表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

454/3501

0445.予期せぬ訪問

 路線バスが街の門をくぐる。

 南ヴィエートフィ大橋の白い支柱が間近に見え、その連なる先に大陸本土……アーテル共和国の街並が灰色の影絵となって(かす)む。

 バスのロータリーに幾つもある屋根付き停留所のひとつで、エンジンが停まった。


 「ホントに何もなしじゃ、俺らの気が済まねぇんだ」

 「そうかい? そんなに言うなら、有難く頂戴するよ。命を大事にするんだぞ」

 「はい。有難うございました。それ、気持ちを落ち着かせるお茶です」

 「ははっ。そのようだな。効果覿面(こうかてきめん)だ」

 メドヴェージが香草茶の袋を手渡し、二人は閑散としたバス停に降りた。



 街の中心部へ続くらしい大通りを何となく歩く。バス停から充分離れた所で、メドヴェージが口を開いた。

 「さて、どうやって帰るかな?」


 まだ昼前だが、あの距離を歩いて帰ったのでは、流石に日が暮れてしまう。あの様子では、湖と森に挟まれた道路には、結界がないか、あっても不充分らしい。夕暮れ時に魔獣や魔物と鉢合わせすれば、今度こそ命はないだろう。


 「今日、呪医(せんせい)とファーキル君、この街に来てるんですよね?」

 「そう言やそうだったな。坊主の行きつけの店に行きゃ何とかなるか?」


 店の特徴などは聞いたが、店名は知らない。案内板を探しながら通りを歩く。

 カルダフストヴォー市は、古い建物がゼルノー市よりもたくさん残っていた。色とりどりのタイルが低いビルの外壁を覆う。程良く古びた街並は、華やかだが落ち着いた雰囲気だ。よく見ると、どの建物にも【魔除け】【耐震】【耐火】【頑強】などの術が組込んである。


 通行人の多くは、真夏にしては厚着だ。夏服姿は思いの(ほか)少ない。力ある民なら【魔除け】【耐暑】【耐寒】などの呪文や呪印が刺繍や染織で施された衣服が、着る者を守るからだ。

 道行く人々の中に緑髪を見付け、クルィーロは複雑な気持ちになった。


 ……ここ、ホントにアーテルの魔法使い隔離ゾーンなんだな。


 老婦人シルヴァから、ランテルナ島民の大半がキルクルス教徒ではないと聞いたが、実際に湖の民を()の当たりにすると、彼らの境遇に同情を禁じ得ない。湖の民の大部分は、女神パニセア・ユニ・フローラの信者だ。普段の祈りを捧げるのは、湖が対象だからいいだろうが、人生の節目の儀式や祭などはどうするのか。



 しばらく歩いたが、案内板は見当たらず、先にチェルノクニージニクに降りる階段がみつかった。いつもの店は地下街にあると聞いたので、取敢えず降りてみる。


 「ひゃ~、涼しいな、こりゃ。生き返ったぞ」

 メドヴェージが、満面の笑みで周囲を見回す。魔法で暑さから守られないから、汗だくだ。

 クルィーロも、レンガ敷きの通路に視線を巡らせた。壁・床・天井。全てに様々な呪文が記され、ちょっとした要塞のようだ。


 肉や魚の焼ける香ばしい匂いや香辛料が入り混じり、二人の腹が同時に鳴った。

 「この草で食わしてくれる店がありゃいいけどよ」

 メドヴェージが蔓草(つるくさ)や薬草が詰まった袋を揺する。昼食までに戻るつもりだったから、二人共、食べ物を持ってこなかった。

 食べられる草も摘んであるから、最悪、今夜は地下街の通路で眠って、明日の早朝に出発すれば、日のある内に森の拠点へ帰れるだろう。


 ……アマナたち、心配してるだろうな。


 ファーキルに聞いた看板を探しながら、商品や看板で狭くなった通路を歩く。美味そうな匂いがだんだん濃くなって地下街に満ちる。


 「シルヴァさんの家はどうでしょう?」

 クルィーロが空腹感を紛らわそうと、メドヴェージに話し掛ける。トラック運転手は、通路の上に突き出た看板を見上げて歩いていたが、足を止めて首を横に振った。

 「ありゃ婆さんちじゃなくて、寝たきりの爺さんちって言ってなかったか?」

 「あっ」

 「爺さんの呼称や所番地(ところばんち)どころか、街のどの辺に住んでるかもわかんねぇ」

 「そうでしたね……やっぱり、お店を探す方が確実ですね」



 広大な地下街のどこか不明だが、少なくとも、業種と看板の特徴がわかるだけマシだ。


 呪符屋は、湖の民の男性が店主で、トラックを容れられる【無尽袋(むじんぶくろ)】を取り寄せてくれる。ファーキルは、精緻な竜胆(リンドウ)の木彫りが看板だと言った。


 魔法の道具屋は、看板に(ちな)んで「郭公(カッコウ)の巣」と呼ばれる。

 蔓草(つるくさ)細工を【護りのリボン】などと交換してくれた。店主は、力ある陸の民の男性で黒髪の長命人種。呪医セプテントリオーの昔の知り合いで、旧ラキュス・ラクリマリス王国の騎士だったらしい。店主は少女趣味の服を着るらしいが、クルィーロには想像がつかなかった。



 記憶の限り情報を頭の中で並べながら、竜胆(リンドウ)と鳥の巣の看板を探して歩く。

 飲食店、八百屋、魚屋、肉屋、香辛料専門店、薬屋、薬素材専門店、自転車屋、鞄屋、靴屋、服屋、宝飾店、魔法の道具屋、食器屋、レコード屋、玩具屋、本屋、武器屋、防具屋、占い屋、医院、マッサージ店、理髪店……あらゆる業種が通路の両脇を埋め、そこを訪れる人々が行き交い、地上の街カルダフストヴォー市より賑う。

 ファーキルの話通り、様々な店が(ひし)めき、玩具箱をひっくり返したような地下街は、見ていて飽きない。


 物販系の店は、新品の店と中古を扱う店が混在する。

 アーテル領内だけあって、中古の家電製品やパソコン、部品や工具などを売る店も目立つ。こんな状況でなければ、クルィーロはそれらの店に一日中でも入り浸りたいくらいだ。


 ……魔法使いを隔離する用の島ったって、アーテル領だけあって、パソコンとかはネモラリスのよりずっと性能いいんだな。


 バルバツム連邦製パソコンの最新機種が、既に中古屋の店頭で雑な値札を付けられ、無造作に陳列される。開戦前に雑誌で見たものだ。あこがれの機種が目の前にある。

 アーテルの通貨で代金を明示する店もあれば、「物々交換、応相談」としか書かない店もある。


 ……香草の残りをお茶にすれば、昼飯代くらいにならないかな?



 「メドヴェージさん、ちょっといいですか?」

 定休日でシャッターが下りた店の前で足を止め、クルィーロは思いつきを説明した。メドヴェージはふたつ返事で賛成し、水筒の蓋を開けて持ってくれる。

 クルィーロは、メドヴェージの袋から香草がいっぱいに詰まったビニール袋を出し、【操水】の術で水を抜いた。外の暑さでしんなりした香草が、カサカサに乾いて(かさ)を減らす。でき上がった茶葉は、元の五分の一くらいだ。

 溜め息混じりで、香草茶の袋をメドヴェージに返した。


 ……こんなちょっとで、二人分の食事になるのかな?


 「お兄さん、ちょっといいかしら?」

 野太い声と同時に肩を叩かれ、クルィーロはギョッとして振り向いた。

☆シルヴァさんの家……「0331.返事を待つ間」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ