以外の方法で戦争を終わらせる為に頑張ってるって、歌で厭戦感を煽ったり、難民の人たちを励ますってだけ?
そんなもので直接、戦争を終わらせられないのは、小学生のアマナがとっくに指摘した。
ラゾールニクたちのグループは、何か他に工作するのだろうが、ファーキルは余計な詮索をせず、指示された掲示板をブログにまとめ、動画の埋め込みに徹した。
「小麦相場が荒れたせいで、食料品が軒並み値上がりしてンだ」
「そうだったのですか。道理でなかなか換えてもらえないと」
呪符屋の店主と呪医セプテントリオーが揃って顔を曇らせる。運び屋フィアールカがタブレット端末から目を上げ、二人をちらりと見て画面に戻った。
「本土じゃ暴動が起こってるそうだ」
「暴動……ですか?」
「あぁ。パン屋やら何やら、食料品店や食品倉庫が略奪されてるってよ」
「そんなコトをすれば流通が滞って、却って手に入り難くなると思うのですが」
「目先の食い物がなきゃ、飢え死にするってくらい切羽詰まってンだろうよ」
呪医セプテントリオーが困惑し、呪符屋の店主は呆れた声で肩を竦めた。
……戦争のせい、なんだろうな。
ファーキルは、先日見た経済ニュースを思い出した。だが、暴動のニュースは一件もない。
アーテル政府が情報統制を行い、これ以上の混乱を抑えようとしたのだろう。呪符屋の口ぶりでは、あまり効果がないようだ。
「この島は、大丈夫なんですか?」
「術で魚を獲れるし、フィアールカみたいな連中が【無尽袋】で個人輸入してくれるからな」
「いえ、本土の住人も、それを知っているのでしょう? 先日のようなテロではなく、略奪の対象になりはしないかと」
呪医セプテントリオーが、楽観的な呪符屋に懸念を示す。
「イザとなりゃ、【飛翔する蜂角鷹】の連中が壁を建てて橋を封鎖しちまやぁいいんだ。力なき民が相手なら、俺たちでも戦えるしな」
「そうですか」
アーテルの軍や警察は、ランテルナ島民を守ってくれない。それどころか、本土から暴徒が押し寄せてくれば、力なき民のキルクルス教徒に加担するだろう。
……そりゃ、島の人たちは自衛くらいするよな。
ファーキルはふと、ラゾールニクを思い出した。
アーテル本土各地で暴動が起きたのは、本当に食うに困った人々の自発的な行動だろうか。全部とは言わないまでも、その内の何件かは、ラゾールニクが人々を煽動して暴動を起こさせたのではないか。
……俺には止める権利なんてないし、アーテルがどうなろうと知ったこっちゃないし。
ちょっと煽られたくらいで暴動を起こしたのだ。放っておいても、いずれは自主的にそうしただろう。少し時期が早くなったからと言って、ラゾールニクを酷い奴だなどと責める資格はないように思えた。
ラゾールニク一人の発案でもないだろう。武力以外の方法で戦争を終わらせたいグループの偉い人が指示した可能性が高い。ラゾールニクのような工作員が、何人も居るようなことも言っていた。
……アーテルの内部崩壊を狙ってんのかな?
キルクルス教会が言う通り、力なき民のキルクルス教徒が“無原罪の善良な民”であるなら、そもそもこんな暴動は起きない。
人々は乏しくなった食糧を分かち合い、飢えで命を落とす者がないよう助け合う筈だ。
「この間、北ヴィエートフィ大橋の門が壊れたでしょ?」
「えっ? あ……はい?」
フィアールカに声を掛けられ、ファーキルは、暗い物思いから現実に引き戻された。その破壊の原因となった件で、ちくりと胸が痛む。
運び屋フィアールカは、ファーキルの心情を知ってか知らずか、タブレット端末から顔を上げ、緑の瞳で陸の民の少年を見詰める。
「まだ、再建途中みたいだけど、アーテル軍が動いたわ」
「えっ?」
「何だって?」
呪医と呪符屋も世間話を中断し、同族の運び屋を見た。
☆呪医セプテントリオーから聞き取ったアルトン・ガザ大陸史と、キルクルス教伝来以降のチヌカルクル・ノチウ大陸西部史……「0370.時代の空気が」「0371.真の敵を探す」参照
☆小学生のアマナがとっくに指摘……「0377.知っている歌」参照
☆先日見た経済ニュース……「0424.旧知との再会」参照
☆その破壊の原因となった件……「0299.道を塞ぐ魔獣」~「0301.橋の上の一日」参照




